03	食えてたから心が自由だった
糸井
『リンドバーグ』の制作期間は
ぜんぶでどのくらいですか?
トーベン
ええと、これだけに集中して
作業してたわけじゃないので、
どのくらいかかったのか、
判断がちょっと難しいんですけれども。
糸井
仕事をしながら、合間に作業を?
トーベン
はい。基本、昼間は仕事をしていて、
夜遅く、もしくは週末とかに
ちょっとずつ絵本の作業を進めていました。
最初に作品のイメージを描きはじめてから、
最終的に本の形にまとまるまで、
2年くらいかかったと思います。
糸井
ちなみに、ふだんやっていた仕事というのは、
絵を描く仕事だったんですか?
トーベン
広告をつくる会社で
イラストレーションを描いてました。
いまはもう辞めてフリーランスの
立場になっているので、
絵本制作の時間も取れるようになりました。
糸井
ドイツで絵本制作をしていくというのは、
職業として成り立ちやすいものなんですか?
つまりその、食べていけるのか、
ということですが。
トーベン
いい仕事があれば、という感じですね。
いまのところ、ぼくはうまくいっていて、
じつは、絵本だけでなく、
フリーランスのイラストレーターとして
広告の仕事も受けているんですね。
そうすると短期でできる仕事を受けつつ、
じっくりと絵本に取り組む、
ということが、できるので。
糸井
それは理想的ですね。
そういえば、いま思い出したんだけど、
同じドイツの画家の、
ミヒャエル・ゾーヴァさんと
お会いしたことあるんですよ。
『ちいさなちいさな王様』とかを描いた方で、
トーベンさんよりもずっと年上なんですけど、
彼もあなたと同じように
「リアルな絵でファンタジーを描く」
という表現に長けているんです。
それで、前にゾーヴァさんと話したとき、
「絵本で食べていくのは
 なかなかたいへんだったけど、
 ポストカードをつくったら
 それが売れるようになって、
 うまく回るようになった」って、
おっしゃってましたよ。
トーベン
たしかに、経済的な意味で、
絵本制作以外の仕事があるというのは、
いいことだと思います。
また、ぼくにとっては、
経済的な意味だけでなく、
仕事の進め方からいっても、
ふたつの仕事があるのはすごくいいんです。
絵本の仕事をしばらく集中してやって、
ちょっと休んで短期の仕事をさっとやって、
気分転換をして、またこちらに戻る。
絵本制作だけにずっと集中してると、
ちょっとどこかで見失うものが
あるような気がします。
糸井
ほかの仕事をしてることが、
うまく影響し合っている感じがしますね。
絵本の仕事も、広告の仕事も、
絵を描くことがちゃんと仕事に
なっているわけですが、
自分が絵を描くことが仕事になるだろうか、
というふうに、心配な時期もありましたか?
トーベン
それはもちろん心配でした。
ほんとにこれで食べていけるのか
ずっと確信が持てなかった。
ぼくはすごく小さな町の出身なんですが、
好きな絵、アートの道を志して
ハンブルクに進学するか、
あるいはもっと稼げそうな仕事に
つながる専攻を選ぶべきか、
非常に迷ったんです。
糸井
やりたいことは、はっきりしてたけれども。
トーベン
ええ。絵を描く道に進みたいんだけど、
それは正しい選択なんだろうか、
ほんとにそっちに進んでいいのかな、
ということは、非常に悩んでました。
ハンブルクに来てからも、
毎日絵を描いているとたのしいけれど、
経済的に自立できるかどうかわからない。
広告代理店に就職したのは、
そういう保険の意味もあったんです。
社員としてお給料がいちおう入ってきて、
まぁ、半分趣味のような感じで、
絵を描くことが続けられたし、
この絵本もつくることができた。
糸井
その意味では、広告代理店という場所があって、
よかったですね。
トーベン
そうですね。
たまたま、広告代理店の仕事が
わりと自由に表現できる業務だった
というのも大きいですし、
あとは、やっぱり、そうやって、
お給料が稼げる仕事があったということで、
この本を出版できるのか、
というのを、それほど心配せずにすんだ。
糸井
そっか、それは大事なことですね。
トーベン
そこを心配せずに、焦ることなく、
本をじっくりと完成させられたというのは、
やっぱり大事なことだったと思います。
糸井
じつは、ぼくの若いころも、
似たような感じだったんですよ。
なんというか、
新しいジャンルに踏み込むときに、
いちおう、コピーライターという
自分の本業で食えていたから、
「失敗したらどうしよう」って
心配しないで自由に取り組めたんです。
トーベン
そう、自由になりますよね、心がね。
糸井
「これが失敗したら、
 おれはもう全部ダメになっちゃう」
っていうのって、物語としてはいいんだけど、
やっぱり、自分を追い詰めてしまいますよね。
この絵本の中のネズミでも
1回失敗してるじゃないですか。
なんか、そういう、ゆとりというか、
余裕、遊びのあるやり方というのは、
なにかを表現するときには、
必要なことだという気がします。
トーベン
そうですね。
その余裕をきちんと確保して、
たとえ1回失敗しても、
そこでやめないということですよね。
糸井
そう、このネズミみたいにね。
トーベン
とにかく、しつこく続ける。
糸井
その意味でいうと、この物語は
ちゃんと失敗も入ってるんですよね。
それが、悪役の側の小ささと同じように
とてもリアルなんですよ。
一度のひらめきで成功するんじゃなく、
入口のつまずきがきちんと描かれている。
大きな希望があるから成功する、
ということだけじゃなくて、
ただ必要に応じて目の前のことを
コツコツ積み上げていくような
すごく現実的なことが
表現されているんですよ。
トーベン
ありがとうございます。
糸井
いや、お話をうかがって、
とても納得しました。
余裕があるからこそ、
この「大作」が形になったんですね。
映画のスタジオを自分の中に
抱えているようなものづくりは、
余裕がなかったらできないよね。
トーベン
そうですね。

2015-09-11-fri