クマちゃんからの便り

クマさんから、この年末年始の日記がとどきました。
クリスマスイブからのようすを、
まとめてお届けしますね。(ほぼ日)

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●裸火のなかの素数(2006-12-24)

山のFACTORYでじっくりとしたジカンを
火山についての資料本を読んだり、
甲斐嶽や川を眺め、
飽きれば詩作や思考して過ごすうちに
もう師走になっていた。

毎朝起き抜けに、写経のように続ける
<中学の数学>も相変わらずで、
ほとんど土踏まずで過ごす
こんな師走も何十年ぶりである。
FACTORYを建てるとき
地鎮をお願いして以来の御縁になっている、
甲斐嶽神社へ<札納め>に行くことにした。
年末で忙しい隙間を縫って
スダさんが車で迎えに来てくれた。

久しぶりの外出である。
龍神にお参りをして薄暗くなった神木に耳を着けた。
体内の奔流音なのか、
樹が吸い上げる水が走る音なのか、
しばらくそのままの格好で聴いていた。
 
札 納 め 黄 泉 か ら 天 河 へ 水 奔 る
 
今年はよくよく火山との縁が深くなる。
三宅島で<始原の息吹>を感じ、
今度は廃れつつある<富士講>の取材である。

訪ねると早稲田のマンションの一室。
今でも300年のジカンを
細々と繋いでいるという講だ。
午後6時頃から集まってきて
講の装束に着替えた10人ほどの爺婆道者が
富士山を奉った祭壇に向かって座り、
燈明を灯して先達の発声で経が読まれ講が始まる。
彼の前には一尺角の炉が用意され、
線香が円錐形に積まれていき煙は一直線に上がり出す。

たちまち狭い部屋は霞むのである。
思わず咽せそうになるが、
ここで最初に渡されたコップの水を飲むのだ。
酒ではない、単なる喉を潤す水なのだ。
道者ではないオレは煙モウモウの中、
<五・七・五>の十七文字を組み立てながら、
経のリズムに身を任していた。
素数の五・七・五の十七文字が心地イイ。

煙は活きている富士山を象ったものだろう。
読経は煙とともに勢いを増し、
先達が護摩をくべると
富士山は一気に火を噴き天井を舐める。
火のまえでオレのココロは溶け出していた。
「六根清浄」のリズムが明るく元気になっていく。

焔 噴 く や
 師 走 の 講 の
  ロ ッ コ ン シ ョ ー ジ ョ ー

「良キニツケ悪シキニツケ不二ニハナニモナイ
 アルノハ己ノ心ノミ…」
 
辛うじて経の一部が聞き取れた。
これは<唯心あるのみ>という唯識の教えと同じである。

ほとんどブラックボックスに閉じ込められて管理される
火のエナジー。しかし裸火が持つ自然への畏敬に、
都会の古いマンションの一室で
久しぶりに遭遇するのも皮肉なことだった。

きっとオレの来る年は、
地球とのゲージツに向かっていくのだろう。
いよいよ押し迫って開催する
<KUMA'S CUPボーネン釣り祭り>まで
まだあちこち走り回らなくてはならないわい。




●謹賀新年2007(2007-01-01)


裏 返 る 裏 白 飛 ぶ や 午 前 二 時


屠 蘇 注 ぐ や 十 階 の 母 忌 の 父 へ


特に希望や抱負もないままこの季節をやり過ごすのが
若い頃からの仕来りである。

淡々と閑かにすごした今年は、
始原の息吹を感じる火山でのオブジェ制作を
楽しみにしている。
今年もヨロシクお願いします。


●春のスペクタクル(2007-01-07)

去年暮れにちょっとした弾みで購入した
<災害シート>で睡っている。

災害対策なぞではなく本当に気まぐれだった。
取説に「毛布の下に着用のこと」とあり、
災害時のシートにもなると漠然と書いてあっただけだ。
片側は布仕上げになっているのだが、
その当て布はオレのためではなく
毛布が乗っかるためらしい。

狭い仕事場の空間に鷹の巣のように改造したベッドで、
取説の通りの格好で横たわっていると、
ものの一分もしないうちに暖かくなってくるじゃないか。
しかも軽いのである。

あまりの暖かさに
うっとり睡ってしまいそうになりながら、

「ハハーン、この熱はオレそのものではないのか!
 体温がアルミ繊維で反射してオレに返ってきているのだ」

とヨミ切った。

エネルギーの再利用、体温の山彦サイクルである。
そういえば<9・11>のニュース画面で、
煤にまみれこの銀色を纏って歩き回っているシーンを
見たような気がした。
今となっては夢での場面だったのかも知れない。

夜具として十分気に入っているのだが、
欠点はこのアルミホイル・シートは
あまり軽さと暖か過ぎで撥ね除けてしまうことがある。
とうとう夜具まで<メメント・モリ>を感じる道具になる。

朝、五時起床、アルミシートから這い出すと
室内は冷え切っている。粥を炊く。

昨日買い置いた七草セットひとつずつ丁寧に洗っては
<セリ…ナズナ…
 ゴギョウ…ハコベラ…ホトケノザ…
 スズナ…スズシロ>
ブツブツ呟きながら、雑草のような植物を刻む。

藁谷教授に案内された百花園の隅で
ひっそりと咲いていた春の七草を思い出し、
夜明け前の寒気、雑穀粥のいっそうたち漂う湯気に
<淑気>さえ感じてみたりする。

朝飯前の写経のように続けていた数学の前に、
今朝は七草粥を喰ったものだから、
いざ問題を解こうとすると眠くなったから、
またアルミシートにくるまった。
豊かな温度に包まれて、
製材機械のことを考えていたら睡った。

窓の外は真っ白になった七里が岩。人影がある。
動物や植物の観察用の双眼鏡で思わず辺りを探した。
FACTORYの目の前を武装した男等が、
ウロウロしかも血走った目は吊り上がり、
鉄砲は撃つ構えである。物騒なことだ。

これがイノシシ狩りというものか。
なんとも目にするのは初めてだ。
七里が岩の中で数発撃ったようだ。
雪が積もった岩の上の林のなかに
点々と血の線を描きながら
大きなイノシシが必死に登っている。

「なんだ!下手糞どもめ!」

オレは倍率のいい双眼鏡を目から離さず
イノシシを追う。

『今年の干支はイノシシだろう』

手負いのイノシシが反撃に出て、
一人ぐらい牙にかけ
<犬死に>を免れないものかと期待した。
乾いた銃弾が数発響きついに倒れた。

八ヶ岳方面のイノシシやサルは集団で
この辺りまで降りてきては作物にダメージを与えている。

何年か前、オレの敷地内に大きな鹿が這入りこみ、
硝子を削っていたオレに突進してきたことがある。
オレはとっさに削岩機の引き金を引き追い払ったものだ。
窓の外は春のスペクタクル。

銃 口 の 三 つ 迫 り 来 る 活 断 層



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2007-01-10-WED
KUMA
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