ゴジラ出没マップを
描いた男。

アメリカで作った「GODZILLA」を、
ぼくは、封切りされたらあらためてもう一度観るつもりだ。
ちょっと「知的みたい」な人は、
こういう映画を馬鹿にするけれど、
ぼくはこういう映画をつくれるところが、
あの国のいまのすごさなんだと思っている。
CGの技術がどうだとか、
カネのかけ方が桁違いだとか、
負け惜しみならいくらでも言えるだろうけれど、
技術と大金があれば日本でも
「こういう遊び方」ができるのか?といえば、
それは絶対に無理だろうと思うのだ。
好き嫌いはあるのだろうが、
それは「ディズニーランド」と
「ピューロランド」みたいな差なんだと思う。
大のおとなが、「大遊び」するってことが、
けっこう簡単じゃないということを、
「知的みたい」な人たちも、もっとわかったほうがいい。
遊びには、ルールとマナーが必要なんだ。
アメリカの(ぼくはグローバル・ゴジラと言いたい)
GODZILLAは、
映画のなかで、[He]彼と呼ばれている。
たった一度だけ、日本の漁船の老人が、
聞き取りにくいうわごとのように
「ゴジラ」とつぶやくだけだ。
そりゃそうだ、だって、
急に現れたモンスターに名前があって、
みんながその名前でそいつを
呼ぶなんてことがあるわけないもんね。
そういうルールがちゃんと遊び仲間のなかで
「検討」された跡が、
この大遊び映画のなかにあるわけだ。
おとなが、ちゃんと遊ぼうと思ったら、
こういうことをしっかりやるべきでしょう。
その、プレイのセンスを、
よく表した「とるにたらないもの」を、
ぼくは試写会の会場で見つけた。
それが、ここで紹介する手描きの地図だった。
これを描いた馬鹿
(ナイスと読め)な人に取材しよう。
巨人軍の、じゃないエース・斉藤が、
東宝本社に駆けつけた。

"Size does matter. " なんだそうである。
そうだよな、なににつけてもサイズはだいじだ、
と思っていたら
「でもほんとは意外と大きさなんかも
統一されてなかったりしてね」と
笑いながら教えてくれたのが、
『ナイスガイに聞け』第1回目に登場して
くれた東宝映像本部宣伝部
パブリシティ室宣伝プロデューサーの
引間徳幸(ひきまとくゆき)さん、34歳である。

まずはこの「GODZILLA出没MAP」を見てほしい。
MAP

ニューヨークのイーストリバーと
ハドソンリバーに挟まれた小さな島、
マンハッタンを縦横無尽に疾走し、ときには高層ビルの
どまんなかにずっぽりと大穴をあけ、
ときには津波のような波しぶきをたてて川を泳ぎ、
なにやらファイト一発「ジャ〜〜ンプッ!!」
もしちゃうらしいゴジラの姿が、
目に見えるようではないか。
我々は、5月28日に行われた
『GODZILLA』特別試写会にてこの
「GODZILLAMAP」を入手、
さっそく東宝の宣伝企画室長矢部勝氏に
制作者へのインタビューをさせてほしいと申し込んだ。
「地図を描いたヤツですか?あぁ、
ヒキマチャンね(笑)。」
そうか、そのひとの名は「ヒキマチャン」。
「チャン」っていうのは「アグネスチャン」の
「チャン」とは違うということくらいなら、私にも分かる。
つまりは「ヒキマ」さん、なのであろう。
「面白いにんげんですよ、うふふふ」うふふふ?
その含み笑いを聞いたとき、
私は決意した。会わずにはいられない。
ヒキマさんに会いに行こう。

