今日の「ほぼ日」ニュースまとめ

吉本隆明さんが第19回宮沢賢治賞を受賞しました。
吉本さんは、昔、宮沢賢治みたいになりたかった。
宮沢賢治は、どういう生き方を、
どんなつもりでやったのでしょうか。
おめでとう、吉本さん!
news!
イーハトーブのイギリス海岸と
吉本隆明さんの宮沢賢治賞。本番の巻。

昨日につづき、
岩手県(イーハトーブ)・花巻市で
宮沢賢治賞を受賞された
吉本隆明さんのことをお伝えします。
今日は、ちょっと長めですが、
吉本さんの授賞記念講演の内容を、おもに
まとめてお届けします。

青春時代の夢。

昨日の記事でお伝えしたとおり、
冒頭3べん頭を下げて、
吉本さんはこう話しはじめました。

「ぼくの好きな宮沢さんの『雨ニモマケズ』という詩が、
 学校の天井に貼ってありました。

 ぼくはいつでもその下で、それを眺めていました。
 これはどういう人で、どういうことを考えていたか、
 ということを、毎日のように思っていました。
 俺もこの人とおなじような人になれるんじゃないか、
 ということが、
 ぼくの青春時代の夢でもありました。

 この夢を、自分なりにたどって、
 そして自分なりの勉強も含めて
 いままでやってまいりましたけれど、
 いやぁ、とんでもない人だ、
 宮沢賢治って人は、とんでもない人です。
 これはもうまるで、
 なんて言いますか、格違いで、
 こんな人に俺もなれるんじゃないかと
 思ったこと自体が、もうお話にならない、
 ばかげた青春のいたずらだと思います。
 宮沢賢治の思索や所業を思うと、
 自分の思索や行いは
 どんどん落ちていくばかりだ、
 という体験をして現在に至っております」

銀河につながる縦の関係。

「宮沢さんという人について、
 ぼくが好きで、最初の言葉にしたいことは、
 宮沢さんが、まず
 『我々は農民である』
 という一人称で、ものを言っていることです。

 貧乏で暮らしもつらい、仕事もつらいけれども、
 どこかで救われるところや休めるところがあって、
 また、もしかすると希望を持てる、
 そういうところがあるんじゃないかと考えていると、
 まず、おっしゃってるように思います。

 ぼくの記憶にある
 『農民芸術概論』を含めて申し上げますと、
 宮沢さんは、
 我々は銀河系の中の太陽系の中の星の陸中の住人だ、
 というような言い方をしています。

 みなさんもご存知のように、我々は日常、
 人間と人間との関係あるいは
 自分が存在している社会との関係などを
 横の関係としてとらえています。

 例えば隣の人、おなじ会合に出る人、
 社会組織に属してる人、政治組織に属してる人。
 人との関係を、我々はいつでも、
 横に求めていくわけです。

 いちばん身近なのは、家族です。
 家族を元にした──つまり、
 人間の男性と女性の性の関係を元にしてできた家庭も、
 横に横にと、関係を求めます。
 そういう現実社会に、我々は住んでいると思います。

 あらゆるものについて、横に横に関係を持っていって、
 そこから何ごとかを学んでいくのが
 人間であり人間の社会だ、
 というふうにぼくらは考えて、
 そのとおりだと思っているわけです。

 だけど、宮沢さんははじめっから、
 関係は横に求めることよりも、
 縦に求めようじゃないか、
 それがもっとも特色のあることなんだ、
 という主張をしているように
 ぼくには思えます。

 つまり、自分は銀河系の一員である、
 銀河系の、地球をめぐらしている太陽系の中の
 陸中のイーハトーブ、なんていうふうに
 宮沢さんは言っていると思います。
 人が、何を相手にして
 何と無言のうちに会話しながら
 あるいは、ときには独り言を言いながら、
 何と関係してなんで生きているかというとき、
 宮沢さんは何よりも、それを
 縦にとらえているわけです。

 となりの人と関係して、というよりも真っ先に、
 人は天の星と関係している、と考えているのです。
 ここは宮沢さんの非常な特徴であります。
 宮沢さんの思想というのは、
 そこから生まれてきたんです」

「宮沢さんは、人との関係は
 あんまり得意な人ではなくて、
 あんまりなかったですけど、
 まぁ、宗教の神様とか仏様っていうのとは
 関係をしましたけど、
 自分は天の川の星の一員だという、
 天の星との関係がはじめにあったんだ
 ということを
 ぼくにはことさら表したと思える人です。

 それを人間の生き方や
 社会のつくり方、政治集団のつくり方の、
 重要な要素としたんだと思います。
 自分は農民だと言いながら、
 そういう世界についての考えを真っ先に持ってた。
 それは、宮沢さんの驚異的なところです。

 人間の生息や、人間自体の存在にとって
 横の関係が重要な考えになっていますが、
 宮沢さんはそれはぜんぜん違いますよ、と
 ほんとうは言いたかったんでしょう」

「それから、もうひとつ、
 宮沢さんが重要だと考えていたことがあります。
 それは、この現在自分がしゃべっていることに
 意味をつけてもらいたくないということです。
 単に、現在の宮沢賢治の考え方があるだけですよ、
 自分の現在性があるだけなんですよ、
 ということを、あらゆる著作や信仰で
 非常によく宮沢さんは考えておられると思います。
 それが、とても特徴的です。

 このふたつのことをうまく説くことができれば、
 宮沢賢治が、どういう生き方を
 どういうつもりでやったのかが
 とてもよくわかるんじゃないでしょうか」



ほんとうのほんとう。

「自分は宗教者で、
 自分が書き記した童話はみんな迷いの跡だ、
 というふうに親に述べたと
 ぼくらは読んでおります。

 そして、宮沢さんは科学者でもありました。
 科学者でありながら、
 宗教家として自分を規定しているので、
 その両方で、考えをおし進めたり
 深めたりしていくと、
 科学と宗教のふたつを
 『分けることができない』という問題に
 当面しました。

