柳瀬さんのレクチャー3
水と光のマネジメント。
柳瀬 ホタルが戻ってくるようになった理由は
すごく明確で、「光」が「川」に
入るようになったからなんです。
柳瀬 光が入るようになったのは、
川を覆っていた木を切ったからなんですね。
木を切ると川に光が入って、
川底の石に珪藻などの藻が生えます。
藻が生えるとカワニナという貝が増えます。
藻がカワニナの餌なんですね。
で、このカワニナがホタルの幼虫の餌となる。
つまり、
ホタルが増えるには川が明るくないといけない。
ホタルって、なんとなく山奥の清流に住む昆虫
みたいなイメージがあるかもしれませんが、
実は人間が住む場所のわりと近くに来てるんです。
というのも、
光が入らない谷川ではカワニナが育たないからです。
深い山奥にホタルはいないことが多いんですよ。
一同 へええーー。
柳瀬 川を覆っていた木を
適度に伐採してあげて光を入れると
他にも様々な生き物がやってきます。
たとえば‥‥これです。
─── ‥‥魚?
柳瀬 アユです。
─── アユ!
柳瀬 木を切ったら
アユがたくさん上がってきました。
これも、川に光が入るようになったからなんです。
光が入って、川底の石にコケがはえるようになった。
するとコケを食べるアユが増えるわけです。
一同 おおーー。
柳瀬 何度か申し上げていますが、
ポイントは「水」と「光」なんです。
それぞれの生きものの生育条件の多くが、
「水」と「光」の量で決まるんですね。

たとえば、
小網代の谷に生えるイネ科の植物を比較すると、
ササは、水がなくて光があるところが好き。
オギは、水がちょっとあって光があるところが好き。
アシは、水がもっとあって光があるところが好き。
ガマになると、水がさらにいっぱいあって
光があるところが好き。
つまり、どれだけ地面が湿っているかで
生えてくる植物がどんどん変わってくるんです。
この場合は、「水」のコントロールで、
どんな植物が生えてくるかが決まってくる。
柳瀬 アシやガマのように水際の植物では
「水」の量が生育環境を左右しますが、
水際を離れた森のなかでは、
「水」はもちろん「光」を
どうマネジメントするかで、
生きものの生育環境が決まってきます。
というのも
森は放っておくと、木が茂り過ぎて
林内にまったく光が入らなくなり
あらゆる植物が育たなくなるからです。
じゃあ、どうするか。
伐採です。
具体的には木をどれだけ伐採するか、
どれだけ残すのかで
森の足下に入る光の量が変わる。
柳瀬 適当に木を伐採して
光を入れてあげると、
たとえばこうやってヤマツツジが咲いたり‥‥。
柳瀬 あるいは‥‥
こちらは、カラスアゲハという
小網代では
いちばんきれいな大型のアゲハチョウの仲間です。
柳瀬 カラスアゲハの幼虫が食べるのは、
主にカラスザンショウ。
サンショウと同様、ミカンの仲間です。
木を伐採し、ササを刈り込んで
地面を明るくしたら
このカラスザンショウがいっぱい芽を出しました。
結果、この芽にカラスアゲハが産卵し、
その幼虫がたくさん増えました。

一方、湿地を増やすとトンボの仲間が増えます。
このトンボは、
神奈川県内では
小網代ともう1カ所くらいしか
繁殖が確認されていないヤンマの仲間で
サラサヤンマっていいます。
サラサって着物の「更紗」のことですね。
とってもきれいなトンボです。
─── ‥‥柳瀬さんはまた、写真がすばらしいですね。
柳瀬 ありがとうございます。
趣味でやっております(笑)。

