おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

まずいきなりでありますが‥‥。
一見さんお断りの店って基本的にボクは好きじゃない。
基本的にレストランというのは公共の場であって、
限られたテーブルにつく権利はすべての人に
平等に用意されているべきだ、と思っているから。

アメリカなんかに行くとそうとう高級なレストランでも
「当店は First Come, First Served の
 ポリシーでございます」という店がかなりある。
ファーストカム・ファーストサーブド。
最初に来た人から座っていただき、
料理を提供させていただきます‥‥、というポリシーで、
つまり予約をとらない先着制度。
有名な人であろうが、常連であろうが、
一切容赦なく情熱のあるお客様を優先しましょう、
というやり方で、ボクは本来、こうした考え方が
レストランのあるべき姿なんだろうな、と考えるのです。

ただ、そうとはいえ、やっぱり来ていただきたくはない
お客様を、なるべく失礼のないように
お断りする手段として、
一見さんはお断りしているんですヨ、というお店もある。
料亭。
物凄く高級なレストラン。
あるいは最近流行りの隠れ家レストラン‥‥なんかが、
そうしたお店の代表格です。
そうしたお店にはじめていく時には、紹介者が必要となる。
ボクも一度、どうしてもそうしたお店に
お客様をご案内しなくちゃいけなくなって、
そのお店の常連さんを探すはめになったことがありました。
ご接待です。
どこかいかれたいお店ってありますか? って訊いたら、
どこそこの料亭に行ってみたいんだけど、
無理だよネ、敷居の高いお店だものネ。
そんな具合にさらりと言われて、
俄然、やる気がフツフツ湧いて、
それじゃあなんとかしてやろうじゃないか。
そんな感じで紹介してくれそうな人を探し回りました。


◆やっと見つけた紹介者!
 さてはたして当日は‥‥?


そのお店のことを知っている人、
程度じゃダメなんですネ、‥‥この場合。
お店の人に知られている人じゃなくちゃいけない。
そうした知り合いを八方手を尽くしてやっとみつけて、
事情を説明して、やっと一席、
しつらえることが出来たのでした。

さてご接待。
○○さんのご紹介でまいりました、
と最初はさすがに恐る恐る。
でもお待ちしておりました、と笑顔で出迎えられて、
つつがなく宴会がスタートすることとあいなりました。
当たり前ならば、これでめでたしめでたし、
となるのでしょうが、不運なことに、
そうは問屋はおろしてはくれなかった。
一番最初の料理が出たっきり、
なかなか次の料理が出てこない。
味はおいしい。
サービスも悪いわけじゃなく、
なのにポツリ、ポツリと思い出したような
タイミングでしか料理が出ない。
料亭って、こんなものなのかなぁ‥‥、
なんて思いながら、ほぼ2時間。
スタンと目の前に水菓子が出た。
洋食でいうところのデザートですね。
腹八分目どころか、腹半分ほどしか入っておらず、
これから食べるぞ、というぐらいの感覚なのに、
もうおしまい。

スピード、遅い。
料理、少ない。
一緒に行ったお客様も、
大したことなかったね‥‥って。
申し訳なかったです、としきりに恐縮をするボクに、
いやいや、こうしたお店は
おじいさんが贔屓にするような店だろうから、
お腹一杯にならなくて当然なんでしょうよ‥‥、
と逆に慰められたりして、なんだか哀しくなっちゃった。
最後の最後に、座敷担当の仲居さんに
お勘定代わりの名刺を渡し、それでは失礼いたします。
仲居さんが、いかがでしたか?
と聞くものだから、ちょっと物足りなく感じました、
と正直に、しかも力強く、そう答えてしまいました。
そしたら件の仲居さん‥‥。
「○○さんは、いつもお酒(ササ)を
 タップリお召し上がりになるんで、
 ユックリ、軽めにさせていただいているんですヨ。
 ご紹介の通りに、とさせていただいたんですが、
 もっとお食事をお出しした方が
 よろしかったんでしょうかねぇ」
と、さらりと言ってのけたのでした。
ああ、ガックリ。
大失敗です。



◆「紹介すること」は
 「その人と同じ趣味」ということ。


それまで紹介者が必要なお店の意味を、
高い料金を払える人かどうか、
それを知るための保障のようなもの、
とボクは思っていました。
でもそんなこと、現金払いか、
それが無ければツケがすべての
昔の時代ならまだしものこと、
今ではクレジットカード一枚あれば、なんとかなる。
何十人分もの会食代金を一度に払う、
というようなよほどのことが無い限り、
ある程度の食事代金の
支払い能力は誰にでもある時代です。
まあ、約40日後にあたふた、
資金繰りに大騒ぎになってしまう可能性はありますが、
それでもその場はなんとかしのげる、
こんな時代にそれでも紹介者が何故、必要か?

それは、お客様がどんなことを期待して
自分の店にこられるのか? と言うコトを事前に知る、
最も簡単で、最も正確な方法であるからなのです。

レストランにとって
「お客様の期待を裏切らないこと」が、
良い店と呼ばれる最小限の条件です。
だからどんな人かわからないお客様を
はじめて受け入れるのは、あまりにリスクが大きすぎる。
そんなとき、もうすでに
おなじみのお客様から紹介されたら?
ああ、その人も紹介者と同じような趣味の人で、
その紹介者と同じようにおもてなしすれば
喜んでいただけるに違いない‥‥、
とお店の人は判断できる。
準備ができる、というわけです。
よいお店は人見知り。
決して、尊大な思い上がりで
一見さんお断り、といっているわけではない、
というコトがわかった次第。

考えてみれば、ボクはコノ店を紹介してもらった人に、
ただ「ボクの名前」を紹介してもらったに過ぎなかった。
本当に紹介してもらわなくちゃいけなかったのは、
「ボクがどんな人であって、
 どんなおもてなしをしてもらいたいか」
というコトだったのに、というコトですネ。
実はこのあと何度か、
別の一見さんお断り系レストランに
ボクを紹介してもらったことがあります。
そのお店のお馴染みさんをまず見つけ、
次に紹介してもらいたい旨を伝えたら、最後に
「こんなおもてなしを受けたいのですけれど、
 そうしてくれるようにお願いしてもらえませんか」
とかなりずうずうしいお願いまでしてしまう。
でも、その一言こそがお店にとっては大切な情報で、
だからはじめて行ったお店でも、
まるで何度も訪れたおなじみさんのように
扱ってもらうことが出来たりする。
とてもシアワセ。
スマートです。

ところで決して一見さんお断りではない、
もっと気軽で間口の広いレストラン。
それでもはじめて行こうと思って電話する。
そんなときに、「紹介者」の名前をちょっとドロップ。
当然、名前を使った人には
事前に連絡しておくことが礼儀ですけど、
ちょっと利用させていただくこと‥‥、便利です。
例えばこう。
「もしもし、サカキと申しますが、
 はじめてお電話させていただいてます。
 実はタナカさんからご紹介いただいて。
 とてもステキなお店だって伺ったものですから、
 是非、予約させていただきたいと思いまして‥‥」
この一言で、途端にあなたのイメージが
電話の向こうにポワンと浮かぶ。
早くあいたくて仕方ないお客様のように
思ってくれるに違いない。
ステキでしょう?

ところで、サカキさんからの紹介ですが‥‥。
ああ、この人は大食いなんだな‥‥、
って思われてしまうかもしれない。
まあそれはそれで楽しいイメージであるに違いない。
‥‥ではありませんか?
どうでしょう。

(つづきます)


Illustration:Poh-Wang


2006-02-02-THU

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