 これを、宮沢さんは、別の言葉で言おうとしてます。
 その言葉は、みなさんよく読んで見ると思いますが、
 『ほんとうのほんとう』という言葉です。

 ひとつの考えがあって、
 それとは反対の考えがあって、
 それで国家と国家で戦争になったりすることは
 みなさん、ご自分でも体験してるでしょう。
 ぼくも体験してます。

 だけど『ほんとうのほんとう』はどうだろうか。
 どちらかからもほんとうだと主張しながら、
 どちらもほんとうとは言えないみたいだ。
 これは、宮沢さんの
 言いたかったことのように思います。
 実際に、軍事的なこと、殺伐なこと、残酷なことに
 一切関与しないで、
 一生を過ごされたということは、
 そこからきてると思います」

「飢饉があるときや、
 宮沢さんで言えば寒さの夏、
 穀物も野菜もあんまり発育できなくて
 少なくしか採れないことになったとき、
 宮沢さんは、一筋に、
 自分ができる限り、ほんとうに身をもって、
 農家のお年寄りの手を引くように、
 収穫の多かることを品質的に考え、
 肥料を土壌の性質に従って設計して与え、
 おじいさんやおばあさんが田畑を耕していたら
 必ずそばへ寄って手助けする、
 そういうことを本格的にやった人だと思います。

 これは、宮沢賢治が持っている
 『ほんとうのほんとう』ということの
 実践というのでしょうか。
 実行というのは、ほんとうに
 このことに尽きるわけです。

 理論的に、こうだこうだと言って集団をつくって、
 いつまでも何もしない集団がたくさんありますし、
 ぼくらみたいに、やりもしないでなんか言ってるとか、
 そういう場合もあります。
 けれども、宮沢さんは、
 そういうことは全然ないんですよ。
 宮沢さんは『ほんとうのほんとう』を、
 地上からあるいは地下から、縦に関係を求め、
 これを自分の思想としているし、
 また、自分が現実に
 手足を動かして実行することもやります。

 だから、ぼくはこれまで、
 いろんな人の悪口を言ってきましたけど、
 言わなかった人っていうのは、
 宮沢賢治ぐらいです」



「『ほんとうのほんとう』について、
 宮沢さんの『銀河鉄道の夜』の表現のしかたを
 例にとって挙げたいと思います。
 『銀河鉄道の夜』は、
 自分になぞらえた主人公をジョバンニと名づけて、
 それから、その親友を
 カムパネルラと名づけています。

 作品のなかで、ふたりが列車を降りて、
 ちょっと外へ出てみようという場面が出てきます。
 そこでふたりは
 銀河の流れのそばに行きます。
 銀河には、水素が濃く流れています。
 ジョバンニがそこに手を入れると、
 手首のあたりに、透明なよどみができます。

 そして、カムパネルラの姿が消えてしまって、
 あとは、ひとりぽっちのジョバンニだけが残って
 さびしくてしかたない、これからどうしようか、
 これから、自分はほんとうのほんとうの道を行くんだ、
 というようにして、『銀河鉄道の夜』は終わりです。
 それは、宮沢さんの宗教の、非常に重要なところです。

 銀河のほとりまで行って手をひたすと
 手のそばで透明な濃い水素の渦巻きが起こる、
 それが『ほんとうのほんとう』の中の
 宮沢さんの考えた化学、
 全体的に言うとすれば科学だと思います。
 そして、カムパネラが消えてしまいます。
 宮沢さんは、科学者でありながら
 結局自分は宗教家だと言ってる、
 そのふたつのことを
 『銀河鉄道の夜』のその場面で
 言い表していると思います。
 科学が『ほんとうのほんとう』の
 大きな部分を占めていて、それでいて
 宗教的な『ほんとうのほんとう』がある、と
 言おうとしてると思います」



「われわれは貧乏であり、なおかつ、
 銀河の光と自分の光をつなげるところに
 いなきゃいけない。
 宮沢賢治は科学者であり、それから、
 宗教家であり芸術家であり、
 ほかを言えばもっとありますけど、
 それが違うことだということを
 充分深く追求したあげくに、
 やっぱり自分の中で宗教と科学が一緒になってる。
 そういう意図が宮沢さんの『銀河鉄道の夜』という
 童話芸術の中で、よく表されています。

 『ほんとうのほんとう』が
 何を意味しているのかということを
 ぼくらは推測するのですが、
 確かにこれだということはいえません。
 しかし、それを推測することが
 ぼくらにとって、
 宮沢賢治を知るということになると思っています。

 宮沢さんの、その姿をいまでも求めて、
 それでもわかんない。
 しかし、わからないながら求めてる、
 それを自分の中で、宮沢さんに言います。
 ということです。これだけのことです。
 どうも(拍手)」

時間ぎりぎりまで話した吉本隆明さんは、
そのまま拍手に包まれて、
会場をあとにしました。

その後、我々取材班は、
東京に戻る前に、
宮沢賢治記念館に向かいました。



そこで、さまざまな展示を見たのですが、
特に、宮沢賢治の書いた原稿の文字を、
じっくりと眺めました。

科学と芸術や宗教の、双方が向かう、
『ほんとうのほんとう』をあらわそうとした、
迷いのあと。
それは、とても読みやすく、はっきりとした
あかるい文字でしたためられていました。

これで、今回のニュースはおしまいです。

あらためて、吉本隆明さん、
第19回宮沢賢治賞、
おめでとうございます。

2009-10-05-MON
 
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