『Addicted To You』
 宇多田ヒカル

 
1999年(平成11年)

やっと言えたのは
『うん、別れよう』だった。
間違えた。何言ってるんだ。
(スカート)

だけどそれじゃ苦しくて
毎日会いたくて
この気持ち伝えてもいいの?

部活、ダンス、友達、自分、
その次にやっと私、くらいのランキングだったと思う。
でも彼は、一度だけ私のことを好きだと言った。

私の方は、目先のバイト(というか給料)や
将来のこととかで毎日やることがいっぱいあった。

彼のことを、好きと言ったことはあったかなあ。
彼の、体温よりちょっとあったかいくらいの
優しさが心地よくて。
彼より格好良かったり、スタイルが良かったり、
熱烈だったりする他の男の子の求愛行動を見送って、
彼の手を握り返した。

不思議なくらい彼を好きだった。
彼も不思議なくらい私を好きだったと思う。
拙かったけど、確かだった。
一年経ったら誕生日がくるとか、
リンゴが地面に向かって落ちることと同じじように、
彼と私は出会って大事な存在になった。

互いに恥ずかしがりで自由人だったから、
なかなか会って愛を語らったりはしなかったけど。
会えばいつも、『聞かせたい!』って思って
ストックしておいた楽しかったこととか、
びっくりしたことを、お互いに次々話した。
私は、彼が私にしてくれるように、
彼の目をよく見て優しさを振り絞りながら。
話が尽きれば、少しずつ触れあった。
彼は、私の目を見て、ひとつひとつ愛おしそうに。
好き、とか、会いたい、とか、
とても大事なことだと思うんだけど、
あの頃は後回しだったなあ。

ふとしたことがきっかけで、けんかをして、
そのまま別れてしまった。
お別れは電話で。一年半の付き合いも呆気なく。
かっとなって電話した。
たくさん言いたいことがあった。
なんでそんな勝手なの?
謝るのが先でしょう(原因は忘れたし、
私が謝るべきだったのかもしれないけど)?
別れたくないよ。

電話口の彼はいつも通りで、なんだか楽しそうだった。
私の知ってる、あらゆることを一番に
誰よりも楽しめるっていう特技を持ってる彼の声だった。
言いたいことが、炭酸が抜けるみたいに消えて行った。

やっと言えたのは『うん、別れよう』だった。
間違えた。何言ってるんだ。
訂正しようにも、もう言葉が手元になかった。
胸には満足が残った。
彼の声が久しぶりに聞けたから。
言ってしまったことを後悔する隙間なんかなかった。

その日泣きながら帰った帰り道の15分間で、
立ち寄ったコンビニと通り過ぎる車×2台から
この歌が聞こえてきた。
うろ覚えの歌詞に、
コドモだな、って思い知らされているようだった。

今度、7年ぶりに再会します。
何年経っても、どんな人と付き合っても、
忘れられなかったこと、話してもいいかなあ?
あなたの子どもが産みたい、とか。ひくかなあ。
でもまた、後回しになっちゃうんだろうな。

今もね、たくさん話したいことがあるよ。

(スカート)

クールにみえるかもしれないけれど、
じつはストーブみたいに熱い(スカート)さん。
映像だったらカメラはずっと
(スカート)さんの表情を追っている。
「いつも楽しそう」な彼より、
もしかしたら(スカート)さんのほうが
愛のボリュームが大きかったのかもな、
なんて思いながら、読みました。
そしてあらためて
「Addicted To You」の歌詞を読んで
なんてぴったりなんだろう!
ってびっくりしちゃいました。

7年かあ。
いまもI know you want me tooだと、
次の展開が待ってますね。
どうなったんだろう?!

別れたくないのに
「別れよう」と口から出て、
泣きながら帰ったけど
後悔する隙間がないほど
胸には満足が残った。

Aの理由がyでBの原因がxで、
というふうに考えていくと
意味が通じないかもしれないけど、
それ全体を見渡して
「ああ、そういうもんだなあ」と
生々しく共感できてしまうのが
恋愛というものなのかもしれません。
読んでいて、ひりひりするほどでした。

久しぶりに会って、どういう感じになるのかな。
笑顔に満足して積もる話をして、
「会いたかった」という話は後回し。
そんなふうになっても、
ちっとも悪くないですよね。

うん。そうですね。
ぼくもとくに印象に強く残ったのは、
お別れのくだりでした。
気持ちの流れって
ちっともロジカルなんかじゃなくて、
こうしてある意味ランダムで、
ランダムなのに、
ちゃんと適切な言動を選んでゆくものなのでしょう。
リアルです、とても。

「言いたいことが、炭酸が抜けるみたいに消えて行った。」
この感覚、とてもよくわかる気がします。
言いたいことが炭酸が抜けるみたいに
シュッと消えてしまう相手って、いますよね。
私見ですが、
そのようになってしまう相手って、
すごく相性のいい人だと思うんです。
私見です。

さあ、7年ぶりの再会、どうなるのか。

ねー、どうなるんでしょうね。
「7年」って、変わってそうで変わってない。
前と同じ調子で話ができたらいいですね。
ま、そうでなくても、
こんなものだったな、と思えばいいのです。
「相性のいい人」は滅多にいないから貴重だけど、
「そのときの自分に相性のいい人」ですからねー、と
わたしは自分に言い聞かせるように思ったりします。
でも、宇多田さんの歌詞にあるように、
恋愛中はそんなに
クールにドライにいかないですね。
あの状態はいったいなんなんだろう、
addicted to youって、すごくぴったりだ。

小悪魔もサバサバもクールも、
いろんな恋があると思うのですが、
山下さんが言うように、
気持ちもことばもとてもランダムなのに、
ちゃんと適切な言動を選んでいて、
そして相手も、隠れているほんとうの心を
つかんでいます。
だから、なんだって、恐れることはないと思う。

8月に入って暑い毎日がつづきます。
恋歌の本とCDを、夏休みのおともにどうぞ。
来週もまた水曜日に、この委員会で、
お会いしましょう。

2013-07-31-WED

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