糸井重里のコラム
2026-03-21
完成を急がない。

・いま、じぶんたちに言い聞かせているのは、「完成を急がない」ということです。「ほぼ日」でも、なにかとそう言うようにしています。それは、「完成をあきらめる」ということではありません。

「完成のイメージは変わり続ける」はずなので、ある時点での「完成」に急いで到達しようとすると、周到な準備だとか、網羅的な想定とかしたくなって、最初の一手が出せなくなったり、難問題や悩みやホラばかりが積もり積もってしまうのです。

じぶんのなかにも「完成を急ぐ」気持ちはありますよ。ありましたし、いまだってあるんですよ。そういうじぶんに注意してやるための文章を、ぼくは何度も書いてきたんだと思います。

あるときは「低いところで会いましょう」と言いました。コミュニケーションというやつは、低いところ、互いに譲り合えるような地点で会うところから、と。「志の高い者どうしが、いま手を組みました」なんて、絵に描いた餅になっちゃうことが多いですから。

「夢に手足を」ということばだって、ずいぶんと「完成を急がない」姿勢じゃありませんか。夢に手足がつけられても、ちょっと歩けるだけ、軽い荷物くらいなら運べるという程度かもしれない。そこから、どういういいものが完成するかわからない。

若い人がなにかやろうというとき、まず最初にやることが、スポンサー(お金)集めだと聞いたことがあって、たしかに、そういう場合は「完成図」を見せることが必要になるし、完成を急がされますよね。若い人ばかりじゃないか、社会全体がそうなっています。

急がずにたのしんで続けていると、状況(環境)のほうも、じぶんたちも変わっていて、「新しい完成」への道が見えてくるものなんですよね。だって、人の成長そのものが、そうなっているんですよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。忙しく急いでやることって、たのしさを減らしてますよね。

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