ほぼ日刊イトイ新聞
華道 みささぎ流 家元
片桐功敦さんが生けた、
福島の花。
花/ひまわり 採取地/南相馬市鹿島区南柚木 器/縄文土器(深鉢) 小高区浦尻貝塚 縄文時代中期 大木9式
第二回 2016年7月28日 顔の見える誰かがいるから。
──
1年間、地元の大阪から動かず、
花を生けては、教えるだけの毎日から、
南相馬に移住して
現地の花を生けるという、大きな転換。
片桐
まあ。
──
それは、震災の年の桜の展覧会や
前年のチャリティイベントで感じたことが、
ひとつのきっかけだった、と。
片桐
被災地のことをモヤモヤ考えはするけれど、
自分の血肉に、なっていなかった。

でも、実際に福島へ行って
自分の目で見て、
何かを感じとることができれば、
元々は、福島からの「頼まれごと」だけど、
自分も納得して
花を生けることができるかもしれないなと、
思ったんです。
──
やはり、実際に現地へ行ってみることって、
大きかったですか?
片桐
先ほども言ったように、
花を生けるという行為そのものについては、
たいして違いませんでした。

でも、自分の身体が、そこにあるかないか、
そのことは、すごく重要でしたね。
なにせ「福島の花を生ける」わけですから。
──
1年間、大阪から出なかったことも、
大きかったんでしょうか。
片桐
それは、そう思います。
超絶シンプルな1年間でしたからね。

朝、早く起きて、散歩に出る。
春先などの季節には、
みちばたにも、公園の隅っこなんかにも、
何かしら咲いてますし。
──
花が。
片桐
そう、で、それを摘んで帰ってきて、
生けて、
太陽の光がよくなったら写真を撮る。

日中は教室で教えたり、
その他の、いろいろな雑事をやっていて、
夕方、また散歩に出る‥‥。
──
その繰り返し。
片桐
そう、繰り返し。

いけばなも、誰に見せるわけでもなく、
「ああ、なるほど。
 今日は、こんな感じだったんだ」
というか‥‥。
──
自問自答の日々、という感じがします。
片桐
これまでは、誰か‥‥つまり、
展覧会に来てくれる人だったりとか、
生徒さんだったりとか、
ようするに
誰かに見せるために花を生けることが
圧倒的に多かったんです。

でも、その1年は、
ほとんど、自分のためだけに生けてた。
──
特別な時間だったんですね。
片桐
いったん「振り出しに戻る」みたいな、
そういう感覚はありました。

自分が生けてきた「花」って、
いったい、どういうものなんだろう?
もう一回「地面を踏み固める」ような、
内省的な時期の直後に
福島へ、呼んでいただいたんです。
──
でも、暮らし自体はシンプルですけど、
そのぶん、頭の中が
ぐるぐる回っていそうな感じがします。
片桐
うーん、何を考えていたのかな。

やはり生きものなんですよね、花も。
咲き誇ることもあれば、枯れもする。
──
はい。
片桐
ですから、生きものであるからこそ、
自分が生けた限りは、
みちばたから摘んできたときより、
生き生きと、
場合によってはもっと生々しく‥‥とか。
──
いけばなのことを、考えていた?
片桐
最後、枯れて朽ち果てていくときも、
訴えかけるような強い印象で‥‥とか。

以前から考えてはいたことなんですが、
日々の忙しさの中で、
「ああ、ここまでの密度の仕事って、
 できていなかったな」と。
──
なるほど。
片桐
誰かに見せるわけでもなくて、
生けた花に納得するのも、しないのも、
「自分ひとり」の毎日です。

いけばなの考えを煮詰めていくのには、
重要な時間だったと思います。
──
そんな、まったく動かない1年のあと、
南相馬に「移住」されて。
片桐
はい。
──
その予定で行ったんですか、そもそも?
片桐
いえ、移住までは考えてませんでした。
でも、すぐに‥‥。

きっかけは、ミズアオイの花でしたが、
その花を1回だけ生けて、
ただ1枚の写真を撮ったからと言って、
何にも伝わらないって、
現地へ行って、すぐにわかったんです。
──
それは、なぜですか?
片桐
大きな地震が起きて、大きな津波が来て、
場所によっては人が住めなくなった。

そこが「潟」となり、
絶滅寸前だったミズアオイという植物が、
芽を吹き返したわけですよね。
──
はい。
片桐
震災、福島、自然、いけばな‥‥と
その仕事のまわりには
いろんな事柄が、含まれていました。

それらをきちんと伝えるには、
ふらっと来た「いけばなの先生」が
ミズアオイをいちど生けただけじゃ、
何の説得力もないんです。
──
なるほど。
片桐
だから、福島に行ってすぐの段階で、
気がついたんです。

