いろんな仕事。

第4回 子どものころなりかった職業。


※いろんな仕事、いろんな職業病が、
 とっても好評で、たくさんのメールをいただいてるので、
 ここ数日に届いたおたよりを、ホヤホヤのままま掲載!
 あなたのまわりの仕事ばなしも、
 postman@1101.com
 ぜひぜひ、こちらまで、お送りくださいね!





・大学の頃の後輩の話ですが、
 お菓子の「ひよこ」の工場でバイトをしたそうです。
 最初の頃パートのおばさんと一緒に流れてくる
 お菓子の選別をしていたところ、
 隣にいたおばさんが流れてきた「ひよこ」をパクッ。
 びっくりした後輩に一言、
 「こんなにあるから大丈夫」と・・・・。
 後輩も試しに食べてみたところ、
 まだ出来立ての「ひよこ」は
 温かく、とても美味しかったそうです。
 それもつかの間、ラインに流れてくる
 何万個の「ひよこ」を選別するのはやはりつらかったらしく、
 ボロボロになって自宅に帰って爆睡したそうです。
 ちなみにその夜見た夢は、家のドアを空けた瞬間、
 大量の「ひよこ」が頭に降ってきた夢だったそうです。
 (はらっち)



・土建屋さんに勤めています。
 社員旅行でバスに乗っていると
 必ずどこかで工事現場に出くわしますが、
 するとみんなは、じーっと現場を観察します。
 「ほー、ああいった工法もあるんやな!」
 「あれはどうやってやっているんだぁ?」
 仕事忘れて旅に来たんだから・・・とも思うのですが
 みんなの脳みそは、すっかり土建屋仕様になっちゃうの。
 (うろん)



・ワタシが体験したのは、
 「特許」の品物や方法が書かれている本の中から、
 「新しい特許」だけを切り取って別の紙に貼るという
 ちょーーーーー地味なバイトでした。
 そのころからもちろんコピー機もあったんですが
 なんかしらんが、切って貼っていました。
 それも隣のおばちゃんは
 「ボンドはつまようじで付けるのよ」
 と裏技を教えてくれ、
 机上にはマイつまようじがあったのが新鮮でした。
 でもナンバー1867285なんて字が
 ずらずら書いてあったりして
 ものすごく目が近目になりました。
 九時から五時まで働き、
 帰る途中の電車のホームではあまりの疲れ目で、
 ホームの番号が読めなかったのを覚えてます。
 しかし、あんなもん、何に使うんだろう。
 (匿名のかた)



・私が大学時代やっていたバイトは、
 地図の会社で、
 白地図に色鉛筆で色を塗る仕事です。
 塗り方も縦横斜めの線で塗って、
 全体を塗りつぶしていくって言う風に指示されて、
 社員さんに最終チェックしてもらいます。
 社員さんもぶあつーいめがねをかけて、
 いかにもって感じ。
 ほんとに小さな部分でさえも、
 「ここの塗り方ちょっと雑。」とか言われて、
 返却されます。
 今じゃ、とてもじゃないけどやってられません。
 (かよん)



・私が小さい頃にやりたかった職業は、
 今じゃ見かけなくなりましたが
 「スーパーのレジ係の隣で
  お客さんの買った商品を紙袋に詰める人」でした。
 薄茶色の紙袋にテキパキと詰め込んでいく姿に
 あこがれていました。
 夢の職業にしてはちょっと地味かも・・・。
 (NUMAKO)



・小学生1年生くらいの頃、
 「将来は何になりたい?」と
 母親に聞かれて「とび職」と答えていた私。
 その頃の私は「とび職」とは、
 いろんな職業を渡り歩く人のことだと思っていたんです。
 あれから、24年。
 幸か不幸か、あの頃の勘違いしたままの
 夢の職業を叶えている私です…。
 (まきまきろん)



