おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

「コース料理はそのレストランのコトをあまり知らない、
 注文の初心者がすがるもの。
 だからおなじみのお客様や、
 料理のコトを良く知っている人は
 コース料理じゃなくて
 アラカルトから注文するもんなんだ。
 料理だって、コース料理のものよりも、
 アラカルトの方が丁寧に
 キッチリ作られる傾向があるみたいだから」

そう言う人が結構、います。

確かに何をたのもうか迷ったとき、
それじゃあ、
今日のお勧めコースにでもしてみようか‥‥、
なんていうシーン。
かなりあります。
ちょっと昔のこと。
つまりボクが今ほど、
食べるということに貪欲ではなく、
したがって注文を決めるにあたって、
驚くほど大胆なる決断を下すこともできぬ、
かわいらしい男の子だった頃のハナシです。


◆えっ! コースの料理はこんなに違うの?!


食べたい料理がいくつかありました。
フォアグラのポワレ──
コリアンダーのエキゾチックな香りを添えて、
‥‥なんてどんな料理なんだろう?
海の幸のナージュ──サフランのつかの間の誘惑、
‥‥っていったいそれはどれほど魅惑的な一品なんだろう?
と、食べてみたいものがページをめくるたびに
次々、目を襲う。
そんな具合で、どうしようもなく、
それで今日のコースの内容をみてみたら、
なんとフォアグラとナージュがそれぞれ出るという。
それじゃ、コースにしましょうヨ、
というコトでめでたく注文は決まったわけです。

ワインを飲みつつパンをかじって、
料理が出てくるのを待っていました。
するとボクのテーブルの隣に料理が来た。
見るとフォアグラのポワレであります。
大きなお皿に見事なまでに
うずたかく積みあがったフォアグラの塊。
フォアグラと何かをソテしたものが
ミルフィーユ状態に積み重なって、
その上に素揚げしたコリアンダーの葉っぱがタップリ。
ああ、あれがボクのところにもやってくるんだ。
あれを崩さぬように、
細心の注意をはらってスパッと切って、
そのまま口に運んだら
どれほどステキな味がするんだろう‥‥、
とワクワクしながらボクは待つ。

と、程なくしてボクらのテーブルにも
お皿が運ばれきたんですネ。
ビックリしました。
隣のテーブルとはまったく違った小さなお皿。
フォアグラも1枚、ペロン。
ソースも付け合せのコリアンダーも、
確かに隣のそれと同じ‥‥、
なんだけれども豪華さが無い。
まるでミニチュア。
あまりのビックリに、ボクの目が隣のテーブルと
自分のお皿を行ったりきたりしているのが
ウェイターにもわかったんでしょう。
耳元で小さく
「あちらはアラカルトのお料理でございますので‥‥」
とポソッと言った。
ガッカリです。
ボクはそのとき、金輪際、コース料理はたのむまい、
と誓ってそのお店を後にしました。

で、それからしばらくボクは誓いどおりに、
かたくなにアラカルトをたのむ人となりました。
徐々に料理のこともわかってきて、
するとコースにたよらなくても
自分の食べたいモノがたのめるようになった‥‥、
というコトもあります。
人間、かたくなになるとどんどん極端に走るもので、
メニューを手渡されてもコースメニューには一瞥もせず、
ひたすらアラカルトの料理の名前を
読み込むようなことになりました。
今日はコース料理がお得でございますが、
といわれてもノン。
コース料理であれば、
お時間がかからず提供させていただけますが、
といわれてもノン。
挙句の果てに予約のときに、
当店はコース料理しかございませんが、と言われて、
それなら行きませんと、
断ってしまうほどの
かたくなになってしまったのですネ‥‥、
かなしいことに。

そんな頑固じじぃのようなボクに、
なんとも悔しいレストランがやってきました。
小さな店です。
当時は決して有名シェフでも有名店でもなく、
でもとてもオリジナリティのある料理を作ってる。
特に豚肉を使った料理には定評があり、
会う人、会う人、あそこのあの料理はもう食べた?
と聞きあって噂するような、
そんなレストランでありました。
早速行って、その料理を食べよう、
とメニューを開きました。
当然、アラカルトのメニューです。
その噂の料理の名前をさがそうと、隅から隅を丁寧に読む。
‥‥のだけれど、その料理の名前はみつかりません。
二度見直しても、三度見直しても見つからず、
それでお店の人に、こうこうこうした料理を
食べにきたんですが‥‥、と聞いてみました。
すると彼はこういいます。

「そのお料理はコースだけのご提供になりますが‥‥」

ああぁ、ボクのルールが崩壊してゆく。
どうしてなのですか? と聞くと、
「あまりに力強くて個性的な料理ですので、
 そこにいたるまで、
 軽やかでやさしいお料理を召し上がっていただかないと、
 その持ち味を味わっていただけなくなるから、
 というシェフのこだわりなんですヨ」。

今日の失敗は二重の失敗。
ひとつの失敗が、もうひとつの失敗の種になる、
というこの不思議。
つまり、コースで食べるのがよいお店と、
アラカルトでたのむ方が楽しいお店の二通りがあり、
その区別がキチンとわかるということが大切なのだ、
というコトです。


◆コースとアラカルトの境界線を崩す。


レストランで料理を作るとき、
調理人はいくつかの気持ちに従って
料理を用意するのが常です。

・お客様が喜んで注文してくれるであろうわかりやすい料理
・お客様がそれを目指してやってきてくれる、
 そのお店やその季節を代表する料理
・お客様にはわかりにくいかもしれないけれど、
 どうしても食べて欲しい料理
・お客様のふところにやさしい、
 手を出しやすいこなれた料理

自分は今日、どの料理を食べにきたんだろう、
ということをまず決めましょう。
そしてその料理が果たしてコース料理の中にあるのか、
それともアラカルトの中にあるのか、
それを考えながらメニューをみる。
例えばこう言う具合に試してみましょう。

シェフが自慢の料理を今日は是非に食べてみたい、
というようなとき。
まずメニューを見ながらこう聞いてみましょう。
「今日のシェフのお勧めはどの料理なのですか?」
こちらでございます、という料理が
アラカルトにあったとしたら、
よし、今日はアラカルトでたのんでみよう、
という具合に決心できます。
そのお料理がコースにある。
これは間違いなくコース料理をたのんできまり! です。
コースでもアラカルトでもご用意ができますが。
そういわれたら、ボクの一番最初の失敗をつかの間、
思い出してみてください。
そしてこう質問をしてみましょう。
「このコースのお料理とアラカルトのお料理は、
 まったく同じものなんですか?」
同じだったらコースを選んで大丈夫。
もし違っています、といわれたら
続いてこうたのんでみましょう。
「そのお料理だけ、
 アラカルトのお料理にしていただくことはできますか?」
ちょっとお値段がかわりますけど‥‥、
と言われるでしょうが、たいていは大丈夫。
今日、一番おいしいものを
一番かしこく食べているのは
多分、あなたになるんじゃないか、と思います

(つづきます)


Illustration:Poh-Wang


2006-05-04-THU

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