カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

3月下旬のよく晴れた月曜日、午前10時。
武蔵野市の、とある幼稚園。

山下哲(43)は、
きょろきょろ動くふたつの丸い物体を
お教室入り口の上に掲げられた板に、
そっと、貼りつけるのでありました。


番外編
春の動眼まつり



第1回第18回でご紹介しました
動眼(どうがん)、
舞台を「幼稚園」にしましての再々登場です。

今回は「おじさん」に
お話をうかがうスタイルではありませんので、
番外編という形でお送りさせていただきます。
いよいよ本格的な春ということで、
「春の動眼まつり」と銘打ち、うららかに。

ただし、まつりといっても参加したのは僕1名。
男ひとりの、静かに熱いまつりでございます。
43歳、妻子持ち、山下哲は、
動眼をじゃらんと握りしめ
武蔵野市の「平安幼稚園」に
お邪魔したのでありました。

保育士の先生が案内してくださったのは、
こんなお教室でした。

「貼るの? ここで、貼るの?」

そう、貼るの。
思う存分、貼らせていただきます。

保育士の先生は「では、ご自由に」と
僕を残して職員室へ。
いよいよ男は、ひとりぼっち。
さあ、動眼まつりのはじまりです!

まずは、ちいさき椅子たちに動眼。

「よもや座るつもりではあるまいな」

工作でつかうハサミに動眼。

「気をつけー!」

粘土遊びの道具入れに動眼。

「なによ、粘土ももたずに」

水槽にも。

「ザリガニ募集中!」

そして、お遊戯には欠かせない
この子たちの登場です。

「おじちゃん、なに歌う?」

「ぱーっといこう、ぱーっと!」

「いや、むしろメローなナンバーを」

「けんばーん!!」

と、ここで見慣れないものを発見。
「ひらがなのおべんきょうボード」
とでもいいますか。
とにかくひとことお願いいたしましょう。
代表で「あ行」のかたどうぞ。

「ま、気が向いたら、べんきょうもな」

そうですね、気が向いたら。
やっぱり子どもたちは遊ぶのがお仕事ですから。

お教室にはもちろん、
なつかしいオモチャがたくさんありました。
僕はケン玉に挑戦してみたりして‥‥。

「‥‥まるで乗らなかったな」

「まわしてっ! ボクからまわしてっ!」

「こんにちは、久しぶりだね」

窓からの光がビー玉に反射して、
ニッコリ笑った口元みたいになりました。

引き続きうろうろしておりますと、
廊下のほうに僕はある物を見つけます。
「ん? あれは?」
と、そちらへ向かう山下哲。

「ん? なに? なにみつけたの?」

それは、げた箱に忘れられた
一足のうわばきでした。

「やえこちゃん、いつ取りにくるんだろ‥‥」

幼稚園は、
数日前に卒園式を終えていました。

卒園式と入園式のあいだの、
ひっそりと静かな幼稚園‥‥。

そんなことを思いつつまわりを見渡すと、
またすこし違った表情がみえてきます。

「さいきん、どろんこの手を洗ってないよ」

「きょうもお洋服、かけてくれないの?」

「はやく、みんなこないかなあ」

「‥‥うん」

タンバリンなどは瞳をうるませております。
そんな気持ちを代表して、
「ひらがなのおべんきょうボード」から
春休み中のおともだちにメッセージを。
どうぞ‥‥。


それから僕は、
うららかな春の光が降りそそぐ
みどり豊かな園庭へと出てみました。

素朴でなつかしい遊具がございます。

「ダメだって、下からのぼっちゃ」

「逆上がりを何年やっていませんか?」

すると、とうとつに、
春のちりとりからこんな報告が。

「桜の樹がさ、あんたに話があるってよ」

え? ああ、はい、行ってみます。
(桜の木へ向かう)
あ、あの‥‥。

「‥‥‥‥‥‥」

な、なにか?

「ちと、はやかったな」

え? はやい、といいますと?

「もう1週間あとなら‥‥。なあ、おい」

「うん、そしたらボクが咲くのに」



たったひとりの春まつりは、
静かに盛り上がって終了いたしました。
やっぱり、動眼はかわいかった。

こころよく撮影許可をくださった
学校法人「武蔵野平安幼稚園」の
井東真紀先生はじめ、すてきな先生がた、
ご協力ありがとうございました。
差し上げた動眼は、
ぜひケータイにでも貼ってくださいませ。

2006-03-29-WED

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