第11回 予測のふちにある、キラキラしたもの。

[糸井]
池谷さんは音楽がお好きですが、聴いてるときには、演奏するように音楽をたどっていったりしませんか?

[池谷]
ああ。そうです、します。
BGMとして、仕事しながら聴くときはそうではありませんが、ちゃんと音楽を聴くときには、その演奏に参加しています。

[糸井]
聴くことは、未知のものが流れ込んでくるというイメージでどちらかといえば受動的です。
でも、実際に好きで聴いてる音楽って、主体と客体の転換が行われて、音楽を追っかけていくようになります。
映画でも、小説でも、まじりあって経験するように鑑賞するんじゃないかな、と思うんです。

[池谷]
予測を働かせて聴くときには、たしかに次にこうなるだろう、こうなるだろうと中に入り込んでいますね。
これは、聴いている人だけじゃなくて演奏する人もそうです。
例えば、バイオリンの人は、指揮者が手を上げたときに弓を動かしはじめるのでは、遅いわけです。
指揮者が手を動かすだろうということを予測して用意する。
「予測」は脳が得意とする、あるいは必要とするプロセスです。
ひとつだけ、脳の機能をアップできるとしたら、僕は「予測」を選びます。
脳は、いろんなことをやっています。
でも、そういういろいろなことは突き詰めると、予測のためにやっている、と言ってもいいぐらいです。
机の上のコップをつかむときも、そこにものがあることを予測して、手を丸い感じにして、いいタイミングで指を動かせば取れるという予測をするんです。
広い意味でも、狭い意味でも長い距離でも短い距離でも、時間も、すべてが予測です。
脳の機能はすべて予測に収束されると僕は思います。
予測がはずれたときに、はじめて脳が動いて、予測修正するんです。
それもまた、おもしろい。
そういう意味で、実は音楽を聴くことは脳的に相当にシンボリックであるという感じが、僕はします。



[糸井]
だから、音楽をくり返し聴くことって、絶えないんですね。

[池谷]
例えば明るい音楽を聴いていても、そこに自分の感情が入っていないとき、つまり予測する気も起こってないときは、むしろ不快になりますね。
好きな音楽でもそうなります。
そういうときには聴かない。

[糸井]
人との会話なんかでも、相手の聞き方や出した答えが予測と違ったときに、コミュニケーションが壊れますよね。

[池谷]
はい。ただ、会話の場合は、あまりにも予測が当たりすぎてしまうのも、どうでしょうかね。

[糸井]
たしかに、A、B、C、D、Eと順番にしゃべるような話をされているときはちょっと腹が立ちますね。
ABCDEイロハとか言ってくれると、いいです(笑)。

[池谷]
きっと夢の中のFの役割のように、会話では相手が完全に予測したとおりに動いちゃダメなんですね。
予測を壊してあげるコミュニケーションもエンターテイメントです。

[糸井]
おもしろい言葉が価値を持っているのは、そこのあたりですよね。
自分の予測を刺激してくれるもの。

[池谷]
しかも、壊しすぎるんじゃない。
絶妙の塩梅で。

[糸井]
僕の知りあいのご夫婦で、もう80歳以上の人がいるんですけど、奥さんがとってもかわいい方なんです。
そのご主人のほうが、奥さんのことを
「女房は、おもしろいんですよ」
と言うんですよ。
なんてすばらしい、ほんとうのほめ方だろう、と思いました。
これまで僕も、そのご主人もいろんな人に会ってきたと思います。
結局いちばん欲しかったのは、一緒にいておもしろい人なんだな。
そのことをつくづく思いました。
「おもしろいこと」の正体って、予測の話とぴったり同じで、いい感じで当たってたり、はずれたり、キラキラキラしてるものなんです。



[池谷]
ああ、輝くわけですね。
輝きって、予測というお皿のいちばん端っこにいるものかもしれないです。
お皿を越えちゃったら理解できないし、なかよくなれない。
端っこで、落ちそうで、片足引っかけてる状態、それはキラキラですね(笑)。

[糸井]
あまりまぶしすぎるもの出てきちゃったら、見てるしかないわけだから興味も持てないですよね。
ワァ〜ッて、圧倒されちゃいますから。
ちょっとだけ取りにくいボールを投げたりすることで、新しい刺激の、つまり、Fが出てきますよね。
ということは、生きてることは夢じゃないでしょうか。
他者と共存作業するということは、人工的に夢を作るということでもあります。

[池谷]
ほんとだ。まさに、そうですね。
同じ構造をしています。

[糸井]
ひとりでこもって集中的に考えるときにあてにできるものというのは、決まりきった尺のはっきりしたものです。
そうじゃない場合には、他者という、意外性、偶然、別の整合性といってもいいですけど、それが必要です。

[池谷]
新しいルールが入ってくることも、ですね。

[糸井]
文化抵触とかいうんですね。

(つづきます)


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