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 『それゆけガイコッツ』
 ロイヤルナイツ

 
1975年(昭和50年)
 アニメ『タイムボカン』
 エンディングテーマ

内臓全体が
ブルンブルン震えた感覚は
今でも残っています。
(HIRO)

ウハハ ウハハ
ウハハのハ


恋歌らしからぬ、何とも脳天気な歌ですみません。

僕は今でもこの歌で、
あの日の朝がまるで昨日の事のように甦ります。
10分にも満たない、ほんのひと時の事だったので、
それを"恋"と呼べるかどうか分かりませんが、
恋と同じように、その後の僕の心のあり様を
大きく変えてくれた事は間違いありません。

土手の夏草が少し黄色くなって、
入道雲の上にも薄っすらとした雲が流れ始めた
31年前の夏休みの最終日、
担任の先生に呼び出されてしまったので、
僕は朝から学校に向かっていました。

僕の通う高校は東京郊外の川沿いにありました。
通学路は土手の上の道で、
奥多摩の山並みに向かいゆったり蛇行する道は
信号があまりないので、
ペダルを踏み込み風を切ると空に吸い込まれそうで、
お気に入りの通学路でした。
ただ、その日の朝はチャリンコが壊れていたので
トボトボと歩いていると、
不憫に思ったクラスメートが
わざわざチャリンコを止めて声をかけてくれました。

「オッス! なに? ガッコ? 始業式なら明日だよ」
「おぅ、まぁな、
 それよか、おめぇ誰だよ? 黒焦げで分かんねぇよ」

彼は水泳部で、その日も練習があったのでしょう。

「おぉ、3回剥けたぜ、もうボロボロ、
 室内プール買ってくれ」
「ばーか」
「乗ってけよ」

さすがに、乗せてもらうのに漕がせるのは悪いと思い、
僕が漕ぐ事にしたのですが、
彼は僕と背中合わせに荷台に座り、
思い切り寄りかかってきました。

「おい、重てーぞ!」
「おまえも寄っかかれば いーんだよ」
「ん? ・・・おー、楽だ」
「だろぉ〜?」

薄っぺらなワイシャツ越しの彼の背中は驚くほど熱く、
彼の体温に焼かれて、こっちこそ黒焦げになりそうでした。

そんな自分の狼狽を悟られまいと、
知らず知らずにペダルを漕ぐ足に力が入り、
誰もいない通学路を2人だけで朝の風を切り裂きました。

昇る入道雲、併走する電線、ゆったりと伏せる多摩丘陵、
足元を飛びすぎる夏草、
ヒルガオ、エノコログサ、
メマツヨイグサ、シナガワハギ、ヤブガラシ・・・・。

僕が追い越した風景を、次の瞬間、彼が見送っている。
彼との距離が一瞬で近づき、
ちょっとくすぐったくて、
とても穏やかで、楽しい気持ちになりました。

いや、本当に、この体勢って、
喋る度に声の振動が背中から伝わって来て、
肺がくすぐったいんですよ。

で、突然、彼が歌い出したのがこの曲でした。

 ウッハッハ ウッハッハ
 ウッハッハのハ

それはもう、大声で気持ち良さそうに。
もちろん、僕も一緒に歌っちゃいました。

 すっきなこっと すっきなこっと わぁ〜るぅい〜こと〜

このところでお互いの肺が共鳴し合い、
内臓全体がブルンブルン震えた感覚は、
今でも隅っこに少し残っています。
皆さんもその辺の人と背中合わせにぴったり座って
一緒に歌ってみて下さい、
一瞬で仲良くなっちゃいますよ、ムフ。

でも、その頃の僕は自分の事が大キライだったので、
その時の穏やかで楽しい気持ちと、
彼に傾くかもしれない恋情に怯えてしまい、
慌てて目隠しをしました。

その前の年に、同級生の女子に告白されました。
自分がゲイである事を認めたくなかった僕は、
その娘と付き合う事にしましたが、やっぱり無理があるから、
色んな嘘が粉雪みたいに降り積もり、
あっと言う間に身動きが取れなくなって、
最後に僕が取った行為は最低でした。
何も悪くないその人を山ほど傷つけて、
自分自身にも愛想が尽きて、
それでもメシなんか食っちゃって、
そんな自分をさらに嫌いになりました。

自分を嫌っている自分を持て余し、
ヤケになってゲイタウンに飛び込むと、
酒と煙草と大人の嘘をすぐに覚えました。

高校生だなんて言うと避けられちゃうから逆サバ読んで、
求められると嬉しくて、
その場限りの適当な嘘ばっかりついて、
イイ気になって毎晩ゲラゲラ笑っていたけど、
本当はちっとも楽しくなかったです。

バチはすぐに当りました。
僕の放った嘘が原因で誤解が誤解を呼んだ挙句、
知人同士が刃傷沙汰を起こしてしまいました。
僕はみんなに嫌われ、殴られ、唾を吐かれ、
チャリンコまで潰されました。

残念だったのは、自分がどんな嘘をついたのか
全く覚えていないことでした。
一晩中公園のベンチに寝そべり、朝霧に髪を湿らせ、
ジョギングする人を目で追いかけながら、
あのビルの窓からゴルゴ13に狙撃して欲しいと、
本気で考えました。

ウッハッハの朝はそんな時でした。

泥沼に沈みながら、
抗いもせずに少しずつ死んで行く毎日の中で、
あの朝は、不意に拾った花の種でした。
僕はドロドロに汚れた種を握りしめ、
温かい涙を流している自分に再会しました。

