現代美術作家の加賀美健さんは、ヘンなものを買う。「お金を出してわざわざそれ買う?」というものばかり、買う。ショッピングのたのしみとか、そういうのとは、たぶん、ちがう。このお買い物も、アートか!?あのお買い物を突き動かすものは、いったい何だ。月に一回、見せていただきましょう。お相手は「ほぼ日」奥野です。

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加賀美健(かがみ・けん)

1974年東京都生まれ。現代美術作家。国内外の美術展に多数参加。彫刻やパフォーマンスなど様々な表現方法で、社会現象や時事問題をユーモラスな発想で変換した作品を発表している。

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instagram: @kenkagami

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買ったもの_その26

「鮭の食品サンプルと水彩画」


買い物って、おもしろいなあと思うんです。え、何をいまさら言ってんだって? まあ聞いてくださいよ。まずね、これ。鮭の切り身の食品サンプルね。たぶん焼く前の状態じゃないかな。だいたいオムライスとか生姜焼き定食とかの完成形で売ってるのがふつうじゃないですか、食品サンプルって。ナポリタンなんかフォークが宙に浮いてて食う直前ですよ。その点、この鮭は「切り身」で、焼く前食品サンプルなのに、生。「特選干物セット」とかの見本の一部だったりするのかなあ。そのへんイマイチ謎なんだけど、切り身の質感はすごくいい。で、もっと謎なのが、こちらです。鮭の絵。ヤバくないですか? もうねえ、これを描くのは相当イカれてますよ。もちろん褒め言葉ですけどね。どうして鮭を描こうと思ったんだろう。さらにどうして、それが500円で売れると踏んだんだろう。最後にどうして、ぼくはそれを買ったんだろう。この一連の流れに「奇跡」さえ感じます。ちなみにこっちは焼いてあるっぽいんだよね。鮭の切り身の、ビフォーアフター。つくった人はそれぞれだけど、同じ鮭の一生を見ているようです。ああ、切られたあとは、焼かれたんだなみたいな。あと、みんなが「鮭の切り身」をモチーフとして捉えているのも、何だかいい。いわば彫刻と絵画じゃないですか、このふたつって。西洋美術の王道で表現してるんです。焼き鮭という、日本の朝の食卓の風景を。サンマとかなら、わかるんですよ。「秋だし薄墨で描いてみました、サンマを」とか、アートっぽいし。美食家の文化人がいかにもやりそうだけど、何せこっちは「焼き鮭」ですから。高橋由一《鮭》って有名だけど、あっちは荒縄で吊るした見事な一本鮭でしょ。大切な人への贈り物ですよ、年末年始の。文化とか風情を感じますよね。その点こっちは「切り身」です。定食の一部だからね(笑)。食品サンプルをつくったのは、専門会社の職人さんだと思うんです。水彩画を描いたのは、日曜画家の方かなあ。とにかく、別々の世界に住む何の関係もない人どうしのつくった「鮭」が、こうして、うちのリビングで出逢っちゃった。そこにぼくは買い物のダイナミクスを感じます。つくって、描いて、買って、出逢った。6ー4ー3のダブルプレーみたいな、知らない誰かとの見事なチームワーク。つくっただけ、描いただけ、買っただけなら、それだけのこと。でも、つくって、描いて、買って出逢えば、何かがうまれる。ああ、買い物ってつくづくおもしろい。

リンゴといえばセザンヌですし、お花といえばファンタン=ラトゥール。空き瓶ならモランディ。と、人によって得意のモチーフってあるんでしょうね。でも「焼き鮭」を極めた人っているのかなあ。調べてみたら北斎が鮭の切り身を描いてました。さすがに上手でした。でも、この方の焼き鮭の圧倒的な「おかず感」は好き。

加賀美さんの「カッコいい」

坐ることを躊躇する椅子stool

地味なスツールの座面に大量の安全ピンをつけてみました。一気にカッコよくなったけど、ちょっと勇気が必要ですね。岡本太郎のように「坐ることを拒否」まではしないまでも、躊躇させる椅子。安全ピンも、いつかおしりに刺さって「安全じゃないピン」になってしまいそう。

2024-04-16-TUE

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