おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




和食のおいしい店で、
「ご飯」はいつ頼めばいいんでしょうか?

ちょっと困った問題です。
食堂とかファミリーレストランで
定食やセットを頼んだというのであれば、
こんな心配をする必要はないでしょう。
でも例えば、会席料理のお店なんかでは、
最後の最後までご飯を持ってきてくれない。
おつまみやおかずのような料理が
次から次へとちょっとずつ来て、
いつになったらお腹一杯になるのか心配になる。
そんな心配を一時間と半ほど繰り返し、
そしてやっとご飯がやってくるのだけれど、
その時にはご飯のおかずは
何もテーブルの上に残っていません。
ご飯、味噌汁、そしてせいぜいお新香が並ぶだけ‥‥。

なんなのだろう、その時の寂寥感は?!

これはまるで幼少時代の星飛雄馬一家の食卓のようです。
哀しいです。
確かにそれまでの料理は
ご飯のあてには適さぬ程に薄味だったり、
あるいはお酒に合うように調味されていて、
それらと一緒にご飯を食べるのは
お行儀の悪い無礼者のする事だろう、
とは思うのだけれど、
でもやっぱり「おかずとご飯」というのは、
捨てがたい衝動ですよネ。

どうすればいいのでしょうか?

頼んでよいです!
ただし、言い方に気をつけて。

ボクは最近、どんなお店でも、
(ただしその店がご飯を炊いていることが
 前提ではありますが)
ご飯と一緒に食べると美味しいだろうな、
という料理が出てきた時には
臆せず、お店の人にこう聞いてみることにしています。

「この料理、ご飯と一緒に食べると
 美味しいと思うんですが、
 ご飯を一杯、頂けませんか?」

大抵のココロ優しいお店では、笑顔で
「よろしゅうござんす」とか言いながら、
ご飯を茶碗によそってくれます。
たいがいがほんの二口、三口分くらいの
分量ではあるけれど、でも胃袋はほっとします。
口が裂けても
「お腹がすいているからご飯を下さい‥‥」
とは言いません。
お腹を満たしてくれることに一生懸命な
調理場の人に失礼ですから。

中には、イヤな顔をして
「ご飯をこんなところで食べるなんて、粋じゃないねぇ」
みたいにご飯を持ってくる店があります。
もっとひどいと、ご飯は駄目‥‥、
というところだってある。

そんな店は二度と行かなきゃいいんです。

お客様が美味しいと思う食べ方を試させてくれる、
ココロの広さを持った店と
長いおつきあいをすれば良い。

生卵が苦手なボクに
すき焼き屋の若女将が教えてくれたこと。

すき焼きを食べるとき、
ほとんどの皆さんは溶き卵にくぐらせて
食べるのだと思います。
あの料理は、そうやって甘辛さを加減して
食べるように出来ている。
でもボクは生卵のヌルヌルツルツルがとても苦手で、
だからすき焼き屋さんでは必ず、
最初にご飯をもらうことにしています。
玉子の代わりに白ご飯で味を中和しなくては
とてもじゃないけど食べ続けることが出来なくて、
生卵が苦手なボクのような客がいることは
お店の人も承知のことなのでしょう、
どんな高級なお店でも断られたことはありません。
それどころかあるすき焼き屋さんでは、
こんなサービスまでしてくれました。

