2018-07-16

・いろんな詐欺まがいの商売をしている人たちの、けっこう大事な説得ポイントは、「ご主人(奥さま)に相談してはいけません」ではないだろうか。おそらく、その理由ももっともらしく語られるだろう。「こういう画期的なことを、他人は理解できません」や、「身近な人は、わけもわからず反対にまわるんです」と。そのことばに惑わされて、ついひとりで決めてしまう。

おそらく、単に被害者になるときばかりでなく、じぶんが加害者的に犯罪に巻き込まれたり、悪いことに手を染めたりする人たちについても、他人に相談しなかったということが言えるのではないか。あとになって、「なんであんなことをしたのだろう!」と激しく後悔するようなことでも、だれかに相談していたらぎりぎりのところでとどまれたのではないかと思うのだ。

とても小さいことの例をあげれば、趣味的な大きな買い物なども、けっこう似ている。相談なんかしたら反対されるに決まってる「高いもの」については、だまって決めてだまって買うだろう。相談というのは、基本的には、「安全」で「常識的」なほうに結論を導くのだ。

インターネット上でいやがらせのようなことをする人も、「こういうことを書くつもりなのだけれど、どうかな」と、だれかに相談していたらやめていたかもしれない。なんでもひとりで決めやすいのがインターネットだから、本来のじぶん以上の乱暴者にもなれるのだろうと思う。

では、逆に、「すばらしい冒険」をするときには、相談で得られる「安全で常識的な結論」はじゃまにならないのだろうか?なるかもしれない、なることが多いとは思われる。だがしかし、それがほんとうに「すばらしい冒険」なら相談された者が「おれはおまえの味方になる」よ、と、最初の支持者になってくれる可能性だって高い。相談したら、多くの人々が反対しそうなことにしても、相談によって「冒険の仲間」が発見できるとしたら、やっぱり相談はとてもいいことなのだと思える。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。最初から最後までひとりというのは、いいことじゃないね。

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