それ以来、嘘をつくとチクリと胸に刺さるものが現れたので、
嘘をつくことが面倒になりました。
そうすると、
僕のことを心配しながら見守ってくれていた人たちが
チラホラと僕の視界に映り始めました。

この人たちを大切に出来なければ、
死んだほうがマシだ、なんて調子のいい事を考え始め、
ゴルゴ13に笑われました。

それからも色々な事がありましたが、
なんとか凌いで来られたのは、
あの日の朝があったからだと思います。
キツ〜イお灸を据えてくれた例のタウンも、
今では第二の故郷です。

 ウッハッハ ウッハッハ
 ウッハッハのハ

今でもこの歌で、あの朝がまるで昨日の事のように甦ります。
一生癒えないであろう傷の痛みとセットではありますが。

卒業後、水泳部の彼とは一度も会っていませんが、

もし、いつか会う機会があったら聞きたい事があります。

もうちっと気の効いた曲は無かったのか? と。

オフコースとか、ユーミンとか、
サザンとか流行っていたはずだけど、
なんでウッハッハかなぁ? って思う。

・・・・まぁ、いいけど。

(HIRO)

夏の終わりにこの名作を掲載できることを、
誇らしく思います。
ただただ、もう、
何度でも読んでいただきたい投稿です。

楽曲でいうなら、いわゆるサビはじまり。
明るいメジャーコードで元気に、
流れ行く景色も脳天気なほどに美しく。
それがやがて、マイナーコードに変わり‥‥。
最終的にはまたメジャーコードに戻ります。
この、戻ってきたときの明るさが、
こんどは甘ずっぱく届くんですよねぇ。
‥‥ああ、いけないですね、野暮な解説は。
どうぞ何度でも読んでください。
名作です。

ところで、
昭和なぼくらはもちろん知ってるこの曲。
『それゆけガイコッツ』は、
ロイヤルナイツというボーカルカルテットが
歌ったのだそうです。
ロイヤルナイツ。知らなかったです。
調べてみましたらなんと、
『宇宙戦艦ヤマト』『サンダーバードの歌』
『Gメン'75のテーマ』などなども、
この方々のコーラスだったのでした。
ロイヤルナイツさん、お世話になりました!

このすばらしい投稿を、
ぜひ、夏の最後の更新日にと思って
今日、掲載させていただきました。

ほんとうに、添えることばのないほど、
すばらしい投稿です。
あ、もう「すばらしい」が2回目だ。

あえて、趣旨とほぼ関係のない
枝葉に触れましょう。
恋歌くちずさみ世代としては、
文末の「ムフ。」に
あだち充先生的文体を感じてにやりとしました。

過去のいいところもわるいところも
ぜんぶ平らに受け止めて、
いまいる自分をまっとうに、
ある種の誇り高さとともに
バシッとつかんでいるような文章に、
書いている人自身の気持ちよさを感じて、
なんというか、お会いしたくなりました。
きっと、ほかのことを書いても
素敵なものをお書きになる方かと思います。
名作投稿、ありがとうございました。

夏が終わりかけのいま
(この週末はまた寒かったりして)、
(HIRO)さんの描く
きらっきらした夏の風景がまぶしかったです。
それも「酒と煙草と大人の嘘」に
まみれた夜のあとと知り、
二度目に読んだときは
目を開けていられない感じがしました。

冷えてゆくばかりだった身体を、
水泳部の彼の薄っぺらなワイシャツごしの体温が、
(HIRO)さんを芯からあたためたんだなあ。
彼、そんなふうに誰かを救ったなんて
よもや思ってはいないだろうなあ。
それから、そうそう、ワイシャツ薄かったよね!
ぺらんぺらんだった。そっか、
あれはあれで、セクシーなものだったんだ。

『それゆけガイコッツ』もそうですが、
当時のアニメーション(いまも?)、
エンディングテーマに
忘れ難いものがたくさん。
『元祖天才バカボンの春』とか
(♪枯れ葉散る白いテラスの午後三時〜)
『夜霧のハニー』とか
(♪誰かが呼んでる ハニー)
『今日もどこかでデビルマン』とか
(♪誰も知らない知られちゃいけない〜)
『冒険者たちのバラード』とか
(♪さかまく波ときらめく空が〜)
『やつらの足音のバラード』とか
(♪なんにもないなんにもない〜)。

でもこの場合やっぱり
『それゆけガイコッツ』が最高です。
ウッハッハのハ!

それはそうと多摩方面の郊外から自転車で?
すごい健脚だ。高校生ってすごい。

タイムボカンシリーズは
悪役がずーっとおんなじ人たちで、
あっちが主人公だよね、と思って
大好きで、見てました。
ウッハッハのハ!

こういう、つきぬけて明るい人って
何の気なしに、
すいっと人を救っていくことがありますよね。
ご当人は救った自覚なんてないのでしょう。
でも、慰められるときって、
ものいわぬ動物のしぐさだったり、
関係のないような通りすがりの人の
態度だったりしますから、
そういうものかもしれません。
黒焦げの水泳部は
歯なんてまっ白だったんだろうな、
ニクイなぁ。

泥の中の花の種、
忘れられないものなのでしょう。
夏の終わりにこの投稿を読むことができて
うれしかったです。
ありがとうございました!

さて、秋が来るよ〜。
来週も恋歌くちずさみ委員会でお会いしましょう。

2014-08-30-SAT

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