YOSHIMOTO
吉本隆明・まかないめし
二膳目。

こんどは日本近代文学の話が中心です。
このページ、新装開店しました。
「ほぼ日」がスタートしてすぐの連載が
16回続きましたが、間隔があきすぎて、
エンディングだけ残したまま中断になっていました。

その後、単行本『悪人正機』のインタビューもあったし、
その後も何度もお会いしているうちに、
最後の一回分のあいさつだけを掲載するのも
半端でおかしなことになってしまいました。
しかし、吉本さんの話を読みたい人は多いし。
そこで、あらためて新しいお話を伺うことにしました。
毎日新聞社からの『日本近代文学の名作』出版にあわせて、
毎日新聞紙上での対談があったのですが、
そのときの全時間分の速記録を、少しだけ編集して、
「ほぼ日」に掲載することになりました。

今回は、テーマが日本の「近代文学」です。
おなじみの寄り道もいっぱいありますが、
きっと文学なんか関係ない人にもおもしろいと思います。



吉本隆明さんの試行社からのお知らせ。
「たずね人」は、いちおう終了したんですが、
新しい読者も増えたので、もっと発見できる可能性が
でてきたので、また、ここに掲載します。
初めての方、よろしくお願いしますね。

第1回 こりゃ、あぶねえんじゃねえか。

第2回 「商売」と「おもしろさ」は矛盾するか。

第3回 若い人の質は、あがってきてるんじゃねえか。

第4回 その緻密さは、無駄なんじゃねえか。

第5回 曲芸ができたって、問題にならねえんだ。

第6回
 十年間、毎日、ずうっとやってて、
 それでモノにならなかったらクビやるよ。

第7回 イチローの練習量は、たくさんじゃねえか。

第8回 なぜ俺はモテねえのか。

第9回 よせばいいのに、評論家に寄っちゃう。

第10回 自己評価より下のことは、何だってしてもいい。

第11回 二度と行きたくねぇところ。

第12回 逸らさないってのは、すげえもんです。

第13回 何だったら、俺に、金、かさねえか?

<第14回 転向じゃねえんだ、転入なんだ。>

吉本 ことわりきれないことってありますねぇ。
・・・漱石の『道草』ってのを読むと、
こどもの時に養子にやられて、
養父だった人がいましたが、
そいつが、漱石の家のあたり、
根津権現の裏のあたりの坂で待っている。

漱石は、その養父だったおじさんに、
毎月お金を払っていたんですよ。
「お前は大学の先生になって偉くなった。
 俺はお前を昔に養ってやったんだから」
みたいなことを言って、お金を無心するんです。

漱石は、一生、
その人につきまとわられているんです。
そういうのは、いちばん困るというか、
参るものだったでしょうねぇ。

「確かに子どもの時には養ってもらった」
という気持ちが残っているところに、
「おもちゃが欲しいと言ったら買ってやった」
みたいなことを言われたら、
自分のほうでも、
お金を無心する義務が
あるような気がしてしまうんですね。

そのあたりのことが、
フィクションではありますが、
『道草』には、書かれています。

最後のほうで、
「世の中に、片付くことなんて、何もない」
というセリフがありまして、
ぼくはそれを、すごくよく覚えています。
糸井 うわあ・・・重いですねえ、そりゃあ。
吉本 漱石の奥さんは、
「あんなの追っ払っちゃいなさい」
と言うけれども、ところが、
漱石のほうには、
「確かに、育ててもらった」
という気持ちがあるから、
「これ以上、つきまとわないでください」
とは、言えないんですね。
嫌な思いをして、悩まされていたというのは、
『道草』を読むとよくわかります。
漱石は、その人にお金を払いつづけた。
糸井 そういうものの解決方法は
ひとつしかなくて、「正解」は、
第3者を、入れることなんでしょうね。
吉本 そうなんだろうなぁ。
糸井 漱石の育ての親の言っている「恩」が、
どれだけ、何でもないことかを、
間に立っている人が、
説明をして、貿易商人をやってくれれば、
理論的な決着に、なりますよね。
吉本 そうなんですよ。
『道草』を読むと、こどもだった時、
自分は養父にどういう約束をしたのかを、
お姉さんに聞きに行ったりも、
しているんですよね・・・。
聞きにいっても、
気持ちの整理がつかない。

