おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



「注文をし終えました。
 ナプキンを拡げて料理を待ちましょう」
というのが前回までのお話。
あれ? なにか足りないような気がします。
そうですね。
その時のテーブルの上はどんな状態でしょう?

料理があるわけじゃない。
たいていの場合、パンもない。
お水すら置かれていないことがほとんどで、
テーブルクロス以外何も見当たらない、
というような殺風景な状態です。
そんなテーブルを囲んでただひたすら待つ、
というのはあまりにさみしい。

何かをテーブルの上に置きたくはならないですか?

だからワインリストを貰いましょう。

ワタシ、ワインは頂けないから‥‥。
なんて無粋なことを言っちゃいけません。
どんなワインを取るのか、
あるいはワインでなくどんなお酒を飲むのかは
この際、問題じゃないんだネ。

眠っているテーブルより
動きのあるテーブルになろう。


リストを貰う。
これだけで殺風景は幾らか和らぎます。
なによりまたしばらく分の暇つぶしの材料が出来ます。
だからリストを貰う。
和食のお店なんかでワインリストが無い場合は、
お酒のリストなんかでも構わない。
暇つぶしの種を一生懸命さがして、貰うんです。

レストランにはあなたの座っているそのテーブル以外に
沢山のテーブルがあります。
物凄く、本当に目の飛び出るほどに
もんのすごく高級なレストランの場合、
ひとつのテーブルにサービス係が
ひとりついたりしますから、
別にこれから言うようなことを
気にする必要はありません。
だけど、たいていのレストランは
ひとりで3つから4つくらいのテーブルの
サービスを掛け持ちしています。

「全部のテーブルをまんべんなく
 公平にサービスする」

これが良いサービスの建前だけど、
それはあくまで建前であって現実じゃない。
人間はそんなふうに器用には作られていないからネ。
ちょっとした物忘れとか、ちょっとした気まぐれで、
あるテーブルには最上級のサービス、
それ以外のテーブルにはごく普通のサービス、
というコトになったりするんです。

つまり得するお客様がいたり、
損するお客様がいたりするのは仕方ないことなんです。
これが現実。

なんでそういうことが起きるのか、
レストランサイドの目線で考えてみましょうか。

レストランのプロのホール係の目に、
それぞれのテーブルがどう見えているか?
ということを考えてみましょう。

1)動きのあるテーブル
2)眠っているテーブル

彼らにとって、レストラン全体のテーブルは
このふた通りに区別されたイメージとして、
頭の中に格納されています。
眠っているテーブル、というのは
何も置かれておらず、
当然、お客様も特別なアクションを
起こそうとしていない、そんなテーブル。
いくつかのテーブルを眺めながら、
何かサービスを必要としているお客様はいないかな?
と、行動のきっかけを探すサービススタッフの目は、
自動的に眠っているテーブルを
スキップする(飛ばして見る)ように
プログラムされています。
だからテーブルに何も置かない状態で
さみしくさせていたら?
そのテーブルはスキップされてしまい、
サービスされるきっかけを失ってしまうんです。
もったいない!

料理がくるまでサービス係に見捨てられる、
なんてこと、耐えられないでしょう?

だからワインリストだけでも貰って、
みんなで眺めることです。
へぇ、こんなに高いワインもあるんだ、とか
これ飲んだことあるような気がする、
とかって言いながら、
それだけで最高の暇つぶしになりますから。

お気に召したワインはございましたか?
と訊かれたら‥‥!?


そう、暇つぶし。
レストランという場所は、
暇を持て余した人達が編み出した
暇つぶしのための装置だ、とボクは思ってます。
忙しくて仕方ない人はワザワザ、
ボクが今まで書いてきたようなことを
喜んでするはずはないですからネ。
普通に忙しい人がスケジュール帳を開いて、
今度はいつ外食しようかな、と
舌なめずりしながらページをめくるのは、
忙しがっている自分に
暇というプレゼントを奢ってやろうとする行為だ、
と思うんです。
例えば料理が出てくるのを待つ、という行為。
暇でなくちゃ我慢出来ない!
というか暇を楽しむためにやってきた
レストランなのだから、
沢山待たせてくれるレストランであればあるほど、
優れた暇つぶしの場所なんだ、
とうそぶけるくらい覚悟を決めて
待つことを楽しむといいんです。