「いや、この地図がいいので会いにきた、
って言われてもねぇ。」
ヒキマチャンならぬ引間さんはそうとう困っている。
「こんなことになるとはねぇ。」
「今みると、稚拙ですよねぇ。」
何を話せばいいのかなと、とまどいながらも、
引間さんは控え目な口調で話し始めてくれた。
「もともとは、今回のワールド
プレミア試写の出張で泊まっていた
ニューヨークのホテルにあった、
マンハッタンの観光地図なんです。
ホテルの部屋でひまだったときにこの地図を眺めていて。
もともと僕は地図を見るのが好きなんですよ。
で、この地図にはマンハッタンの
いろんな観光名所が立体的に表示されているし、
建物や道路の名前が細かく載っていてわかりやすいなあ、
なにかに使えないかなあと思っていたんです。
そのうちちょっと自分でも手を加えたくなってきて。」
おぉ、その発想がすでに「ナイス」ではありませんか。
「それで、まずそのへんにあったポストイットを持ってきて、
真ん中から半分に切りまして、
ちょうどいいサイズにして貼ってみたんです。」

「そしてそれぞれの建物や駅の名前を
ポストイットに書き込んでみて、
そしたらもっとあれこれしたくなって、そこで、
持っていた宣伝材料用の写真を 貼ったんです。」

「でも、写真は使えるシーンが限られていて、
それだけだとつまんないから ストーリーとは
直接関係ない人物写真を周りに貼ってみて。」

「そうしてみると地図の上での実際の場所から
写真が離れちゃうから、それを線で結んで。」

この時点ですでに地図は「とりかえしのつかない状態」
になっていたんです けどね、
と言いながら、引間さんご自身も笑っている。

「で、持っていたゴジラのシールを貼りまして。」
ゴジラのシールを日本からわざわざ
持参しているところもとてもナイスである。
はじめからこういうものを作ろうなどと
思っているわけではないのにね。

「なんか、不安なんですね。
自分の基地を離れる時にはつい、
身の回りのものをあれこれと
持っていってしまうタイプなんです。」
だからといって、ゴジラのイラストのシール、である。
さすが宣伝のプロの方だ、
見込んだとおりのナイスガイだ。

「で、イトイさんがウケてくださったという
『ジャンプ!!』も書き込んだりして、
こんなもんかな〜、という感じです。」
制作時間は、延べ1時間ほど。
彼はその作業を「ひまつぶしです」と笑う。
「試写用に日本からプレスを5〜60人連れていってますし、
日本との連絡も時差があるので、
プレス対応の部屋に詰めている時間が長くて、
ひまはたっぷりあるんです。
そういうときに、ちょちょっと、ね。」
「そうやってニューヨークの
試写のときに配った残りが何枚か、
日本に帰る荷物のなかに入っていたんですね。
たまたまですけれども(笑)。
こちらに戻ってからこの地図を見てて、ま、なんかのときに
また使えるかなくらいに思っていたので、
先日のイマジカでの試写用の資料を
つくるときにシナリオをホッチキスで止めていて、
いちおこの地図も入れとこうと。」
残念ながら原本はニューヨークの
プレスルームのゴミ箱に捨ててしまったと言う。
なんともったいないことを。
かけがえのない「原本」なのに。
「いや、だから、
こんなふうに誰かの目に留まるなんてこと、
考えてもいませんでしたから。」

自分の楽しみとしてつくったので、
と照れる引間さんなのである。
しかし、この地図には、
「彼」への愛が感じられる、と私は思う。
「そうですかね。
ホテルでこの地図を眺めていたときに、
この林立する高層ビルが、
彼にはジャングルのように思えたんだな、
と思いました。
それとアメリカ人たちの試写会での反応が、
すごく熱かったんですね。
まさにニューヨークのシンボルが次々に
(自由の女神とエムパイヤステートビルは違いますけど)
気持ちいいくらいめちゃめちゃに壊れていくのが、
彼らにも爽快だったんでしょう。
マジソンスクウェアガーデンでの
試写会もその場面では拍手と大歓声でした。
そういうことなんかを考えているうちにこんな
MAPをつくってしまいました。」
そう語る引間さんの眼鏡のおくの眼差しは、
いつのまにかとても優しい。

