『ぼくらが旅に出る理由』
 小沢健二

 
1996年(平成8年)

 
 ふてくされてばかりの
  10代もすぎて、
 わかりました。
 彼が、私が初めて好きになった
   男の子です。(eri)
遠くまで旅する恋人に
あふれる幸せを祈るよ

小学校五年生の時、男の子から花束を渡されました。

私は近所の畑などから頂くお花を教室で管理する花係で、
つまり男の子は私にではなく、
花係に花束を渡したというだけでした。
その子は転校することが決まって、
お母さんに花屋さんで作ってもらった花束を
学校へ持っていくように言われた、とのことでした。
彼はチョッキが似合う柔らかい茶色の髪と瞳を持った、
図鑑などを読むのが好きな、雰囲気のある男の子でした。
そしていつもとは違う花束も素敵でした。

しかし花束を受け取るところを見た女の子が、
○○さん(私)が好きな男の子から花をもらっていると、
からかいはじめたのです。
私はその男の子を好きだなんて
言ったこともなかったのに、です。
とても腹が立ちました。
そんなのじゃないのに、
どこからそういう話になっちゃうのか。
感情を表に出せないたちなので
その場でわーと怒ることは出来なかったのですが、
一日中むかむかしていて、
男の子の家とは逆方向のナンにもない土手道を
まっすぐひとりで帰りました。
少し経って、仲の良かった女の子が
その男の子のことを好きかもしれないと言い始めて、
ふたりはちゃっかり同じ班になっていました。
腹が立ちました。
理由はわかりませんでした。
いつもはその時々の人気者を好きになる彼女。
私には好きな人はいない。
転校する日は近づいている。
怒る理由がわからないから、
彼女のミーハーさに怒っているのだと思っていました。

ふてくされてばかりの10代もすぎて、わかりました。
彼が、私が初めて好きになった男の子です。

違う中学校で聞いていたかもしれないこの曲のように、
恋人でも友達でさえもなかったけれど、
彼の幸せを祈りつつしばしの別れを続けています。

今でもやっぱりナンにもない土手から、
街を出て行く君に追いつくようにと手をふったら
それは届くのかななんて考えたりして。

(eri)

ああ、いましたいました、
こういう「からかい女子」。
だいっきらいでした。
(そう、ぼくはじつは
 この手のことでは
 かわかわれちゃうほうでした。)
‥‥たぶん、わかっちゃうんでしょうね、
誰が誰を好きだとか、言えずにいるとか、
そういうことが、手に取るように。
でもおそらく、自分のほんとうの気持ちには
正直になれない‥‥。
だからはっきり(eri)さんが傷つくような、
じつに効果的な方法で傷つける。
ああ、ザンコク。
言われるほうはたまったもんじゃないっつうの!
‥‥なんて、思い出して
プンスカしててもしょうがないんだけど。

それにしても。

「彼はチョッキが似合う
 柔らかい茶色の髪と瞳を持った、
 図鑑などを読むのが好きな、
 雰囲気のある男の子でした。」

これが小沢健二さんと重なるのはぼくだけかな?

ぼくも思いましたよ。
チョッキ、柔らかい髪、図鑑が好き。
それって、オザケンだー。

さておき、投稿をありがとうございました。
小学五年生の(eri)さんの気持ちが、
(いいですか、いい意味で、ですよ)
小学五年生のままの言葉で聞こえてきた気がしました。
まっすぐ。
上手に書こうなんて、きっとひとつも思ってなくて。
そのためときどき読む方は「あれ?」となりますが、
よくよく読めば、ちゃんとわかる。
それどころか、気持ちがよぉく伝わってきます。
素直に怒って、
やがて純粋に理解をして、
最後は人を好きな気持ちに溢れる。
かわいくてかっこいい文章だと思いました。
そこもまた、オザケンっぽいのかも。

あと、「転校」という言葉、
個人的にはそれが、ずっと響いて聞こえていました。
ぼくも転校生だったからでしょう。

♪せつなくてせつなくて胸が痛むーほーどー

いい曲です、大好きです。
ついでに言うなら『LIFE』はやっぱりとんでもない名盤。
何度も何度もくり返し聴いたアルバムです。
ああ‥‥また聴きたくなってきた。

わたくし、この
小沢健二さんあたりの音楽が
すっかり抜け落ちている人間なんですよ。
いったいその頃、何をしていたんだ!
新入社員でめっちゃ働いてたのか、そうか。
オリジナル・ラブも、
田島貴男さんを「ほぼ日」で
インタビューさせていただくことになって
はじめて聴いたくらいです。
同世代の人たちの音楽、
いまになって追いかけられるすばらしさをありがとう!

素直に気持ちを自覚できる人たちを
うらやましい、と思う反面、
ちょっとうらめしくなるとき、ありますよね。
なんで自分の気持ちにはすぐに気づかないのか。
なのにまわりにはなんですぐにバレてるのか。
謎です。
教えてほしかったわ、そのときどきで、
自分が誰を好きなのかを。
ずっと戸惑ったまま、ここまで来ちゃったなぁ。

花束、という言葉が
投稿全体に彩りを加えていると思います。
土手、もう遠くに行っちゃう、
やわらかい髪の男の子‥‥映像みたいに浮かびます。
すてきな想い出だなぁ。
遠くに行っても「元気でいて」と祈りたいですね。

「男の子の家とは逆方向の
 ナンにもない土手道を
 まっすぐひとりで帰りました。」
というところが切なくて好きです。
怒っていたんですね。

「怒ること」って、
表現に個人差があるんですよね。
大声を出したり、ものに当たったり
ということが苦手な人はいて、
しかし、彼らは怒らないのかというと
それは大きな誤解なんです。
怒れば怒るほど悲しくなる人だっているし、
怒っている自分をきちんと説明できることが
怒ってないということではない。
けれど、わなわな震えたり
目を血ばらせたりという人のほうを
「怒ってる人」として人は信用するんですよね。
それって、怒ることが苦手な人からすると
ちょっとした不条理なんです。

あ、話が違う方向へ行きましたが、
同級生の女の子にいじわるをされて
ものすごく腹を立てたのは、
彼女が踏み込んできたのが
とても大事な場所だったからでしょう。

怒りながら、
ナーンにもない土手をひとり歩いて帰る
その姿が目に浮かびます。
きっと、怒れば怒るほど
考えが深くなるタイプではないでしょうか。
というか、自分がそうだから、
勝手に重ねてしまうんですけれど。

ぼくも、そういうことがありました。
腹が立ったり、不条理を感じたり、
悲しくなったりすると、
なんだかひとりで歩く、みたいな。
ぼくらはどこへ行くのだろうかと
何度も口に出してみたり
熱心に考え、誰かのために祈るような
そんな気にもなるのかなんて
考えたりもするけど。
後半、引用。

それでは、次回は土曜日です。

 

2012-07-25-WED

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