『ディア・ドクター』の  すてきな曖昧。 糸井重里×西川美和監督
第4回 瑛太さんが育てた役柄。
糸井 たしかプログラムで読んだと思うんですが、
「瑛太さんは要求した以上のことをやってくれた」
というようなことを
西川さんは、お書きになってましたよね。
西川 はい。
研修医の相馬という役があそこまで到達したのは、
瑛太くんのおかげだと思っています。

(C)2009『Dear Doctor』製作委員会
糸井 観ているぼくも、それをつくづく感じて。
西川 そうですか。
糸井 役者さんってみんな、その、なんというか‥‥
「記録を更新できるんだ」みたいな。
西川 ああ‥‥はい。
糸井 あの役は、むずかしいですよね、実はね。
西川 むずかしいですね。
あの‥‥瑛太くんには失礼なんですけど、
前半はとくに演出してておもしろくないんですよ、
あの役って。
糸井 前半までは、ふつうにできますからね。
西川 ええ。
私自身が前半の相馬という役に対して、
興味と愛情が薄かったんです。
糸井 自分で作ったものなのに。
西川 そうですね。
ただ、後半のひるがえり方をみせるためには、
どうしても前半は「紋切り型の若い青年」
というのを描かなくてはいけなくて。
糸井 そうでしょうね、構造として。
西川 唯一、裏側もないし、奥行きもないし、
秘密もない男なので、
ほかの役に比べるとキャラクターが平板で、
それがやっぱり苦しくて……。
糸井 うん。
西川 そこをなんとか瑛太くんにも、
がんばって耐えてもらわなきゃと思ってました。
ところが、瑛太くん本人は、
あの役をそんなふうに捉えていなかったんです。
糸井 ほう。
西川 「自分の友人なんかを見ていても、
 表面が軽かったり平べったいやつに限って
 意外に根っこが深いことがあるから、 
 ぼくはこの役が好きだったんだ」って。
糸井 そうですか。
西川 それって彼らの世代での付き合い方から、
本人が吸収してきたものなんですよね。
そういうふうに捉えて、
自分で自分の役を育ててくれたのは、
意外だったし、よかったなあと思いました。
糸井 それ、ちゃんと表現できましたよね。
西川 うん、そうですね。
糸井 「チャラチャラしたやつだ」って
決めつけてしまいがちな人と
一対一で会ってみたら
「あ、そういうことを考えてたんだ」
というのがわかる、みたいなことを、
瑛太さんはちゃんと理解していて、
しかもきっちりと、役でそれを表現できている。
西川 そうなんですよ。
糸井 紋切り型の言葉を出し続ける役なので、
それ以上がないように見えていながら、
「出してない場所もありますよ」というのを、
明らかに、しっかり演技してるんです。
西川 ああ‥‥よかった。
糸井 それは、すごいことです。
脚本には文章しかないわけだから、
そこからいろいろ想像して
「こういう若い人は、こんな感じだ」
っていうふうに、なんて言うか‥‥
束ねるようにしてイメージするわけですよね。
西川 ふつうはそうでしょうね。
糸井 簡単なキーワードで人を集めるというか、
安易なグループ化をしてしまう。
瑛太さん本人だって、
へたすれば自分をそこに束ねてしまいますよ。
ステレオタイプに。
それは、さっき言った、
「過疎の村には不便もあるけれど‥‥」
ていう当たり前すぎるたどり着き方と同じです。
西川 そうですね。
糸井 ところが瑛太さんは、
「そんなもんじゃないよ」と。
ひとりの若い人物の奥行きを、
ちゃんと表現できていたわけです。
西川 ほんとに。
瑛太くんは、私よりも一世代下になるので、
ちょっと……うーん、そうですね、
理解できてない部分があったんです。
そのジェネレーションの考えていることが。
糸井 はい。
西川 だから、
私が「記号」としてしか書けなかった役柄の、
「実質」というものを、
彼が自分の人生で、見知ってきてくれたわけです。
糸井 すばらしい。
それは、すばらしいですね。
西川 キャスティングで大事なのはそういうことで、
選んだ俳優の「自主トレ」というか‥‥。
自分の人生でその役に通じる考え方をしているか。
もしくは自分の知ってる人脈から
性格を借りてくることができるかどうか。
そこが大事なんじゃないかと思っています。
瑛太くんは自分の世代でそれができていたので、
とても助けられた部分がありますね。
糸井 多分、脚本を読んだだけでは
たどり着けっこないところまで、
映画を撮ってるうちにたどり着けたんでしょう。
西川 だと思います。
糸井 すばらしいですよね。
それは一般的には、
「監督の手腕」と言われちゃうんだけど。
西川 いや、だからぜんぜん、
そんなことはないんです(笑)。
糸井 自主トレ。
西川 そこですよね。

(つづきます)

2009-09-04-FRI


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