その気になって見渡せば
レストランの中にはたくさんの
暇つぶしの種が転がっているし、
暇つぶしの相手を喜んでしてくれる
従業員がいてくれるわけですからね。

ワインリストを眺めながら
あれこれ楽しげに話をしていれば、
自然にサービススタッフが、
もしもいればソムリエが
近づいてきて話しかけてくれます。
暇つぶし、つまり楽しく待つための
手助けをしにやってきてくれる。

お気に召したワインがございましたか?
とか言われたら、知ったかぶりは駄目です。
もしもあなたがワインに対する
豊富な知識と経験があるか、
あるいは大胆不敵な決断力の持ち主であるなら、
堂々と飲みたいワインの名柄と
ヴィンテージを告げればよいでしょう。
もし何を飲みたいかが決められなければ?
正直に今日の気持ちを打ち明けてみましょう。
例えばこんな具合に。

「今日は一本を大切に飲みたいと思います。
 だから力強くてしっかりした味わいのワインを
 お願いできませんか?」

のような感じ。
「力強くてしっかり」の部分が
「華やかだけど軽やか」でもかまわないし、
「饒舌でキラキラした」でもかまわなければ
「個性的で気難しい感じ」でもかまいません。

ちょっと余談‥‥。
こうやって挙げてゆくと
ワインを表現する言葉は女性の特徴を表現する言葉に
とても似ているのにびっくりしませんか?
ボクは不幸にも
男性だけで食卓を囲まなくてはならない
はめになった時は、必ず
「その場にいてほしかった女性」
をイメージしながらワインを頼みます。
するとその食卓に本当に
そうした女性が座ってくれたかのように
花が咲くから不思議です。
そのうち
「当然、同席の女性は多ければ多いほどいいよね」
とか言いながら、次々異なる個性の
ワインを抜くこととなるんですけれど。
あまりに興が弾んで
それこそテーブル一杯にワインの空き瓶が
並ぶようなことになったら、
まあかしましいことかしましいこと。
頭の中で何十人もの女の人がいっせいに笑ったり、
しゃべったり、泣きわめいたりするような
気分になってしまったりネ。
まあ人はそれを称して
「酔っ払った」というのだけれど‥‥。

女性ばかりのテーブルだったら?
そうだ、私みたいなワインを飲んでみよう、
と思うのもいいかもしれません。
ただその「私みたい」を形容する言葉を探してみたら、
「退屈で陰気でつまらない」
になったとしたら、そりゃ困りものだけれど。
‥‥そんなことはないよね。

なぜワイングラスの背は高いのか?


ワインを頼む。
ワインが運ばれ、栓が恭しく抜かれ、
しかるべき様々な手順の後にグラスに注がれる。
それはそうと、なんでワイングラスって
あんなに足が長くて、高い位置に口があるんでしょう?
考えてみたことはありますか?
ワインというデリケートな飲み物が
様々なものから影響を受けないように
高い位置に置くんだ、とか、
あの細くて長い足を摘んで傾ける、
その緊張感が女性の手首を美しく見せるからなんだ、
とかあれこれいろんないわれがあります。

それらはそれぞれに正しいと思うけれど、
でも僕は
「ワインの液体が高い位置にあればあるほど、
 中身の減り方が確認しやすいから」
あのような形にグラスが進化したんだ、と思ってます。
テーブルに根を生やしたように寸詰まりのグラス。
よほど近づいて覗き込まなくちゃ、
中身がどのくらい減ったか
確認することは難しいでしょうから。
でも足長のワイングラスならちょっと減っても
その減り具合が遠くからでもわかる。
つまりお店の人に、そろそろ注いでくれませんか?
と、あなたが言わなくても
グラスがサービスをおねだりしてくれる、
それがワイングラスの形状だ、と思うのです。
だから高いワインを思い切って頼むと、
テーブルの上のワイングラスが大げさに大振りで
背の高いものに交換されたりします。
お店の人は、
「ありがとう、今日は素晴らしいサービスの
 きっかけを与えてくれて」
と気合いが入るし、頼んだお客様も
「お願いね、今日は期待してるよ」
と、目を輝かす。
足の長いワイングラスに注がれたワインというのは、
より濃密なサービスを引き出すきっかけであり、
素晴らしい時間の扉を開くパスポートでもある。
だから、出来ることならワインを頼みましょう。

では次回は「ワインの選び方」をもうちょっと詳しく
お話しします。


illustration = ポー・ワング

2003-12-11-THU

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