いつものようにお肉が炊き上がる頃合を見計らって、
ご飯をいただけませんか?
生卵が苦手なもので‥‥、というと、
承知とばかりに厨房に入った仲居さんは、
暫くして小さなお盆をボクの前に持ってきました。
お盆の上には桐の小さなお櫃。
小さなお茶碗。
細かく小口に切られた白ネギ。
‥‥それも水で晒してツヤツヤ光った
綿屑のように細やかなのがいっぱい。
仲居さんは、
「おネギと一緒に召し上がれば
 ご飯もお肉もさっぱりしますよ」と。
その通りにしてみると、これがいけるんですネ。
まずネギのシャクシャクした食感が楽しい。
肉とご飯だとどちらもネットリしてくるのだけれど、
ネギの歯ざわりがアクセントになって
不思議と軽やかに感じます。
ご飯にネギをのせ、肉でまいて食べるとこれまた素敵で、
食べるたびに口の中がリセットされる。
いくらでもいける‥‥、
とはこういうことをいうのだろうなぁ。
「凄いですネ‥‥、気に入りました。」
と言うと、
「主人も実は生卵が苦手でしてネ。
 いつもこうしてすき焼きを食べております」
普通の仲居さんだと思っていた彼女は、
実はこの店の若旦那さんの奥さんでありました。
つまり若女将じきじきに、
美味しいすき焼きの食べ方を教わったことになりました。
同席の人たちに羨ましがられること、
羨ましがられること‥‥。

つまり、ご飯を注文する明確な理由が
お店の人とお客様の間で共有できればOK、
ということになるのでしょう。
場合によって、お店の人ならではの
美味しいご飯の食べ方を教えてくれるという
特典までついてくる。

でもご飯を頼み、
料理に醤油をかけたりして
味を付け直して、それをおかずにして食べるのは?

これはルール違反でしょう。

コースの途中でご飯を頼む、
という私達のわがままを
快く受け入れてくれたお店の人には
忘れず、その感想を一言、言っておきましょう。

「こんなに素晴らしい鯛の煮付けを、
 ご飯と一緒に頂けて天にも昇る心持ちです!」
 
感謝の気持ちと表現は、
わがままを中和させるマジックです。
お店の人はこう添えることを忘れないでしょう。

「よろしゅうございました。
 でもこの後もたっぷりお料理が出ますから、
 お楽しみに」
 
後はあなたの胃袋が、調理場の挑戦を
受けてたつことが出来るほどに柔軟で頑丈か?
ということになるでしょう。
コースの最後に炊き立ての鯛飯が土鍋で出てきても、
迷わずお代わりするだけの
チャレンジ精神を持っていれば、
必ずやあなたの名前はお店の、
素敵なお客様リストにのっかることができるでしょうネ。

中国料理は、同席者に気を遣って。

中国料理の場合はもっと柔軟です。
前菜とスープ、そしてデザートの時を除いて、
いつどんな時でもご飯が欲しければ
ご飯を下さい、と言って良い。
中国料理は大抵の場合、
ご飯のおかずに最適な味に仕上がっていて、
例えばご飯を伴わないマーボー豆腐、
例えばご飯に見捨てられた回鍋肉‥‥、
なんとなく哀しく寂しいものです。
フカヒレの姿煮込みのスープの中に、
白いご飯を落として食べる時のあのシアワセを、
お行儀悪いからやめてしまいなさいと言われたならば、
中国料理屋に行く楽しみは半分以下になってしまいます。

このとき大切なのは、
同じテーブルを囲む他のお客様の了解を
事前に取り付けるということ。

「私、この料理にあわせて
 ご飯を頂きたいのですが、いいですか?」

ご飯と一緒に料理を食べる、ということは
食べ方のペースを変える、ということです。
お酒を飲みながらの食事では
食事のスピードはゆっくりです。
一方、ご飯茶碗を手にすると、
どうしても食事はスピードアップしてしまう。
それでもいいですか?
ということを事前に了承して貰わなくては、
楽しい食卓が保てません。

「ご飯ですか! それもいいですね、
 私達も頂きましょう」
と、みんながご飯を食べ始めると、
宴会が転じて大食堂のようになりますけれど、
あとで、あのときはご飯をいっぱい食べて、
夜中まで苦しかったよネ、と思い出して
笑うのもまた楽し、です。

お腹一杯になりたいから
ご飯を食べるのじゃありません。
目の前の料理をもっと美味しく楽しむために
ご飯を頼むのです。
それならシアワセ。
胸一杯。


次回は「お寿司は手で食べるべき?」というお話です。


illustration = ポー・ワング

2004-08-05
-THU

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