山本昌 「おちつけ」は永遠の課題。 山本昌 「おちつけ」は永遠の課題。
慌ててしまうとき、感情的になりそうなときに、
自分に言い聞かせたい「おちつけ」の言葉。
おちついてさえいればうまくいったのに、
という機会は誰にもあるはずです。

プロ野球界のレジェンド 山本昌さんは、
「おちつけ」を、永遠の課題と表現しました。
50歳まで現役で投げ続け、通算219勝。
プロ野球史上最年長32年の在籍記録のほか、
数々の最年長記録を持つ大投手にもかかわらず、
毎試合、それこそ現役最後の試合まで、
不安や緊張と戦ってきたそうです。

「おちつけ」からはじまる人生哲学が聞けました。
担当は「ほぼ日」の野球ファン、平野です。
第4回 「おちつけ」は永遠の課題
──
現役時代には毎試合緊張していたと伺いましたが、
2015年にユニフォームを脱いで、
セカンドキャリアでの緊張はありますか。
山本昌
今でも緊張することはありますよ。
たとえば講演で話してと言われてもね、
「90分、みなさん聞いてくれるかな」とかね、
「真っ白になって話に詰まらないかな」とか。
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──
講演は対話と違って
ひとりきりですもんね。
山本昌
真っ白になるって、怖いでしょ?
残り時間が30分もあるのに真っ白になって、
しゃべることがなくなったらどうしようって。
──
想像したら、すごく怖いです。
山本昌
不安なので、話す内容を箇条書きでメモして、
壇上にノートを必ず持っていくようにしています。
実際は下を見ることなんて1回もありませんが、
そこにノートがあるだけでおちついて話せるんです。
こういうのが準備じゃないかな。
──
野球の世界とはまた違うタイプの
緊張や不安と向き合っているんですね。
山本昌
準備さえしていれば大丈夫だと思えるんです。
たとえば、船釣りの初心者って、
陸が見えているうちは
気持ち悪くならないそうですよ。
陸が見えなくなってから船酔いするんです。
──
へぇー!
戻れない不安があるのでしょうか。
山本昌
すぐに戻れない不安で
おちつきがなくなるんでしょうね。
おちつくための準備として、
酔い止めを飲んでおけば
安心できる要素になったはずなのに。
──
趣味の話も聞いていいですか。
昌さんがラジコンの分野でも
プロ級の腕前だという話は
野球ファンの間でも有名です。
昌さんがケガをしてリハビリ中の
気分転換にはじめたラジコンにのめり込み、
全日本大会で4位に入るほどの腕前になったと。
ラジコンとの出会いが
野球にもいい影響を与えたそうですが、
趣味としてはじめたラジコンなら、
おちついて大会に臨めるのでしょうか。
山本昌
ラジコンもね、レースでは緊張しますよ。
ひとつミスしただけで終わっちゃうので。
緊張はするけれど、
レースが終わったときの達成感はあるし、
いいタイムを出せたときはすごくうれしいです。
ただ、ラジコンは趣味ですから、
命まで取られるものじゃありません。
ぼくがやってきた本職の野球と違って、
生活に支障をきたすわけじゃないだろう、
という考え方で前向きに緊張してやっていますね。
──
野球は一球の失投でも
人生に影響することがありますもんね。
緊張と不安があるなかで、
ずっと戦ってきた昌さんならではの
お話が聞けました。
山本昌
緊張感をしっかりと制御するために、
いろんなことをやって
おちつこうとしていたんだなと思います。
ルーティンや、普段の準備が大事じゃないかな。
──
ほぼ日で「おちつけ」グッズを発売したら、
すぐに完売してしまったんです。
再販売をくり返していますが、
なかなか生産が追いついていなくて。
山本昌
へえ、それはすごいですね。
みんなやっぱり、おちつきたいんだなあ。
「おちつけ」って永遠の課題ですよね。
でも、おちつき過ぎても
人生つまらないんじゃないでしょうか。
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──
おちつき過ぎたら、つまらないですか。
山本昌
自分なりの「おちつけ」が身についたら、
あえて緊張する場面や、おちつかないところに
行ってみてはどうでしょうか。
はじめはおちつかないでしょうけど、
自分なりに試行錯誤をして
ベストを尽くすことが大事だと思います。
ぼくは、おちつかない先発投手を
50歳までやれたので、幸せだったなと思います。
──
公式戦で最後に投げた試合は、
2015年10月7日の広島カープ戦。
アウェーのマツダスタジアムでしたよね。
この試合で引退だとわかっていても、
やっぱり緊張はするものですか。
山本昌
1人にしか投げないって決まっていたのに、
めちゃくちゃ緊張しました。
自分でもおもしろいことに、
先発の日と同じルーティンをやってましたね。
──
えっ! 投げる相手は1人なのに?
山本昌
グラウンドに出てキャッチボールして、
ちょっと走って、みんなより先に上がって、
ロッカーでグラブを磨いて、
スパイクをきれいにしているときに、
いつもと同じ緊張感がやって来たんですよ。
「えぇー! あと1人にしか投げないのに、
こんなに緊張するんだなあ!」
──
そういう自分をおもしろがりながら。
山本昌
ほんと、最後の1人なのにね(笑)。
ただひとつ不安だったのが、
ぼくはそのとき、指の靭帯を痛めていました。
丸(佳浩)くんにぶつけたらどうしようとか、
ストライクが1球も入らなかったらどうしようとか、
そういう不安があったからこそ、
緊張したんじゃないかな。
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──
最後の最後まで、緊張していたんですね。
昌さんのケガといえば、
現役時代に痛めていた左ひじが、
まっすぐに伸ばしたり、
90度に曲げられないと聞きました。
山本昌
はい。左ひじは今でも全然曲がりません。
顔は触れても、首は触れない。
変形しているんで、一生モノだろうね。
現役時代も1回も手術していないんです。
プロの選手なら他にも曲がっている人はいますが、
ぼくほどひどい人はいないんじゃないかな。
でもぼくは、こういうケガもプラスになりました。
──
ひじが曲がらないことが、
プラスに働くんですか?
山本昌
ひじが余計な動きをしなくなったおかげで、
コントロールがよくなったんじゃないかな。
たぶん、左ひじが曲がらなくなったことで
一定のところを通るようになったんです。
本来なら、左ひじが伸びていたほうが
腕の振りもよくなって、
ボールにも伸びがあるはずなので。
球速は出なくなったけれど、
安定した投球はできるようになった、
というふうに自分では捉えていました。
──
最後にひとつ、いいですか。
「おちつけ」がテーマということで、
緊張や不安についてたくさん伺ったのですが、
うれしい瞬間はどんなときでしたか。
山本昌
やっぱりね、勝てばうれしいです。
ピッチャーが1勝するっていうのは‥‥、
そうだな、人生で一番うれしいと言えるぐらい、
うれしいことなんですよ。
──
はあー、「人生で一番」ですか!
その瞬間を、219回も経験できたんですね。
山本昌
本当に幸せでしたよ。
勝つことが人生で一番うれしい。
現役でエースと呼ばれるような選手も
勝つ喜びを感じてプレーしているだろうし、
バッターも勝利に貢献してヒーローになれたら、
どんなにうれしいことか。
ぼくらはみんな、勝ちたくて野球しているんだから。
──
緊張感のなかで戦っていたからこそ、
他にない喜びがあったんですね。
今日はありがとうございました。
永遠の課題と言ってくださった
「おちつけ」のことを、
これからも考えていきたいなと思います。
山本昌
「おちつけ」、いい言葉じゃないですか?
どうも、ありがとうございました。
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(おわります)
2019-09-15-SUN