ほぼ日刊イトイ新聞 探検昆虫学者、コスタリカをゆく 西田賢司さんが語る、大好きな「虫」のこと 写真提供:西田賢司
2 寄生、擬態、蝶と蛾
──
これまで、ずっと虫の研究をされてきて、
何か、西田さんのお好きな
エピソードがあったら、教えてください。
西田
やっぱり、さっきの「寄生」に関しては、
おもしろい話が多いですね。
──
はい、西田さんも連載を持たれている
「Webナショジオ」にも
「ハリガネムシがカマドウマに寄生し、
 その心というか脳を操作して、
 カマドウマを
 ハリガネムシの産卵場所である
 水に飛び込ませ、
 そのおなかから、にゅるーっと
 何十センチものハリガネムシが出てくる」
という、まるでホラーな
神戸大学の先生の記事があったのを読んで、
震え上がったのを覚えています。
西田
同じような話だと「ヒメバチ」という、
クモに寄生するハチがいますよ。
──
え‥‥教えてください。
西田
まず、ヒメバチのメスが
巣にいるクモの体の表面に、
卵を産みつけるんです。

で、卵からかえった幼虫が
巣の主であるクモの胴体にくっついて、
体液を吸いはじめるんです。
──
うわ! ‥‥はい。
西田
ちびちび、ちびちび、ちびちび‥‥と。

そうやって
ハチの幼虫は成長していくんですが、
クモも
ふつうに巣にかかった獲物を食べて
大きくなっていくんです。
──
ハチもクモも、日に日に育っていく。
西田
クモは寄生バチに
気づいているのかもしれないんですが、
吸い付いていますから、
ま、追い払うこともできないんですね。
──
手というか足というか‥‥が届かなくて。
西田
で、幼虫がそろそろサナギになる段階で、
クモを操って、
それまでとはまったく違うカタチの巣を
張らせるんです。

ヒメバチがサナギになりやすいよう、
ふつうの「網状」でなく
エックス状になった強度の高い巣を。
──
つまり、宿主を操作して‥‥?
西田
そう、で、そのクモの張った巣の中央で、
ヒメバチは「繭」をつくるんです。
──
すごい‥‥。
西田
クモはたったの一晩で、その巣を張る。
というか、張らされるんです。

で、巣を張らされたクモは
最終的に
ハチの幼虫に体液を吸い尽くされて‥‥
カラッカラになって死ぬ。
──
クモが、ハチに操られて、
最後の作品をつくらされてるみたいな。

でも、ヒメバチは
どうやってクモを操作してるんですか。
西田
タンパク質か何かを
宿主であるクモの体に注入することで、
操っているんだと思います。

このことも、
クモが増えすぎることを制御するという、
自然全体に寄与する行動なんです。
──
大きな視点で見たら、
いいことというか、必要なことであると。
西田
制御役が
特定の獲物しか捕食しないということは、
その獲物が減れば、
その獲物の捕食者自身も、減りますから。
──
誰の意思でもないとは思うんですが、
今みたいな寄生の話などが
ひとつひとつ積み重なって
全体のバランスを保っていると思うと、
何か、気が遠くなるようです。
西田
ここにも、ちいさなクモが。
──
あ、ほんとだ。
西田
元気ですね。クモがいるってことは、
何らかの獲物がいるということ。
──
クモだって、お客さんのいないところで、
お店は開けないですもんね。
西田
人間って、意外と見えていないというか、
「見ていない」んですよ。

見ようと思えば
1センチ以下の虫も、見えてくるんです。
ホラ、ここにも、ちっちゃいのがいる。
──
本当だ。すごくちっちゃいハエ‥‥かな。
西田
こうして生態系が存在するということは
生命を循環させようという力が
この場所には、はたらいているわけです。

そう思えば、都会でゴキブリを見ても、
ニッコリできるんじゃないでしょうか。
──
ゴキブリで‥‥ニッコリ。
西田
だって、そこに命があるだけで、マシ。

何の生きものも見当たらない環境なんて、
逆に、恐ろしいと思いません?
──
なるほど、言われてみればそうですね。
ゴキブリに生命の希望を見ると。
西田
ゴキブリさえも住めない環境だったら、
人間なんか、生きてはいけません。

