柳瀬さんのレクチャー1
「流域」とアカテガニ。
─── えー、みなさん、
すっかりご存じだとは思いますが、
あらためてご紹介いたします。
こちら、柳瀬博一先生です。
柳瀬 柳瀬でございます。
一同 (拍手)
─── ことしの4月の終わりころにですね、
柳瀬さんのご案内で、
すばらしい場所にいってきました。
柳瀬 はい。糸井さんに来ていただいて。
糸井 あそこは、ほんとにたのしかったです。

─── 同行した私は、
予備知識ゼロでついていきました。
海をながめ、湿原を歩き、森へと入りながら、
お話をうかがいました。
ここがどういう場所か、というお話です。
それが実に、
「へえーー」「なるほどおーー」
という内容でだったんです。
柳瀬 そうでしたか(笑)。
─── 「話を聞いてから来たかった」と思いました。
「そしたらもっとたのしめたのに」と。
そこで、です。
7月末にみんなでそこへ出かける前に
その場所のことを知っておこうと、
本日、柳瀬さんにお越しいただいた次第です。
‥‥前置きは、これくらいで。
あとは柳瀬さんにお任せしましょう。
それではよろしくお願いいたします!
一同 (拍手)
柳瀬 では、はじめさせていただきます。

私には、実は、
NPO法人の理事という
隠れた肩書きがございましてですね‥‥。
どこの理事をやっているかというと、
こんな場所の理事をやっています。
(プロジェクタに画像を映しだす)
一同 おおーーーー。
柳瀬 小網代(こあじろ)でございます。
この緑色のところがぜんぶ、小網代。
神奈川県、三浦半島の先端に位置していまして、
見えている海、これは相模湾ですね。
広さは約70ヘクタール。
だいたい東京ドーム15、6個分。
面積は明治神宮とちょうど同じ広さです。
実は、この小網代の自然を保全し、維持管理する
NPO法人小網代野外活動調整会議という
舌をかみそうな名前の団体の
理事をやっているんですね。
一同 ほぉ‥‥。
柳瀬 サイズだけでいうと
もっと広い緑はいろんなところにある。
でも、ここは唯一無二の貴重な場所なんです。
なぜ貴重なのか‥‥。
ここで、私の師匠を紹介いたします。
『利己的な遺伝子』を翻訳した、進化生物学者で
慶應義塾大学名誉教授の岸由二さんです。
NPOの代表理事を務めています。
─── ほぼ日では、
「緑の丘に、つどいましょう。」という
コンテンツにご登場いただいています。
柳瀬 はい。その岸先生です。
1984年に岸先生が、この貴重な場所を発見しました。
何が貴重かといいますと‥‥形(かたち)なんです。
「流域」という形。

流域とは何か。
雨が降って、その水が集まってくる
大地の窪地のことを流域といいます。
具体的には、雨が降って水が集まると川になります。
ですから、流域の中心には必ず川が流れています。
川のいちばん上流から河口まで、
これをひとつの川の流域というんですね。
小網代の場合は、
「浦の川」という全長1.3キロの川の流域です。
浦の川はさらに細かな支流に分かれて、
葉っぱの葉脈のように谷をつくっています。

緑の手前のところ、
ここが山のいちばん高い部分、尾根ですね。
柳瀬 標高80メートルあります。けっこう高い。
この尾根の手前、
そこはもう流域が変わるんです。
小網代の流域じゃない。
尾根の手前に降った雨は、東京湾に水が落ちる。
尾根の向こう、小網代の谷に降った雨は、
相模湾に水が落ちる。

あらゆる地形は──
とりわけ日本のように雨の多い土地は9割方、
雨水が降って、
土地を削って川をつくり海に流れる「流域」で
ジグゾーパズルのように区切られているんです。

小網代の場合は、
これが(ぐるっと囲む)ひとつの流域。
ジグソーパズルのピースなわけです。
この上に降った雨はすべて、
浦の川に注いで小網代湾に流れ込む。
一同 へええーー。
柳瀬 いま、みなさんがいるこのビルのある青山も、
ある川の流域です。
この近くの川といえば?(生徒を指す)
─── ‥‥‥‥渋谷川?
柳瀬 そう、そうです。
ここは渋谷川の流域です。
だからここに降った雨は、
渋谷川に最終的に流れ込む。

渋谷の道玄坂を登って西のほうに下ると、
目黒川の流域ですね。
渋谷川の源流の新宿御苑より北側は、
神田川の流域です。

東京だと大半の川が
外から見えない暗渠(あんきょ)になってるけど、
流域の地形はちゃんと残っています。
みなさんが住んでいる場所も、
それぞれ何らかの川の流域に属しているんです。
一同 へええええーーーー。
柳瀬 ところが、たいがいの流域は、
必ずどこかに住宅があったり、
道路が横断されていたり、街になっていたり、
工場があったりします。
東京のような都市はもちろん、
四国の四万十川や北海道の石狩川のような
大自然のイメージのある川も、
大河川の場合、どこかが必ず開発されている。

小網代はたった1.3キロの川の流域です。
総面積70ヘクタールしかない。
でも、小網代のように、
森と湿地と干潟と湾とを川が結ぶひとつの流域が
まるごと自然のまま残された場所は、
首都圏ではここしかないんです。
一同 へええーー。
柳瀬 もっと広げるとたぶん、
これだけの広さの自然の流域は、
関東圏でもここしかない。
一同 おおーー。
柳瀬 さらに言うと、
北半球のニューヨークだとかパリだとか
ロンドンだとか、
そういう大きな都市の半径100キロ以内に、
こういう流域があるのは、たぶんここだけだろうと。
一同 おおおーーー。
柳瀬 私の師匠・岸由二さんが、
その定義を発明しちゃったんです。
ほとんどの自然は
流域のパッケージで区分されるだろう。
ということは、
流域をまとめて自然のかたちで保全できれば、
それは関東地方のひとつの
自然を守るお手本になるんじゃないか。
「ならば小網代を残そう!」

