2017-03-25

・今年になってから、ぼくは、「ほぼ日」のことを大人の男の人たちに説明する機会がたくさんあって、どう言ったらいいのか、ずいぶん考えてきました。だまっていると、「手帳を中心に販売する小売業」というふうにまとめられます。これはこれで、まちがっているわけではないと思います。

「ほぼ日手帳」は、ほんとうにすばらしいのだけれど、その手帳をつくり売るためにチームがあると考えるのは、「そういうことなんだっけなぁ?」となってしまいます。ただ、懸命に「あれもできますこれもできます」とか言っても、なんかこどもが夢を語ってるみたいです。

大げさに語るのではなく、ただの事実なんだけど、「なるほどそういうことなんだな」と、理解してもらえるような切り口はないものか?で、さんざん考えて考えて、こう決めました。ぼく個人も、「ほぼ日」も、ずっとやってきたのは、「場」をつくることだったんです。遊び場ととらえてくれてもいいし、交流の場でもいい。とにかく、人やものごとの集まる「場」をつくって、その「場」が、すくすく育つようにはたらいていくこと。これがぼくらの仕事だし、そして得意なことである、と。「ほぼ日刊イトイ新聞」というものにしても、メディアとかプラットフォームというより、「場」です。

そういうことを、たくさんの大人に説明してきましたが、なんとなく「ああ、そうなんですね」という感じで、わりと「よくある話」みたいに聞き流されていました。わかってもらえないものだなぁと思って、ちょっと残念でしたが、しょうがないかと思ってました。

でもね、「生活のたのしみ展」がはじまって、これは、見たらわかる「場の生まれるとき」だと思いました。ドラッカーさんが、企業の目的について「市場を創造すること」だと言いましたが、「生活のたのしみ展」も、いま創造された市場です。市場(「いちば」のほうが似あうかな)とは、活気の交差する場、たのしみの混ざり合う場です。今日も、この「場」は、11時に、元気にスタートします。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。「最高役に立たぬ選手」としてのぼくも、どこかにいます。

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