そうやって発想の転換をしたら、
虫が苦手な人も、
克服できるんじゃないですかね。
──
でも、数ミリのちいさな虫の造作って、
顕微鏡写真とかで
たまに見かけたりしますけれど、
神様の御業かと思うような見事さですよね。
西田
身体の設計がね。飛べたりもしますし、
人間のつくるロボットより
はるかに精巧にできていると思います。

あのちいささで、模様とかデザイン性、
本当に、ものすごい設計です。
危険を感じると
すばやくボールのように丸くなる、マンマルコガネ。
西田賢司『ミラクル昆虫ワールド コスタリカ』より。
──
虫だけのことではないですけれど、
「擬態」というのも、実に興味深いです。
西田
それぞれの環境に合わせて、
何千、何万世代という時間をかけて、
変わっていく。

現時点では、緑色をしている昆虫でも、
環境が変わり、
もっと太陽の光が当たるようになって
周囲が乾燥してきたら、
より茶色い個体が生き延びたりとかね。
──
茶色い個体が「適者」として生存する。
西田
そう、見つかりにくいのが残っていく。

ナナフシの仲間で、
リンカクリス・オルナタという虫が
いるんですけど、
コケの背景に溶けこんでしまって
パッと見、ちょっとわからない。
リンカクリス・オルナタの幼虫を真上からみたところ。
西田賢司『ミラクル昆虫ワールド コスタリカ』より。
──
へえー‥‥。
西田
丁寧に、まるでコケが生えたみたいな、
緑色の突起物まで、全身に。
──
そういう、日本人にはめずらしい虫が
コスタリカには
たくさんいると思うんですけど、
それでも、
蛾や蝶がお好きなのは、なぜですか?
西田
うーん‥‥なんでだろう。

理由はよくわからないんですけど、
男の人って、
蝶が好きな人、多いですよね。
──
え、そうなんですか。女子ではなく?
西田
日本に「蝶類学会」ってあるんですが、
95%は男子だと思います。
──
なんだか意外です。
西田
女性に惹かれるような感覚ですかねえ。

フェロモンみたいな話もありますけど、
何というか、傷つきやすそうで、
やさしく扱わないといけない、
そういう虫なので。
なんと「透明な羽根」を持つチョウ、トンボマダラ。
どんな背景にも溶けこむ。飛ぶと消える! 
西田賢司『ミラクル昆虫ワールド コスタリカ』より。
──
蛾と蝶の違いというのは、
どういうところに、あるんですか?
西田
いや、明確な線引きはないんですよね。

スペイン語などでは
そもそも蛾と蝶を区別してないし、
カブトムシとクワガタの違いと同じで、
似たようなグループの中の、
ちょっと、お互いに離れている2グループ。
まあ、蛾が9割ほどを占めてますが。
──
え、そんな割合ですか。
西田
はい。それに、
新種もまだまだいますからね、蛾は。
──
新種というと、未発見の蛾? 
西田
まだ見つかっていないだとか、
名前をつけられていない、
つまり、
記載されて発表されていない蛾です。
──
これから生まれるということじゃなく?
西田
それはまず、ないんじゃないですかね。

新しい種が生まれるなんて、
人間の歴史では
追いつけないほどの時間がかかるので。
──
そうか。
西田
もし、化石として発掘されている生物が
現在でも生きていたとしたら、
その形は、変化しているでしょう。

別の種に分類されていても、
過去には、同じ種だったのかもしれない。
──
なるほど。
西田
ミンミンゼミという名前のセミが
1000万年後の地球に生き延びていたら、
そのときの人類は
今のミンミンゼミではないセミを
見たり聞いたりしているのでしょうね。
──
つまり1000万年後には
ミンミン鳴いてない可能性がある、と。
西田
そう。環境の変化によっては、ね。
<つづきます>
2016-04-28-THU