1985年、慶應大学の2年生だったぼくは
岸教授に出会い、
それから30年‥‥それを続けてまいりました。
─── (ざわざわざわ)30年‥‥!
柳瀬 ちょうどその頃、80年代半ば、小網代の自然は、
ゴルフ場とリゾートホテルなどになる予定でした。
土地を所有している企業が
そんな計画を打ち出したんですね。
地元にも開発期待がありました。

そういう状況のなかで、
小網代の自然を残そうとしたとき、
ぼくらはどう考えたか‥‥。

「企業とも地元ともけんかをしない」
ということでした。
だって、小網代の自然が守られたのは
土地を持っている企業と地元の方々の
おかげなんですから。

小網代の自然は、1960年代前半まで、
地元の人たちが細かく土地所有し、
田んぼにしたり、
薪炭林として利用していた場所なんです。
それが東京オリンピックの頃から
エネルギー革命で、薪炭林利用が廃れ、
田んぼ利用も減っていった。

その頃、日本で最初のリゾート開発が
三浦半島で起きました。
逗子や油壺にヨットハーバーができました。
小網代にも、湾の入り口に
リゾートマンションとヨットハーバーができました。
石原裕次郎や加山雄三の「湘南」を舞台にした
映画が流行った時代の話です。

そのとき、
薪炭林と田んぼしかなかった小網代の谷を
企業が買収しました。
将来大型のリゾート開発しよう、と決めたんですね。
その結果、
小網代には、家が建つこともなく、
道路が通ることもなく
地元の人たちも手を入れなくなった。
そしたら
約20年で大自然になっちゃった。

もしリゾート計画がなかったら、
ここは普通の住宅街と港になっていただろう。
だから、企業のリゾート計画が小網代の自然を
最初に守ってくれたんです。

だから、自然保護によくある
反対運動のかたちをとることはしなかった。
「ゴルフ場より、もっといい『開発』をしませんか?
 それはここを丸ごと守ることなんです」
とプレゼンしたんです。
それがスタートでした。
─── はあーー(深く感心)。
柳瀬 そして、小網代を守ったもうひとつのヒーロー。
それが、これ、
アカテガニというカニです。
一同 (ざわざわざわ)カニ‥‥‥‥。
柳瀬 木の上にいます。
木の上にいるカニといえば、
思い浮かぶ昔話は?(生徒を指す)
─── ‥‥さるかに合戦。
柳瀬 そう。
さるかに合戦のカニって、
木に登るアカテガニじゃないかという説があります。
一同 へええーーー。
柳瀬 アカテガニが、心ない大人に捕まりました。
一同 (笑)
柳瀬 もちろんすぐに放しました(笑)。
アカテガニは、この小網代の森全体に住んでます。
夏になると海におりてきて、
子どもを産むんですね。
こんな感じで、ワーッとおりてきます。
一同 すごい‥‥。
柳瀬 満月の夜と新月の夜、
海におりてきて一斉に子どもを放すんです。
一同 わーーー。
柳瀬 1回につきだいたい三万匹とか
四万匹の子どもを放します。
一同 うわぁーーー!
柳瀬 このアカテガニは、
小網代の森のほんとにてっぺんまで、
ぜんたいに暮らしてるんです。
それが海におりて子どもを放つ。
途中に道や家があると、
アカテガニはおりられなくなりますし、
海からあがってきた
子どものカニが山に戻れなくなる。
道路がひとつ通るだけで、激減するんです。
実際、むかしは鎌倉あたりにも
たくさんいたそうです。
鎌倉住まいの養老孟司さんにうかがいました。
ところがいまはさっぱりいなくなっちゃった。
理由はすごく明確で、
海と山の間に道路が通ったからですね。

つまり、流域の自然がまるごと残っている場所に
いちばんフィットしてるのが、
この子、アカテガニなんです。
山と川と海がつながってることの象徴ですよね。
「アカテガニをシンボルとして保全しましょう」
ということを最初から計画しました。
そしたらNHKが特集番組を放送してくれて、
これが保全にものすごく役立ったんです。

そして、県が動いてくれて、国が動いてくれて、
いま小網代は流域まるごと
「首都圏近郊緑地保全法」という
国交省の法律で守られて、
「近郊緑地特別保全地区」に指定されました。
神奈川県がぜんぶの土地を買い取って、
山のてっぺんから干潟の手前までを
保全することができるようになったんです。
(レクチャーはつづきます)
2014-07-26-SAT
 
 

小網代の自然に関するくわしい情報や問い合わせは、
下記ウェブサイトやフェイスブックをご覧ください。

NPO法人小網代野外活動調整会議HP

小網代のフェイスブックページ

〈アクセス〉
 所在地:三浦市三崎町小網代、初声町三戸の一部
 最寄駅:京急電鉄「三崎口駅」徒歩10分(引橋入口まで) 
 ※駐車場はありませんので、公共交通機関でお越しください。

〈利用時間〉
 4月から9月 → 8:30~19:00
 10月から3月 → 8:30~17:30

〈ご注意〉
・小網代の動植物は、すべて採集禁止です。
 持ち帰らないでくださいね。
・19時以降の夜間立ち入りは禁止です。
・その他の諸注意はこちらをお読みください

 
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江良美穂(イラスト)、
岸由二(監修)
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