「でもですね、何度か見てると
けっこういい加減に作ってるところも
多くて逆におもしろいですね。
例えばこの「メト・ライフビル」は、
ビルの高さが120mくらいある建物なんですけど、
けっこうギリギリまで穴があいてるでしょう。
ゴジラの全長は70mとなっているけど、
これはどう見ても100m近い(笑)。
かと思うと地下鉄のトンネルをつたって逃げるときは
もっと身体が小さくないとおかしいし、
ま、そのへんは深く考えずにとにかく
楽しんでみてもらえたらいいなと思いますね。」

「エムパイヤステートビルを壊さなかったのは、
もうすでにキングコングが登ったからだ、って言ってました。
自由の女神は、ゴジラは海からやってくるので、
上陸したときに彼の目に留まらなかったんでしょうね(笑)。」

「『GODZILLA』を、「こんなのゴジラじゃない」とか
「怪獣らしくない」っていう声もあるけれど、
僕個人は別に怪獣じゃなくったって構わない、
と思っています。怪獣じゃないから、火焔を噴かないから、
これがゴジラだとかゴジラじゃないとかは、
この映画にはあまり重要なことではないんじゃないでしょうか。
それよりも、ハリウッドの第一級の制作陣がつくった
第一級の娯楽映画として、
楽しんでくれたらそれでいい、と。
だから僕としては、この夏イチ押しの娯楽映画、
エンターテイメントですよ、と言いたいです。
観たあとであれこれと思うのは個人の自由なんだし。」
途中から同席した矢部室長も傍らでうなずく。
「見ないうちからバッシングされるのはつらいですね。
まず、見てほしいです。
『日本国民はどう観るか?』なんだから、ね。」

最後に、引間さんご自身の好きな映画を伺った。
「僕は、実はあまり映画には詳しくないもんで(笑)。
外国の俳優の名前もよく知らないし。」
「東宝の宣伝部に来て、ことしで6年目です。
今まで手掛けたなかでいちばんオススメというか、
個人的にいちばん好きな映画は
去年やった『ラヂオの時間』です。
あとはロードムービーが好きですね。
『パリテキサス』とか『プリシラ』なんか。
なんかこう、どんどん次から次に流れていく感じが、
見てていいんですよね。」
矢部さんにも伺った。
「僕もねぇ、映画はあまり見ませんね。
『ドクトルジバゴ』とかね(笑)。
古い映画が好きです。
あ、でも『タイタニック』はいいですよ。
これはオススメします。
よく出来てる。受ける理由もよくわかるし。」

この夏、『GODZILLA』は、どうなんだろう?
私ですら「あんなのゴジラじゃないじゃない」
って言われると
ちょっとムキになってしまうのだ。
ましてや東宝の宣伝部のひとたちは、
どういうふうにこの映画を「宣伝」するのか。
熱く語り倒して相手を論破する、
なんてことはしないのか?
「いや、いいんです。彼は「生き物」として、
あの映画のなかにいます。ビルや道路を壊すけど、
彼が悪いわけじゃない。
つくったひとたちも、
そう思いながらつくったはずなんです。
そういう想いが見るひとたちに
伝わってくれたらいいな、と思ってます。」
うむ、余裕である。冷静である。
クールななかに秘めた情熱。ナイスである。
では写真を撮らせてください。
「いやぁ、僕の写真とって、どうするんですか?」
写真もたいせつ。
こんなに楽しいMAPをつくったひとは、
このひとですよ。

ひきまさん
ゴジラ出没マップを作った
東宝映像本部宣伝部パブリシティ室
宣伝プロデューサーの
引間徳幸(ひきまとくゆき)氏。→

ひきまさん&やべさん
←引間氏(右)と、
東宝の宣伝企画室長矢部勝氏
(引間氏の上司)。

1998-07-04-SAT

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