「気仙沼漁師カレンダー2021」撮影のために、
1年で4度気仙沼を訪れた写真家の幡野広志さん。
ただ、笑顔でコミュケーションがとれたり、
歩いているだけでいろんなものをくれたり、
「距離の近さは外国のようだった」と
幡野さんは振り返ります。
「気仙沼って、どうしてこんな不思議な町なんですか?」
カレンダーの企画と発行にたずさわっている「気仙沼つばき会」の
斉藤和枝さん(斉吉商店)、小野寺紀子さん(アンカーコーヒー)に
そんな疑問を投げかけました。
「気仙沼漁師カレンダー2021」の写真を展示した
『幡野広志、気仙沼の漁師を撮る。』にておこなわれた、
トークライブ中継の様子をお届けします。

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第一回 いつか、教材になるかもしれない。

みなさん、こんにちは。
今日は幡野さんと気仙沼のおふたりを中継で繋いで、
気仙沼のことをたっぷり話したいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
幡野
よろしくお願いします。
和枝・紀子
よろしくお願いします!
和枝
おひさしぶりですね。
幡野
おひさしぶりです。
実は直接会ってしゃべることって、
そんなになかったですよね。

紀子
撮影の合間に「アンカーコーヒー」で
休憩してもらったり、
夕飯を一度ご一緒しましたね。
幡野
本当にお世話になりました。
和枝
こちらこそ、
すばらしいカレンダーにしていただいて、
ありがとうございます。
幡野
そう言ってもらえてうれしいです。
足を引っ張らなくてよかった。
紀子
写真もすてきだけど、
文章もたっぷり書いてありますよね。
なんだかとってもすてきで。

▽今年の漁師カレンダーは、幡野さんの
撮り下ろし写真に加えてよみものもたっぷり。 ▽今年の漁師カレンダーは、幡野さんの 撮り下ろし写真に加えてよみものもたっぷり。

和枝
つばき会のみんなで
はじめてカレンダーを見たときに、
ページをめくるたびに
「ダー!」って大歓声だったです。
幡野
よかった。
撮ってる身としては、
どういう風に受けとられるかわからないから
はじめて見てもらう瞬間って、
口から胃が出そうになるほど
緊張するんです。
だから、よかったーと思いました。
紀子
すんごく、よかったです。
和枝
また、文章がすっごくいいから、
読み合わせをしたんですよ。みんなで。
幡野
読み合わせしたんですか?
紀子
そう、朗読会。
一人一ページずつ、カレンダーを回して。
幡野
その場にいなくてよかった。
生き地獄ですよね、それ(笑)。
和枝、紀子
(笑)

今思い出したんですが、
つばき会のみなさんが漁師カレンダーを
つくろうと決めた時の動機って、
「とにかく漁師さんがカッコいい」だったと思うんですよ。
たしか、沖縄でカッコいい消防士さんを撮りおろした
カレンダーがあったんですよね。
和枝
あった、ありました。
それがヒントになってね。
漁師カレンダーがこんな風になっていくことを、
予想されていましたか?
和枝
いえ、まったぐ。
紀子
イメージしてたのは、
鍛えられた筋肉がグンっとアップで撮られたり、
上腕二頭筋がドンっと大きく写ったりするのに、
みんなが「わー!」となってくれるんじゃないのっていう。
そんなノリだったんです。
和枝
もっと男っぽいやつをね、
想像してました。
紀子
だから、こんなにいろんな漁師さんを撮ってもらえて
私たちも発見があります。
和枝
地元の評判もいいんですよ。
うちの84歳の母も
漁師さんのことをよく知っているけれど、
この文章を熟読して「すばらしい」って言ってました。
幡野
そうですか、それはよかった。
すごくホッとしました。
撮影はいかがでしたか?
例年、漁師カレンダーの撮影は大変だと聞きますが。
幡野
たしかに、大変なこともありました。
僕は4回行かせてもらって
1回行くと4泊5日するんですけど、
まず、朝がものすごく早い。
前日夜の23時くらいまで食事をして、
翌日の集合時間を聞いたら「1時半です」って。
PM1時半だと思ったら、
AM1時半だと言われて。
それ明日じゃない、この後だよと思いました。
この後ですね。
幡野
撮影業界は朝が早いので、朝は強い方ですけど
さすがにこんなに早い時間はない。
すっごく遠くまで船で行って
一匹目が釣れた瞬間は感動するんですけど、
ひたすら同じ魚ばかりなんですね。
それはそれでおもしろいんですけど、
1時間くらいするともういいかなって(笑)。
和枝・紀子
あははは(笑)。
幡野
撮影も朝の方が光の状態がいいので、
昼過ぎたらカメラを置いて見学していました。
「何箱獲ったら利益になるんですか」とか聞いたり。
そういう話がエッセイに生かされるんですね。
幡野
そうでしたね。
今回は書きたいことがいっぱいあって、
文字数を削るのが難しかったです。
でも文章は、怒られるかと思ったんですよ。
和枝
寒いとか、帰りたいとか。
でも、すっごく正直に書かれてたじゃないですか。
1月に、なんちゃって釣りのおんちゃんが出てくるでしょ。
幡野
はいはい、
1月でいきなりやらせのことを書いてしまって。
和枝
そこでも「やらせだ」ってことが正直に書いてあるから、
いやに思わなかったですね。
幡野
僕もやらせはどうかなって思ったけど、
人柄がにじみ出てたんですよね。
思ったのは、東京にいる人たちはテレビとかで
気仙沼の漁師さんのことを見る機会があったはずです。
だから、カッコいいところや優秀さを知っていても、
人柄的な部分はテレビに映りにくいから
あまり知らないんじゃないかと思ったんですよね。
それは、僕自身も。
行ってみて思ったのは、
気仙沼の漁師さんってちょっと特殊なんですよ。
フレンドリーというか、あたたかいというか、
ほかとは明らかに違うなと思いました。