あ、これは長丁場の仕事になるなと。
──
まずは何から、はじめたんですか?
片桐
僕が行った2013年の福島の沿岸部って、
本当に、まだ「手つかず」でした。

津波の痕跡がまるまる残ってましたし、
原発のがれきも、
持ってく場所が決まってないってことで、
大部分、そのままでした。
──
ええ。
片桐
そういう風景の中に、花が、咲いている。

震災や津波や原発事故という
より「大きな状況」のことをもふくめて
花のことを語らなければ、
ここで生ける意味がないとわかりました。
花/荒地花笠 月見草 虫取撫子 姫紫苑 撮影地/南相馬市鹿島区みちのく鹿島球場
──
それで、腰を据えようと。
片桐
はい、住んでやる以外に、なかったです。

僕に割り当てられていた予算を、
アパートの家賃に使いたいと、
プロジェクトの人たちに、相談して。
──
どれくらいの期間、住んでいたんですか?
片桐
2013年9月にはじめて行って、
9月、10月、11月は通っていたんですが
12月にアパートの空きが出ました。
そこで、すぐに引っ越して、
翌年2014年の8月まで住んでいました。

ですから、7カ月から8カ月くらいですか。
その後も、ひんぱんに通ってましたが。
──
通うと住むとでは、どう違いましたか?
片桐
福島で時間を過ごせば過ごすぶんだけ、
やっぱり、福島について、
肌身で考えるようになっていきました。
──
そのことって
片桐さんの「いけばな」にも影響しましたか?
片桐
そこは‥‥すごく難しいなと思ってるんです。

つまり、大阪から通って花を生けても、
福島に住んで生けても、
もしかすると「表向き」は変わらないものが、
できていたかもしれないので。
──
表向き‥‥というのは、見た目的に。
片桐
ただ、この本
(福島の作品をまとめた『Sacrifice』)には
写真だけでなく文章も載せてるんですが、
大阪から通っていたら、
たぶん‥‥違うものになっていたと思います。
──
それは、どのようにですか?
片桐
つまり、現地って、やっぱり、
それなりにたいへんな経験の連続なんです。
線量計を持って山へ入っていけば、
ずっと音が鳴ってることも、ありますし。
──
ええ。
片桐
それを、たとえば1、2度経験しただけなら
そのことを大げさに取り上げて、
書いてしまったんじゃないかなあと思います。

でも、現地に住んでいれば、
そういうことも「日常」になってきますから、
仮に、そのことを書くにしても
地元の人だったら、どう表現するかなあって
考えるようになっていたので。
──
なるほど。
花/紫陽花 撮影地/浪江町請戸マリンパークなみえ
片桐
そういった放射性物質の問題があるのは
事実ですけど、
住んでいる人にしてみたら
まずは「生活すること」を最優先に、
毎日を、生きていっているわけですよね。

きっと、その部分の感覚がなかったら、
福島の花をいけるという仕事も、
空虚なものにしかならなかったと思う。
──
生けたことは
やはり、片桐さんの「いけばな」全体へ
影響しているんですね。
片桐
たしかに自分は、
それまでずっと大阪に住んでいて
震災の揺れも津波も経験してない
「部外者」なんですけど、
福島に住んで、福島の花を生けてつくった本は、
「部外者がつくった本」に
したくないという気持ちがありました。
──
地元の人たちの反応は、どうでしたか?
片桐
そうですね、南相馬に引っ越してきて、
しばらくは
作品を見せる機会もなかったんですが、
「なんでも
 花を生けているやつがいるらしい」
というウワサが
だんだん、伝わっていったんですね。

で、ありがたいことに、
徐々に、応援してくださる人が増えて。
──
実際、震災をテーマにして「作品」を
作るとなると、さまざまな‥‥
つまり反対の意見が出てくる可能性だって
あるじゃないですか。

その意味で「怖く」はなかったですか?
片桐
それは、正直、ありましたね。当初は。

でも、知り合いになった地元の人から
「その仕事をやってくれて
 自分たちは、いいなと思ってる」とか
「うれしい」とか、
「こういうかたちで
 被災地のことを伝えるこころみは
 今までなかった、
 だから、もっとやってほしい」
という感想や意見を、もらっていたので。
──
うれしいですね、それは。
片桐
もちろん、そればかりが
被災地の声でないというのはわかっています。

でも、「被災地」とか「福島」とか、
大きな枠組みで考えると、
一人ひとりの顔って見えて来にくいですが、
自分の知り合った人たちが
「大丈夫だよ」って言ってくれるなら、
「ああ、俺は、このことを
 やっていてもいいのかもしれないな」
って、思えるようになったんです。
──
なるほど。
片桐
あの人、あの人、あの人、あの人‥‥って、
知り合いの顔が、何人も浮かんできます。

その人たちが、いまも南相馬にいるから、
花を生けることを通じて
思ったことや感じたこと、考えたことを
こうしてメディアで伝えもするし、
これからも
何かあったら現地へ行くだろうと思います。
──
顔の見える誰かがいるから。
片桐
はい。
花/チューリップ 撮影地/浪江町請戸
<つづきます>