・いろいろなお仕事を読みながら
 「うーん、ずっと普通の仕事しかしてないなぁ」と
 思いながら、案外、一番最初に勤めた会社の仕事が
 ちょっと特殊な気がしてきました。

 最近ではあちこちで見られる格安チケット店。
 あの店頭に並ぶ各種チケットがどのように入手されるか、
 ご存知でしょうか?
 航空券、新幹線、商品券、ハイカ等々・・・
 それらの仕入れをする仕事をしていました。
 店頭で客から買い取った商品券を用途別に分類。
 あるものは新幹線チケット、あるものは映画券、
 あるものはハイウェイカードを買うために
 使われるのですが、その単位が半端じゃない。
 2,000万円分の商品券を
 ビジネスカバンにパンパンにつめて、
 えっちらおっちら、うら若い女の子が
 地下鉄を乗り継いで仕入れにいったりするので、
 引ったくりになどあったらひとたまりもないのですが、
 幸いそんなことは一度もありませんでした。

 映画券を買いに行くときは、
 キャラクターのついたミニリュックに
 数百万円分の商品券を背負って、
 繁華街のプレイガイドへ。
 居合わせたカップルが、
 カウンターに積む商品券にギョッとしたように
 こちらを見るのがいたたまれず・・・
 身についたことは、
 異様にテレホンカードやハイカを早く数えられる。
 切手シートをすばやく綺麗にわら半紙に張る。
 偽造券を見抜く・・・等々、
 あまり日常生活に役立ちません。

 勤めた2年間、きっと銀行の方もそうだと思うのですが、
 1億の札束を見ても金庫で場所を取る塊に
 「この1億邪魔」とモノにしか見えない。
 逆に、モノでなくやっぱりお金に見えてしまう人が、
 魔が差してしでかしたことで
 職場からいなくなっていくのも何度か体験しました。
 そして、職業がら、
 盗品が持ち込まれるケースも多いので、
 多かれ少なかれ、皆警察に事情聴取を受けたり
 指紋をとられたりした経験があるのも
 特殊な職場環境かもしれません。なつかしいなー。
 (アオミ)

・私が保育園に通っていた頃、
 大きくなったらバレリーナになって
 おばあちゃんをパリに連れて行くと思い込んでいました。
 全くバレーを習ってもなかったし、
 パリがどこにあるのかも知らなかったのに、
 その当時ドラマでバレリーナモノがあって、
 あとパリという響きに憧れていたんだと思います。
 今思うとちょっと恥ずかしいです。
 バレリーナにはなれませんでしたが、
 仕事でパリには3回行きました。
 今はただの平凡な主婦になってます。
 (いっきー)



・僕が保育園に通っていたとき、
 「大きくなったらなにになりたい?」
 と先生に聞かれました。
 そして、「画に描いてください」といわれ、
 みんな、そのときの考えを絵にしていました。
 女の子は「およめさん」という答えが多くて、
 かわいらしいウェディングドレスを着た
 目の大きな子の絵を描いていました。
 そのとき僕がひそかに思っていた子も
 そういう答えでした。
 それを聞いてひそかに喜んでいたのは僕でした。
 実現はしなかったですけど!

 で僕は「パトカーの運転手」。
 警察官の仕事だとは思いもしなくて、
 パトカーを運転する専門の人だと思っていました。
 描いた絵は横書きのパトカーの前席に乗って、
 窓から大きな顔を出して横を向いて
 にこっと笑って運転している、よそ見運転の男でした。
 いまも卒園文集に残っているのですが、
 いまみると、その運転じゃ逮捕されるよ……。
 パトカーの運転手にはなれませんでした。
 あたりまえですね。
 (たっくん)