和枝・紀子
ああー。
幡野
東京から来た、
何をしているのかわからない僕に
「困っているなら手伝ってやろう」
みたいな感じでした。
もっと、邪魔に思われると想像してたのに。
そういうことはなかったですか?
幡野
一切なかったですね。
現場でお話を聞くときも、
向こうから来てくれました。
僕が声をかけることは、あんまりなかったです。
なんて声をかけられるんですか?
幡野
わかんなかったです。
言葉が全然わからなくて。
でも、ただただ笑顔。
他の漁港がどうかはわからないのですが、
気仙沼の漁師さんは笑顔で近づいて来て
「◯△だなあ〜」と話しかけてきて。
最終的に「魚持ってくか?」って言われるんです。
和枝・紀子
わかるわかる。
幡野
一度、撮影中にカツオをもらったことがありました。
今じゃなきゃダメ?って思いながら、カツオとカメラ抱えて(笑)。
「マンボウもいるか?」って聞かれたけど、
それはさすがに断りました。
和枝
東京から腕の立ったカメラマンさんがわざわざ来てくれて、
自分たちを撮ってくれるのがうれしいんでしょうね。
なんなら、俺を撮ってアピールかもしれない。
紀子
年々、漁師さんたちもカメラマンさんに対して、
反応がよくなっています。
和枝
はじめのころは、
カレンダーについて説明するだけで一苦労。
でも今は、大体の人が知ってくれているから説明もいらないし、
むしろ、撮影をよろこんでくれていますよ。
「魚より俺を撮ってけろー」って。
幡野
それもそれで、ちょっとね(笑)。
でも、これまでの漁師カレンダーが
積み重ねてきた信頼ですね。
紀子
はじめのころは、
お願いしても「俺っさ、今忙しいんだぞ」とか言われながら、
渋々了解してもらう感じで。怒られることもありました。
でも、それが2〜3年経ったら写りたい人たちが増えました。
お願いしなくても「こうか」ってポーズを決めてくれて。
幡野
ああ、漁師カレンダーに写ることが、
アイデンティティになったんですね。
それってすごくいいことですよね。
だから僕は撮影については楽勝だったんですけど、
プレッシャーはすごかったです。
そうだったんですか。
幡野
この写真家さんたちの並びで、
プレッシャーを感じない人はいないと思います。
和枝
これまでもすごい人たちですもんね。
幡野
たぶん、気仙沼漁師カレンダーって、
何年か後には写真を勉強する人たちの
教材になると思うんですよ。
美大の写真学科とか、専門学校とか。

和枝・紀子
ええー!
幡野
なると思います。
そもそも成り立ちがおもしろいですし、
写真界隈の素晴らしい人たちが撮っているし、
毎年舞台は同じなのにまったく異なる作品が生まれていて。
それぞれの方のプレッシャーが、
写真にすこしだけ写っているんです。
それをみるのがおもしろい。
なるほど。
舞台も被写体も同じですもんね。
幡野
そうですね。
自分はどう表現するのかが試される感じというか。
だから、僕は撮影日数を増やしたんです。
ほかの方は、1〜2回がほとんどですね。
幡野
僕はほかの人に太刀打ちできないと思ったから、
単純に回数を増やしたんですよ。
そうすることで撮れる写真の枚数が増える。
使う枚数は変わらないんだけど、
3000枚からの30枚と、1000枚からの30枚じゃ
質は変わってくると思うので、
そこで勝負しようと思いました。
ほかの方の写真を読み解いていくと、
撮影技術を高めたり、機材を変えたり、
ほんのすこし他の写真家への対抗心が写っているんですよ。
ほおー、対抗心ですか。
幡野
そんな露骨にはわかりません。
でも、ちょっとしたことに、そういう気持ちを感じられる。
だから、これから写真を学ぶ人にとっては、
すごく勉強になる作品だと思います。

(つづきます。)

2020-10-02-FRI

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  • 気仙沼漁師カレンダー2021

    写真と文=幡野広志
    (企画・発行/気仙沼つばき会)


    気仙沼の漁師のみなさんをモデルに、

    毎年、名だたる写真家が気仙沼に滞在して撮影する
    気仙沼漁師カレンダー」。
    2021年版は幡野広志さんが撮りおろしています。

    10月2日(金)から、斉吉商店さんや
    アンカーコーヒーさんなど、
    宮城県気仙沼市の各店にて販売がはじまります。
    (ほぼ日のお店では、TOBICHI東京TOBICHI京都
    渋谷パルコ内「ほぼ日カルチャん」で販売いたします)

    詳しくは「気仙沼漁師カレンダー」の
    ウェブサイトへどうぞ。