これはアサヒナカワトンボ。
春の小網代を代表するトンボで、
清流沿いをふわふわ飛んでいます。
柳瀬 これがオオシオカラトンボ。
真夏の小網代の湿原でいちばん目立つトンボです。
柳瀬 トンボの幼虫は、ヤゴといいます。
ヤゴが暮らす湿地や池がないとトンボは増えません。
とくにサラサヤンマのヤゴは変わってて、
湿地と田んぼのあいだぐらいの
微妙にグシャグシャのところに生きていて、
ドロドロの陸を歩き回ることもあると言われてます。
一同 ほおおー。
柳瀬 だから、小さな池とグシャグシャの泥地が
混ざったような湿地がないと暮らせないんです。
そういう場所は
たいがい、すぐに開発されちゃいます。
一方、人が手をいれないと乾燥しちゃいます。
つまり「住処」が珍しい。
このため、サラサヤンマも
とっても珍しいトンボになりました。
神奈川県では、絶滅危惧1類に分類される
絶滅危惧種です。
しかし。
小網代のサラサヤンマは、
ここ数年、目に見えて増えています。
今年は過去最高で、
1日に20個体以上を確認しました。
サラサヤンマは、
数メートルのテリトリーをもっていて、
近づくと人間にまで「ガンを飛ばす」
ように威嚇してくるんですね。
だから、カウントがしやすいんです。
─── ‥‥お話をうかがっていると
「手つかずの自然」ではなくて、
人が「手を入れる」ことで良くなるんですね‥‥。
柳瀬 そうです、そこがポイントです。
ここ、ほんとうに、ぜんぶササだったんですから。
そのササを刈り取って、湿地を回復したら
サラサヤンマも目に見えて数が増えました。
柳瀬 光と水をマネジメントすると、
生き物が戻ってくるんですよ。
さっきのホタルだって、
ぼくらは1匹も放虫をしていません。
光と水を適切にマネジメントすれば
細々と生きてきたホタルが、
毎年、けた違いに増えちゃうんです。
2011年、
一晩に10頭ほどしか見れなかったホタルが、
常緑樹を中心に、木を伐採して
川面に光が入るようにしたら
2012年、一晩で100匹見るようになりました。
2013年は500匹。
今年2014年は700匹です。

注)2014年のホタルは見られる時期を終えています。
  また小網代への夜間の立ち入りは
  禁じられていますのでご注意ください。


水と光で生育環境をコントロールすれば、
生きものは復活する。
どこかから持ってくる必要はない。
しかし、そんな方法がとれるのは
小網代が流域全体が守られてる自然だから。
流域単位の自然だから、はじめてできるんですね。
一同 ああー。
柳瀬 流域がぜんぶまるごと自然で守られているから、
コントロールができるんです。
途中に道路や家があったりすると、
こんなにホタルが急に増えたりはしないと思います。
そもそもホタルが暮らせない。
小網代のホタル復活は、
自然をパッケージまるごとに
流域全体を残してるからできることなんですね。

小網代の谷を空撮で見ると、
周囲に家や道路があります。
柳瀬 実はそこから、
生活雑排水がちょっとだけ入ります。
だから小網代は、
上流にあたる川の源流部が汚れていて、
河口がいちばんきれいなんです。
これ、ふつうの川のまったく逆です。
ふつうは源流の水がきれいですよね。
源流は自然で下流は都会、
というところが多いからです。
小網代では、上流から下流に向けて浄化されて、
水のきれいな下流でホタルが多く見られます。
一同 なるほどー。
柳瀬 海が見える場所でホタルが見えるという。
小網代は、すごーく不思議なところです。
─── (挙手)質問を、よろしいですか。
柳瀬 どうぞ。
─── 光をマネジメントするために
かなりの木を伐採すると思うんですが、
切った木はどこへいくのでしょう?
柳瀬 ぜんぶ、
切った場所の近くにていねいに並べています。
並べたまんまです。
で、そうするとどうなるかっていうと、
これがこんど朽ち木になって
そうなるといろんな虫が幼虫の餌になる
とばかりに飛んできます。
メジャーな虫もガンガン出てきます。
おなじみ、カブトムシとか‥‥
柳瀬 ミヤマクワガタ。
柳瀬 アカスジキンカメムシ。
こちらは、
明るくなった林でよく見かける
初夏の小網代に多い、
日本でも有数の美しいカメムシです。
フジやミズキにつきますね。
柳瀬 美しいといえば、タマムシもいますよ。
タマムシが大好きな
エノキの切り株がいっぱいあります。
─── タマムシ!
柳瀬 ほぼ日さんで去年、
「タマムシに会いたい。」という企画がありましたが、
タイミングがあえば、ばんばん会えます。
一同 へええええーーー!
柳瀬 そうやって虫が増えると、
今度はそれを狙って鳥が増えます。
いま小網代には、
フクロウのつがいが、2ついるんです。
─── 森にフクロウ‥‥すばらしい‥‥。
柳瀬 昆虫という生態ピラミッドの下が増えるので、
その上の生き物も増えてきます。
ピラミッドが分厚くなるほど、
生き物の数ってすごくすごく増えるんですね。
ですからこうやって、
木やササを適切に間伐して、
森を明るくしたり、
湿地を増やすことは、
小網代の生物多様性を
豊かにすることに
寄与しているんだと思います。
(つづきまーす)
2014-07-28-MON
 
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