・高校生のころ、PTAの会長が神主さんで
 その神社で巫女さんのバイトをしていました。
 袴も上手く着られない高校生が
 三々九度のお神酒注ぐのだから大変でした。
 お酒があふれたこともたびたびで、
 一番ひどかったのは神主さんが
 結婚式用の祝詞を間違えて持ってきたとき。
 「しまった、違うのを持ってきた」とつぶやくやいなや、
 アドリブで、ひたすら「かしこみかしこみ…」と
 リピートしているのを聞いておかしくて
 笑いをこらえるのに必死でした。
 あの時の夫婦も幸せに暮らしていることでしょう。
 お神酒の残ったものは一升瓶に戻して
 次回にまわしていましたよ。
 結婚式に夢が消えたのはそこからでした。
 (匿名のかた)



・当時の私は一人暮らしをしながら
 大学に通っていたのですが、
 長いお休みのときは生活費節約のため、
 実家に戻っていました。
 ただボーっとして時間が過ぎていくのももったいない、
 ということで私が始めたバイト。
 それは、きゅうりの箱詰め。
 ベルトコンベア-に乗って流れてくるきゅうりを、
 朝から夕方までひたすら箱に詰める作業をするのです。
 コンベア-の音がうるさいので私語もままならず、
 私はただひたすら流されてくるきゅうりを
 むんずとつかんで箱に詰めておりました。
 ツラかったのは、休憩時間。
 周りは地元のおばちゃんばっかりで
 10代の子なんて私だけ。
 それでもたまに話し掛けてくれるおばちゃんも
 いることにはいましたが。
 ああいう気まずさって、何ともツライんですよね…。
 バイトが終わりに近づいた頃には
 プチトマトのパック詰めもしました。
 作業してる間に、おいしそうなプチトマトを
 ぱくっと食べちゃうおばちゃんがいたりして、
 なかなか良い人生経験になりました。
 そんな私も今では広告代理店で働く会社員です。
 (とと)



・通訳になることが夢でした。
 小さい頃からおしゃべり好きだった私は、
 色々な言語を操る通訳の方を見て、
 「色んな国の人と話が出来たら楽しいだろうなぁ〜」
 と思っていたんですよね。
 小学生ながら「通訳になるには」なんて
 本を買ったりもしました。
 しかし通訳の道はそう簡単なものではなく、
 気付けば、なぜかプログラマーになっていました。
 今は、コンピュータにしか通じない、
 色々な言語(プログラム言語)を操る日々です。。。
 (かにゃ)



・知り合いに縫いぐるみ作家の方がいるのですが、
 その方は道を歩いていて目に入ったものすべてについて
 頭の中で「型紙を起こしてしまう」そうです。
 くちびるの形やら信号機の形…。
 気になったものはなんでも、
 ふと考えてしまうそうです。
 (ゴッチ)



・小さい頃「やりたかった仕事」、というより
 周囲から「やれ」といわれていた仕事。
 それは、アナウンサー。
 華やかだからというわけではなく、
 毎日定時に画面にあらわれれば、親戚一同
 わたしが「無事だ」と判るから、だそうな・・・。
 NHKのハタケヤマさんのご親戚も、
 毎晩彼の顔を見てほっとしているのかしら?
 (おーみ)



・夢の職業、私のではないんですが
 先輩の子供が「キャベツになる」と
 言い張っています。
 理由は「おいしいから」だって。
 (い)



・「お子さんの網膜がとってもきれい」という
 眼科医の方のお話、すごーく同感いたします。
 私は、眼科医ではなく
 視能訓練士(眼科検査技師みたいなもの)だったのですが
 お子さんの眼球って、ほんと、きれいで、
 眼底も角膜も内皮細胞も、ピチピチと音をたてそうなほど
 みずみずしくて、細胞が粒ぞろいで、
 検査の度に見とれていました。
 友人に子供が生まれて、会いに行っても、
 「あー、赤ちゃんの眼球って、
  なんて新しくてキレイなんだろう」
 と思わず言ってしまってひんしゅくをかうことも・・・。
 そして、そんな私の職業病は、お子さんを見ると、
 斜視がないかどうか、思わず
 チェックしてしまうことでした・・・。
 今は、お子さんの精神発達全般を見る仕事に
 携わっているので、つい、
 「おいくつですか?」なんて
 お母さんに話し掛けながら、さりげなく、
 お子さんの様子を観察してしまいます。
 ちなみに、視能訓練士という仕事、
 国家資格になっている職業なのですが、
 とってもマイナーで、ことあるごとに、
 「知能訓練士さんですか??」などと尋ねられ、
 説明するのが難儀でした。
 眼科の中で、視力や眼圧や視野を測定したり、
 眼鏡やコンタクトレンズを合わせたり、
 眼底写真を撮ったり、斜視や弱視の
 お子さんの訓練をしたりするお仕事ですよー。
 (h)



