ほぼ日刊イトイ新聞

旅・人・20、写真・師・山。

~石川直樹をかたちづくるものたち~

石川直樹さんが旅をしはじめて、
20年の月日が過ぎました。
その間、氷の山にしがみついたり、
無人の荒野を往ったりしながら、
写真家は、それらと同じ気持ちで、
たくさんの人に会ってきました。
旅も人も写真も山も、みんな先生。
石川直樹さんの「学びの20年」、
振り返ってもらいました。
担当は、「ほぼ日」奥野です。

4 あこがれの誰かに会うこと、まだ見ぬ山を見ること、それでも移動し続けること。

──
あこがれの人に会いに行くことと、
見たことない風景を見に行くこと、
このふたつの間には、
何か、共通点があったりしますか。
石川
やはり「学ぶ」ということですかね。

自分の目で見て、耳で聞いて、
身体全体で感じるということの延長に、
どちらも、あるので。
──
なるほど。
石川
その人の文章だけ読んでいても
わからない部分はあるし、
その山の写真だけ眺めていても、
実際の風景の広がりは、
もちろん、わからないですよね。
──
石川さんは、
どっちからも学んできた‥‥と。
石川
ええ、相手が「人」の場合には、
知識や経験だけじゃなく、
人となり、身振りや所作まで含めて、
学びたいなあと思っています。
──
なるほど。
石川
そういうのって、
実際に会ってみないとわからないし、
同じように、北極でも南極でも、
インターネットで画像を検索したら、
山のように出てくるけど、
でもやっぱり、実際に行かなければ、
それが何であるかは、
本当には、わからないと思ってます。

「ARCHIPELAGO」(2009)

──
それが、何であるか。
石川
うん。
──
そうやって、そういう気持ちで、
石川さんは人にも山にも北極にも、
「会って」きたんですね。
石川
人に会いに行くときも、
何だか旅の延長みたいな気がする。
──
人に会う、人に会って話すって、
思う以上に、
自分に、影響を与えてますよね。

単純に、情報量だけで言っても、
本何冊分になる気がします。
石川
ですね。
──
星野道夫さんも、
アラスカの古老がひとり亡くなれば、
図書館がひとつ、
焼け落ちるのと同じことなんだって。
石川
本当にそうですよね。

あらゆる経験は、
すべてその人の血肉になってますし。
──
この20年、地球の上を、
いろいろと旅してきたと思うんです。
石川
はじめての一人旅は中学2年だから、
そこから数えたら、もっとですね。
──
もう何年も前になりますが、
ほぼ日刊イトイ新聞で
「世界見に行く。」って写真連載を
やっていただいてましたが、
第一回の写真はデナリ、
アラスカのマッキンリー山でした。
石川
ええ。
──
そういう意味で、石川さんにとって、
「山」というのは、
やはり特別な感じがするものですか。
石川
うーん、山登りというのは、
「旅」の究極のかたちのひとつだと、
自分では思っているんです。

脳みそと肉体はもちろんですけど、
生き物としての
すべての感覚を総動員しなければ、
ちっとも前に進まないから。
──
そこでは、
どんなことを学んだと思いますか。
石川
生きるって何かってことですよね。
長い遠征に出かけると
本当に、ヘトヘトになるんですよ。

もうこれ以上は動けない、
絶対だめだ‥‥みたいな状態には、
山以外では陥らないですね。
──
なるほど。
石川
自分の身体が、空っぽになる感覚。
ぜんぶ、使い果たしたような感覚。

そして、ひとつの山を登り終えて、
日常に帰ってくると、
新たに生き直している気がします。
──
生き直してる?
石川
そう、生き返るというより、
生き直している‥‥みたいな感じ。

山から帰ってくるごとに、
自分が蘇っている、みたいな感じ。
──
へぇ‥‥。
石川
そうやって、
また東京で日常を生きはじめると、
いろんなことに気づきます。

感覚が超フレッシュになる。
もう単純に、
「バナナ、めちゃくちゃうまい!」
みたいなね。
──
食べ物のおいしさを、あらためて。
石川
毎日毎日バナナを食べてたら、
おいしいとも何とも、
思わなくなるじゃないですか。

まあ‥‥おいしいだろうけど、
ふつうじゃないですか。
──
感動はしないでしょうね。
石川
そうそう。でも、そうやって
2ヶ月3ヶ月とか山にいたあとに
日常に復帰すると
「牛丼うまい! コーラ最高!」
みたいになっちゃう。
──
いちいち感動しちゃう(笑)。
石川
で、それは何も、
食べ物のことだけではなくって、
すべてが新鮮。

雪山から帰ってくるたびごとに
日常を生き直す、
生きるってことを学び直してる、
そういう感覚はあります。
──
でも、それが、だんだん‥‥。
石川
そう、しばらくすると、
当たり前になってきちゃう。
──
それでまた、旅へ出ていくんですね。
石川
そうですね。
で、今度は旅先で感動してるわけで。
──
2回目‥‥たとえば
世界でいちばん高いエベレストには
石川さん2回、登ってますが、
それでもやはり、
感動することに変わりはないですか。
石川
そうですね、2回目だっていっても、
エベレストは10年ぶり、
デナリは18年ぶり、
ユーコン川にいたっては
20年ぶりくらいになるので、
まったく新鮮ですよね。感動します。
──
人間って「移動すること」によって、
さまざまな価値を
生んできたと思うんです、これまで。
石川
ええ。
──
グレートジャーニーの時代には、
それこそ、移動することそのものに
生命をかける価値があったろうし、
近代化以降は、
人がいろいろ動き回った結果として、
経済がまわって、
こうやって、
人間自体が動かなくても済むような、
スマホも発明されました。
石川
うん。
──
そういう時代に、石川さんという人は、
ずっと移動し続けてきたし、
今でも、変わらず移動しまくっている。

これまで何マイルか、わからないけど。
石川
そうですね、やっぱり、
自分の身体全体で世界を知覚すること、
それが重要だと思ってるので。
──
どうしてですか。
石川
この世界のつくりだとか成り立ちを
深く「理解する」ことって、
やはり、実際に移動してその場に立ち、
身体全体で感じることでしか、
本当には、できないと思うんです。
──
そういう、肉体的な実感がある。
石川
そうですね、なにより。
自分は、そうやって学んできましたし。
──
実際に人に会って、実際に山に登って。
石川
これまで、そういう「旅」をしてきて、
その確信は、ますます強まってます。

「Mt. Fuji」(2008)

<つづきます>

2019-03-07-THU

あの、広くて天井の高い
東京オペラシティのギャラリーを
ぎっしり埋めた
石川さんの20年ぶんの写真を見て、
すごいことだと思いました。
石川さんという写真家が、
20年、この地球を移動した軌跡を
たどることができます。
ひとりの作家の大きな節目として、
見ておいたほうがいいと思います!
会期は、3月24日(日)まで。
また、このタイミングで、
石川さん、なんと、本を3冊も刊行。
展覧会と同名、見ごたえたっぷりで、
キギさんの装丁がかっこいい写真集
この星の光の地図を写す』、
ヒマラヤ遠征の8年間を記録した
The Himalayas』、
2013年から断続的に刊行してきた
シリーズの最新作『Ama Dablam』。
どれも20年を飾るに相応しい、
すばらしく、かっこいい写真集です。

展覧会について詳しくは、
こちらのオフォシャルサイトでご確認を。