猫屋台 nekoyatai

ハルノ宵子さんの、お料理と、猫と、父。

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猫屋台

第3回 どんな家にするのか。

最初の顔合わせのあと、
株式会社スピークのみなさんとハルノさんは
月に2回ほど定期的に
打ち合わせをすることになりました。

このころの打ち合わせの主題はひとつです。
それは
「どんな家にしたいですか?」
ということです。


▲いろんな写真や見本を見ながら。
「私はこういうイメージの暮らしを考えているのです」
と、言葉であらわすのは無理なので、
玄関、キッチン、廊下、居間、トイレ、庭、
それぞれの部分ごとに
「どうしていくか」各論をさぐります。
それをもとに、みんなで
「ハルノさんがどんなイメージを持っているのか」
を見つけていきます。

「なにを気にしているか」
「どれだけお金をかけるのか」
「そして、望んでいるものはいったいなにか」

最初の段階で路線をまちがえないよう共有し、
前進させようと
みんなが一丸となっていました。

しかし‥‥主人公は
吉本隆明さんの娘、ハルノ宵子さん。
一筋縄ではいかないのでした。

ハルノさん
「えーと、まずですねー。
 キッチンは、変えたいです」

はい、キッチンを。

「食器が落ちてくるのが怖いから、あの
 食器棚をなんとかします。
 麺を作るときに粉うちするので、
 キッチンの作業台とかは
 人工大理石だと助かるかなぁ。
 いまダイニングキッチンにある椅子は
 撤去したほうがいいですね」


▲ダイニングの椅子。猫のヒメ子がいます。
例えば、
キッチンについて示されたハルノさんの希望については
それぞれわかります。
食器棚を安全なものにして、
キッチンの作業台を人工大理石にすればいいのです。
しかし、やはり、
「全体的にどういうことを希望しているのか」を
イマイチはかりかねるのです。

みんながイメージを共有することって
難しいことなんですね‥‥、
と、私は思っていました。
しかし、スピークの川合さんはじつにねばり強く
提案と聞き出しをくり返しました。


▲スピークのメインの担当、川合さん。
 猫好きで、猫と会話ができる力の持ち主。
 猫屋台の担当にぴったりです。

猫屋台は、お料理を出すのだから、
キッチンをもうすこし
広くしたほうがいいかもしれませんね、と
ハルノさんに伝えると、

「いまのキッチンで20人分くらいはつくれるから
 大丈夫だよ」

という答えが返ってきました。

「ボロい台所だけど、
 台所って、慣れるのに1年くらいかかるから、
 あまり変えないほうがいいよねー」


▲上の白い棚は、なにか活用してるんですか?
 「開けたら猫エサが頭に向かって落ちてくるだけです」

キッチン以外で、どこか気になるポイントはありますか?

「父の書斎を整理したい。
 見てくださる方々に対して
 あのままだと申しわけないので、
 危なくないようにしないと」


▲書斎の本は数冊ずつひもで縛られています。
 ひも縛りは、生前の吉本隆明さんによるもの。
 独自のジャンル分けらしい。


▲病で足の血のめぐりが悪くなった
 隆明さんのひざかけが書斎に積まれていました。

書斎は、原型はそのままにして、
人が中に入れるように片づける、と。

「そんで、あとは玄関ね。
 玄関は砂利を敷いて
 猫のうんこ畑になればいいと思います」

うん‥‥‥‥え? は、畑?

「猫はうんちするからヤダ、っていうじゃないですか。
 ヤダ、ってことなら、
 うちで集中的に
 しまくってもらえればいいかなーって」

かなー、と言ったって、ハルノさん。


▲ハルノさんはたいてい涼しい顔をしています。

▲当時菅野がとっていた、玄関についての構想メモ。

▲庭は猫たちの憩いの場です。
「猫屋台という場所をはじめるのですから、
 ま、看板は出します。
 原マスミさんの描いてくださった猫の絵を
 看板にします。
 それ以上の説明はなし」


▲おかあさんのピースの遺影のうしろにあるのが
 原マスミさんの猫の絵。

「そして、いままでどおり、
 玄関の鍵はかけないほどのオープンさで
 いきたいと思います。
 インターフォンも、ないほうがいいね。
 ま、インターフォンなんて、さいしょっから壊れてるし」


▲吉本家のドアはいつも開いている。
「ドアが開けっぱなしであるのはそもそも
 うちの伝統なんです。
 父の時代からそうでした。
 もしも、やな奴が来たら、こっちが逃げればいい」

たしかに、吉本家に人があがりこんできた話や、
隆明さんが知らない人からの電話に
えんえんと受け応えしていたという話を
糸井重里から聞いたことがありました。
人が家に居座って、なんと、
ハルノさんが3時間ほど外に避難したこともあるそうです。

(いまさらだけど)変わっているご一家です‥‥。

この日、ハルノさんはすこしだけ
自分のあこがれを語りました。



「伊豆にジンバブエコーヒーを出すお店があってね。
 いまはもう、営業していないかもしれないんだけど、
 そこのお店は、ふつうの民家の
 20畳くらいのお部屋だったんです。
 部屋には、だーれもいないの。
 シーンとしてるんだ。
 私たち違う場所に迷い込んじゃったのかな?
 ‥‥と思ってそこにいたら、
 しばらくして奥からおじさんがあらわれて
 『コーヒー淹れましょうか』と声がかかった。
 開放的だよねぇ。
 ああいうことがしたいのかもな」

誰が入ってきてもいいような、開けっぱなしの家。
猫も人も来ほうだい(玄関でトイレもしほうだい)。
隆明さんの書斎の本も自由に見ていいし、
お茶や料理が出てくる。
「ステキ改築」はしないで、いまの雰囲気のまま。

猫屋台がどんな場所にしあがるのか、見当がつかない。
そう思いながら、私は
リノベーションの打ち合わせに参加しつづけるのでした。



(つづきます)
2014-10-02-THU