糸井 ぼくは「物語」を書いた経験というのが
ほとんどない人間なので、
その苦しみも喜びもわからないんですけど‥‥。

何でできるんですか、「物語」って。
大沢 うーん‥‥。
糸井 ‥‥というようなことを、少しお聞きしたいんですが。
大沢 はい。
糸井 いわゆる「湧いてくる」んですか。
大沢 うん、そう‥‥ですね。
糸井 それが不思議なんだよなぁ。
大沢 小説家って、だいたいふたつのタイプに
分かれると思うんですよ。

事前に「設計図」を組み上げて、
ちゃんと取材もやってから書きはじめる人と、
まずは「見切り発車」しちゃって
あとは書きながら
登場人物を動かしながら、考える人とね。
糸井 大沢さんは、後者なんですよね。
大沢 そうですね。
糸井 そのときの「考える」スピードって‥‥
大沢さんの場合、
「原稿用紙に手で文字を書く速度」に
影響されますよね。
大沢 ぼくは、1時間に400字詰め原稿用紙で
6枚から7枚ぐらい書きます。

考えながら進めて、それぐらいですかね。
糸井 イメージは、どういうふうに「湧く」んですか?
大沢 作家によってちがうと思うんですが、
ぼくは「映像型」なんですよ。
糸井 ほう。
大沢 宮部(みゆき)さんと同じタイプなんだけど、
頭のなかに
「自分だけのスクリーン」があるんです。
糸井 そのスクリーンに、映し出される?
大沢 そう、まるで映画を上映しているみたいに。

今まで、自分で書いてきた物語が
そこに、映し出されてくるんです。

で、簡単に言っちゃえば、
話の「続き」も、そこに流れてくる‥‥と。
糸井 へぇー‥‥。
大沢 その「映画」を「文字化していく」というのが
ぼくにとっての「小説を書く作業」ですね。
糸井 じゃあぼくらは、大沢さんがすでに観た「映画」を
文字を通じて「追体験」してるわけだ。
大沢 そうなんでしょうね。
糸井 その‥‥「映像」を「文字化」するのって
かなり難しいと思うんですが、
何かコツというか、気をつけてることは‥‥。
大沢 そうですね‥‥たとえば、
読んでくれる人の目に
「ぼくと同じ映像が見えてるかどうか」は
わからないじゃないですか。
糸井 はい、はい。
大沢 まず主人公の「顔」からして、
当然、読む人によってちがってくるわけです。

「ヒロインの顔」も「悪役の顔」も、
細部まで、克明に描写してるわけじゃないし。
糸井 なるほど、つまり、そういう部分は、
あえて「詳しく書かない」わけですね。
大沢 そうですね。

たとえば
「糸井さんのような顔をした殺し屋が」とか
書いちゃったら、
読む側のイメージが固定されてしまうんで。
糸井 うん、うん。
大沢 そこで「ずんぐりムックリした男だった」とか、
「細身の女だった」くらいにして、後は任せる。
糸井 ははぁー‥‥なるほど、なるほど。

で、その映画は「勝手に終わる」わけですか?
大沢 その「映画」の終わりが近づくと
「この場面のこいつの行動は、これしかない」
みたいな感じで、
登場人物の動きに「必然性」が出てくる。

そして、ある段階を過ぎると
その「映画」は
必ず、クライマックスへ収束する方向に
向かっていくんですよ。
糸井 ほー‥‥。
大沢 だから、よく仏師が、
「仏さんのかたちに彫っているんじゃなく、
 木のなかに埋まってる仏さんを
 掘り出してるんだ」
みたいなことを、言うじゃないですか。

なんかね、ほんと、あんな感じなんですよ。

原稿用紙に「物語」が埋まっていて
書いてるうちに
だんだん浮かびあがってくる‥‥というか。
糸井 小説家の人から
こういう話をはじめて聞きましたけど‥‥
おもしろいですねぇ。
大沢 まあ、もっともらしいこと言っててもね。
糸井 はい。
大沢 飲み屋のおネェちゃんにフラれて、
いい歳して
切ない思いもしたりするとね‥‥。
糸井 ええ、はい(笑)。
大沢 そうするとね、そういうできごともまた
「芸の肥やし」になるというか、
「この歳になって失恋の話‥‥書けるわ、オレ」
みたいになることも、ありますけどね。
糸井 「ご褒美」と同時に「ネタ」でもあるんですね。
大沢 え?
糸井 大沢さんにとって「おネェちゃん」は。
大沢 いや、完全に「ご褒美」ですよ。女性が好きなんで。
糸井 「女性が好きなんで」(笑)。
大沢 きれいなおネェちゃんのいる店に行って
しゃべるっていうのが、
やっぱり、自分にとって最大のご褒美ですから。
糸井 こういう人だから
ハードボイルド作家になったのか‥‥。

つまり「職業」が「その人に与える影響」というのも
あると思うんですけど。
大沢 うーん、そこは、どうなんでしょうね。

23で小説家になって以来、
ほかの仕事やったことないからなぁ。
糸井 ああ、そうかそうか。
大沢 でも、そのわりには、
ペンダコとかできないんですよ、オレ。‥‥ホラ。
糸井 あ、ほんとだ。ない。
大沢 筆圧はけっこう高いんだけど。
糸井 なのにペンダコできないんだ。
大沢 ゴルフダコはできてますよ。
糸井 ‥‥ほんとだ(笑)。
大沢 あの、黒鉄ヒロシさんなんかね、
まるで「男根」みたいな中指してるんですよ。
糸井 はぁ(笑)。
大沢 だから、ぼくの指を見ては
「在昌、お前の指、絶対におかしいぞ」なんて
しょっちゅう言ってる。
糸井 おもしろいなぁ(笑)。

<つづきます!>


真実その5
3作目『屍蘭』は別の作家の作品名に
なりそうだった。 


2作目の『毒猿』まで続けて大ヒットしたため、
3作目の『新宿鮫』執筆のさいは
版元からも潤沢な予算がおりるようになり、
「ホテルに缶詰」状態だった大沢さん。

そこへ、頭を抱えた初代サメ担当W氏がやってきた‥‥。

「大沢さん、大沢さん、別の作家さんの小説なんですが
 いいタイトルが浮かばなくて」
「おう、じゃあオレがつけてやるよ。どんな話?」

「かくかく、しかじかでして‥‥」
「なるほど、花の蘭が出てくるんだな。
 そして、殺人事件が起きるわけだな。
 よし『屍蘭』ってどう?」

「いや‥‥大沢さん、ラーメンでも
 サッパリ系とギトギト系があるじゃないですか。
 小説もしかりで、
 その『屍蘭』なるタイトルは
 大沢さんみたいな
 ギトギト系の小説には向いてると思うんですが、
 その人は、もっとサッパリ系なんです」
「そうか、わかった。
 じゃ、いま書いてる小説のタイトルにしよう」

こうして『新宿鮫』3作目は『屍蘭』となったという‥‥。

真実のコラムは、次回へと続く‥‥。

2010-02-12-FRI