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 『見つめられない』
 ゴスペラーズ

 
2011年(平成23年)
 アルバム『ハモリズム』収録曲

まだ好き。
まだ好きなんです。。
(赤信号)

笑わずに聞いて欲しい
It's hard to see, It's hard to see
本当さ
あなたのすべて眩しくて
Just turn around, so turn around
馬鹿だね


はじめにひと目見たときから彼女は美しかった。
中学生のときのことです。
彼女は真っ黒な髪を肩へ流していて、
ちょっとどこを見ているかわからないような
大きな瞳をしていて、
制服のシャツの裾をだらりと出したままで、
上履きのかかとを踏んづけて立ち、
それはそれはもう、美しかったんです。
エキセントリックで、
この世じゃないところを見ているかのような挙動も。
声もしぐさも。

私の学校生活は、あっというまに、
彼女のことでいっぱいになりました。
つきあうとか、こいびとになるとか、
そういう考えは浮かびませんでした。
ただ彼女の存在と、私の存在とが、なるべく近くにあるように。
無意識のうちに、そうねがっていたように思います。

私が転校することになって、はなればなれになったあとも、
便箋を買い込んで、たくさんの手紙をやりとりしました。
思春期の、自意識の苦悩のなかで、
互いに傷つきやすさをかかえたまま、
熱にうなされるかのように、やりとりがつづきました。
思えばあれが、いちばん熱くて苦しい、
いちばんしあわせなときだったのかもしれません。
受験の時期をむかえ、進学の時期をむかえ、
すこしずつおとなに近づくうちに、
やがて彼女との連絡はゆるやかに途絶えてゆきました。

それから十年ほどもたって、
じぶんの才能を仕事にするにいたった彼女の、かがやく姿を、
私はまぶしく苦しく、眺めるようになりました。
いまは、かろうじて縁が切れてはいない程度の、
とても遠いともだち、といった関係性がつづいています。
彼女が乗り越えてきたものに、
私はいまだにつまずいたままでいるようです。

いままでに何人もの男性とつきあってきました。
それぞれの人を、それぞれに、真剣に好きでした。
いまも交際している彼がいます。
このままいけばいずれ結婚することでしょう。
だけど、そうじゃない。
そうじゃないんです。

つきあうとか、こいびとになるとか、共に過ごすとか、
そういったこととはまったくもって無関係に、
まだ彼女のことを思ってやまないのです。
友人にたいする親愛の情ではなく、
ただひたすらに心が燃えるだけの、
ひとつの恋だと思わざるをえないほどにつよく。

まだ好き。
まだ好きなんです。
思いが届くことは、この先もないでしょうけれど。
苦しみながらも、
ただ途切れない思いをかかえつづけるというこの曲に、
いまは共感するばかりです。

(赤信号)

中学時代、衝撃的にはじまった恋のお話で、
それは「転校」によって悩ましい局面に‥‥
と読み進めていたら、意外な展開にすこし驚きました。

「好き」なんですね。
ほんとにほんとに「好き」なんだ。
「友情」とか「親愛」という感情で
自分を納得させようとしても「そうじゃない」と心が叫ぶ‥‥。
つらいことだと思います。

とくにリアルにつらいなぁと感じたのは、
「相手が仕事でかがやいて見える」というくだり。
これは‥‥恋愛をむずかしくする、ひとつの要因ですよね。
自分がつまづいている(と思っている)ときって、
やっぱり想いを行動に移しづらいです。

無責任な発言かもしれませんが、
(赤信号)さんに、また、
圧倒的な出会いがあればいいな、と思います。
衝撃的にはじまったその恋は、
ちがう種類のインパクトが決着をつけてくれる気がするんです。

「はじめにひと目見たときから彼女は美しかった。」

って、そんなふうにその当時の
一目ぼれを表現する中学生男子いるかなあって
不思議に思いながら読みはじめました。
真っ黒な髪はまだしも
「ちょっとどこを見ているかわからないような
 大きな瞳」
「制服のシャツの裾をだらりと出したまま」
「上履きのかかとを踏んづけて立ち」
という同級生女子を
「美しい」と表現できるキミがすごい、
と読み進めましたら、
‥‥なるほど、そういうことでしたか。

この世のものじゃないものを見た、くらいの
衝撃だったんでしょうね、きっと。
すぐマンガにたとえるのもどうかと思いつつ、
吉田秋生の『吉祥天女』を思い出しました。
あのなかの小夜子は
裾出したり踵踏んだりしないけど。

読み進めるうちに
「それから十年ほどもたって、
 じぶんの才能を仕事にするにいたった彼女」に
ぼくもまた、なぜか魅かれています。
もちろん「強い興味を持つ」という意味ですけれど。
表現をする仕事なのかなあ‥‥。

熱にやられたように
やりとりが続いたそのときは、
彼女もきっと同じくらいの力で
何かを抱え、何かをぶつけていて、
お互いにほんとうに、
なくてはならない存在だったのでしょう。

しかし、相手は変わっていく、
自分はまだ同じ場所にいる。
それでも、じわじわと、
ときにはジャンプするように、
自分にもなにかが起こるのだと思います。
自分は、知らないうちに
「なりたい自分」になっていってしまうし、
それだけじゃなく、いろんなものに巻き込まれて
思いもよらない境遇になったり
選択に迫られたりします。

だから(赤信号)さんの未来も、
じわじわと、または
線路を切り替えるときのようにガッチャンと
変わっていくのだと思います。

「思ってやまない」「心が燃えるだけ」
という文字を追うと、
つらく苦しくなると同時に
彼女の魅力をいつも感じられることを
羨ましくも思います。

男女を問わず、
いえ、恋愛ということさえ、いったん超えて、
若いころに
「自分よりも自立していると感じる同世代」を
まぶしく思うということがあると思います。
尊敬というよりは、あこがれ。

そういうことが恋愛の入り口となることは、
個人的にも覚えがあります。
相対的に自分に何もない気がするから、
浸透圧みたいな仕組みでもって
あいての個性や魅力が
どんどん自分に流れ込んでくるんですよね。

もうひとつ、個人的な経験をつけ加えると、
何年も経ったあと、
自分のなかの焦りやもどかしさなんかが
まったく取り払われた頃に確認し合うと、
じつは相手にも同じ浸透圧が
働いていたりするんですよ。
影響された側からすると、
そりゃぁもう、信じられない!
って感じなんですけど。

どんな関係であろうと、
長い時間を超えているのであれば、
完全な一方通行なんて
あり得ないのかもしれません。

次回の更新は水曜日です。
そう、最近、ちゃんと
言ってなかったような気もしますけど、
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2014-04-12-SAT

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