それは、とてもよくわかるように、
描かれていますね。
糸井 離婚しようとしている人の抱えているのは、
ぜんぶ、そのたぐいの悩みですよね。
「最初は、お前が口説いたじゃないか」
っていう・・・。
吉本 漱石は、そういうことでは、
とても苦労した人だと思います。
自分のほうで、
「確かにお世話になった」
という気持ちがあると、
相手に、どういう風に言ったらいいのか。
糸井 転向の話も、
ぜんぶ、そういう難しさですよね。
吉本 そうです、そうです。

親鸞は、2回転向していて、
最後には「念仏だけだ」というところまで
行ってしまいましたよね。

首の皮一枚だけでわずかにお坊さんなので、
あいつは転向した転向したと言われる
ところなのですが、親鸞は、転向と言わずに、
「転入」と言っていますね。
糸井 「入」なんだ。
吉本 「三願転入」って言って、
三度目の正直だと。

「念仏だけ唱えれば、
 あとは何やったっていいんだ。 
 いいことなんてしたら、妨げになる」
親鸞は、
そんなところまで、行きましたからね。
「浄土系の宗教はもう俺でおしまいにする」
というぐらいの感じでやっています。

だから、変化をしたのですけれども、
「転入」って、うまい言葉だなあと思います。
糸井 うまい。
苦しい中から出てきたって感じがしますよ。
コンセプトって、
苦しみの中から出てくる気がしますね。
吉本 いい言葉だなあ、とぼくは感心しました。
自分も「転向した」と言われるけど、
今度は、「これは転入なんだ」と言おうと。
糸井 そうだ。俺もそうします(笑)。
吉本 親鸞のやっていることは、
ほんとうのことを言うと、転向ですよ。
坊主らしいことはみんなやめちゃって、
肉は食うし、奥さんはもらうし、
お坊さんのしてはいけないあらゆることを
ぜんぶ、やったひとですから。
糸井 ものすごいことを、してますよね。
吉本 したんですよ。

何にもするな、何も残すな、
寺も作るな、仏像なんて拝むな・・・
ぜんぶ、「なし」にしちゃいましたね。
それで、2回の転入で
3番目にやっと、たどり着いたのは、そこで。
糸井 きつかったでしょうね。
吉本 きつかったですよ。
今ごろになって、どこの宗派の坊さんも
妻帯はするし、肉も魚も食うわけです。
それを、7〜800年前にやっちゃってる。
すごい圧力を受けたと思いますね。

「転入」は、いい言葉で、確かに、
気分から言えば親鸞も
自分でも実際にそう思っただろうし、
ぼくらなんかでも、
「お前、変わったな」と言われても、
「転入なんだ」と言いたい気持ちはありますから。
糸井 さっきの漱石だって、おじさんから見たら、
「変わった」ということになりますよね。
吉本 そうですね。

親鸞は、すごいことをしたと思います。
だいたい、名前からして、
釈迦の次の次くらいに偉い、
天親という人の「親」と、
中国の浄土教の開組の曇鸞の「鸞」を
一字ずつとって名前にしちゃっているんですから。

ものすごく謙虚な人ではあったのですが、
名前を見るだけでも、
ほんとうは、ものすごく自信があったんでしょうね。
俺は浄土門の仏教は終わらしてしまう、
という自負があったと思います。
糸井 迫力が、ありますねぇ・・・。
吉本 すごいですよ。
当時で言えば、西欧をのぞいた、
インドと中国と日本が全世界なわけです。

そのインドと中国を代表する2人の人を、
自分の名前にしちゃっているわけですから。

これは、ひそかに自信があったとしか、
思えないですよ。
いい度胸だと思いますし、
すげえことを実際したと思いますし、
言葉もすごいし・・・。

「転向」だと、向きが変わったんだ、
というように思われるところを、
「入」ですから。
糸井 「転向」って、相手側からの言葉ですからね。
吉本 「自分と関係ないところにあいつは行った」
という言葉じゃないから、いい言葉ではないですね。
糸井 おもしろいなあ、吉本さん。
今日はどうもありがとうございました。

(おわり)

吉本隆明さんへの激励や感想などは、
メールの表題に「吉本隆明さんへ」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2001-09-19-WED

HOME
ホーム