・大学生のとき、地中探査のアルバイトをしてた。
 文字だけ見ると、宝探しみたいだが、
 実は、不発弾調査である。
 建築する前、整地する前には必ず行う。
 三人一組で進める宝探し。
 細長いコイル(3メートルぐらい)を
 二人で持って碁盤目状に歩く。
 そのコイルにつながった金属探知機を
 もう一人の人が見る。
 針が振れると、金属探知機担当の人が「そこ〜」と言う。
 コイル班は、行ったり来たりしながら、
 探知機担当の声を聞く。
 針が大きく振れるところがその場所だ。
 MAXになるまで行ったり来たり。

 探知機担当は、声の大きさで、
 針の振れ具合を教えてくれる。
 最初は、小さい声で「そこ〜」。
 針の触れが少し大きくなると
 「そこ〜!」「そこ〜!」段々声が大きくなる。
 MAXになると「そこ〜っ!!」。これはもう叫び。

 あとは、ここ掘れワンワン。

 自転車が出てくるときもある。
 カンカンの塊、鉄くず等もある。
 実際に不発弾が出てくると、
 それに触らず、周りの土を退けるのです。
 あとは自衛隊に連絡。
 危険な仕事だったので日給は良かった。
 でも、地球の性感帯探しをしているような
 滑稽な気分だった。
 そして思ったのは、まだ戦争終わってないな。
 と感じた大学時代。
 (幹雄)



・自分で覚えていないくらい小さい頃に
 大きくなったらなりたかったもの。
 それは「チンパンジー」でした。
 なんでかって、
 毎日バナナが食べられるから。
 (匿名のかた)



・なりたかったものは、おだんご屋さんです。
 保育園に通っていた時、誕生日会で発表しました。
 みんなはケーキ屋さんとかお花屋さんとかでしたが、
 理由は同じです。「おだんごが好きだから」。
 我ながら渋いと思いますが、実現していれば
 数年前のだんご三兄弟ブームのとき、一儲けできた?
 (あさた)



・日払いしてくれるってことで、
 工場でバイトをよくしました。
 お菓子やケーキの工場などが割と多いけど、
 その工場でもあたりはずれが大きい。
 大変だったのは、とあるパンとお菓子の工場。
 ベルトコンベアーで、
 袋に詰められたクッキーが出てくる。
 そこにアンパンマンのシールを貼る、
 っていう作業を3時間。
 そしてその後は、パンケーキにくるんである、
 バナナの皮を剥くだけの作業を3時間。
 もちろん立ちっぱなし。きつかったー。
 違う工場では、
 おばちゃんたちがすんごいいい人だったんですが、
 どこに年金をかけたらいいのか談義してました。
 国民保険を払う、っていう年になったばかりの私には、
 年金なんて程遠い話のように感じた20のコトでした。
 (yucca)



・ボクは印刷屋さんで働いているのですが、
 新聞の折り込みチラシの写真をみて、
 シャドーの網が潰れて気味なんて考えたり、
 DMのハガキをみては、
 ○○(書体)を題字に使ってるのか
 なんて事ばかり気になってしまい
 肝心の内容さえ覚えていません。
 でも、チラシは粗末に扱えないんですよ。
 (p)

2003-02-13-THU
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