主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート55
絶対音感の科学。その1
音感は遺伝? それとも学習?


ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。

以前のレポートで
憧れの職業はなんと言っても指揮者である!
と公言したとおり
音楽に対する愛は強いはずである研究員Aであります
‥‥が、残念ながら神様は研究員Aに
音楽の才能を授けてくれなかったようです。

音楽の才能のひとつかも?
という言われ方もする「絶対音感」。
絶対音感とは楽器の音を言い当てるだけでなく
生活音、例えば「コップを叩いた音」を聞いて
その音階を当ててしまう能力を言います。

普通の人は、二つの音を聞き比べると
「どっちの音が高いか?」ということまではわかるのですが
絶対音感の持ち主は、その辺にある音
‥‥例えば冷蔵庫のモーター音や、ドアの閉める音まで
「これはファのシャープである」
などなど判断できちゃうのです!

とーぜん!研究員Aは絶対音感は持っていません。
4歳からピアノを、その後11歳という比較的遅い年齢で
バイオリンも始めました。
叩けば音が鳴るピアノと違って
自分で音を作らなくてはいけないバイオリン。
音合わせにとーっても苦労したので
「絶対音感を持っていればなー」と
無い物ねだりをしたものです。
まあ、苦労したのは絶対音感のせいだけでは
ないことは確かですけどね、おほほほほ。

持たざる者から見ると
それこそ超人的な能力に思える絶対音感。
これは生まれつきの才能なのでしょうか?
それとも、訓練次第で身に付くものなのでしょうか?
そのあたりを今回から3回にわたって
探っていこうと思いまーす。

絶対音感は遺伝のなせる技?
それとも学習で身に付くの?

「絶対音感は遺伝か学習か?」
この議論は、19世紀末にドイツの音響心理学者
C.シュトゥンプによって科学的な研究が行われて以降、
いまだに続いています。

まずは「遺伝派」のほうから最近のものをひとつ。
「音感の良し悪しは遺伝子のなせる技。
 訓練ではどうにもならない」
とした研究結果が
2001年3月に米科学誌サイエンスに掲載され
話題になりました。その内容をご紹介しましょう。

研究にあたったのは
米国立衛生研究所のデニス・ドレイヤ博士のグループ。
一卵性と二卵性の女性の双子を同数ずつ数百組集め
26のメロディを使い調査しました。

なぜ一卵性と二卵性の双生児で実験を? ってことですが
一卵性双生児は遺伝子構成が同じ!
そもそも同じ卵子、同じ精子から生まれた
片割れ同士ですから。
対する二卵性双生児は
別の卵子・別の精子から生まれた双子です。
共通する遺伝子の割合は普通の兄弟と一緒になります。
というわけで、まったく同じ遺伝子を持つ一卵性双生児は
行動遺伝学の研究ではありがたーい存在なのです。

その数百組の双子ちゃんたちに
それぞれのメロディを「正しい旋律」と
「わざと調子外れの旋律」で流し
曲や旋律の正否をあててもらいます。
その結果は‥‥。

一卵性双生児の全ペアが
2人とも全く同じ回答をしたのに対し
二卵性双生児の回答はまちまち。

一卵性双生児のペアの「全て」が
同じ回答だったという結果がすごい、すごすぎる!

遺伝子構成がほぼ等しい一卵性双生児が
全く同じ回答をしたことで
「音感が遺伝子に関わり深いことが明らかになった」
と、研究グループは結論付けたのでした。

このドレイヤ博士によると
音感の良し悪しは70%から80%が遺伝で
残りは音楽に関する経験など
環境によるものではないかといいます。
そして博士は
「絶対音感がとれない人は
 訓練ではどうにもならない」とまで!
ひー! なんて身も蓋もない!!
研究員Aのかすかな希望まで
打ち砕かれる想いです
(っていうか、まだ諦めていなかったの?)。

プロの音楽家とふつうの人では
音楽を聴くときの脳の使い方が違う!

でもでも! この一つの研究結果で
希望を捨ててしまうのはまだ早いっ。
この反対ともいえる
「絶対音感は遺伝ではない」説の研究結果が
2001年8月に発表されています。
今度はこちらをご紹介することにしましょう。

こちらは東京芸大と国立精神・神経センターの
共同研究の結果です。
この研究では、バッハのイタリア協奏曲を
被験者に聞いてもらい
そのときの脳の様子を核磁気共鳴MRIで測定しました。
そして、
プロの音楽家は音楽を聞いているとき
左側の脳が活発になっているのに対し
普通の音楽家ではない人たちは
右側の脳が活発になった

という結果が得られたのです。

この「プロの音楽家は左側の脳が活発に」
という結果自体とても面白いものなので
後ほどまた解説します。
ちょっと頭に止めておいて下さいね。

左側の脳が活発になっている程度は
「絶対音感を持つ人」や
「幼少時に音楽の訓練を始めた人」の場合に
最も顕著だったとのこと。
そして、脳の左側の活性と
音楽の訓練を始める年齢との相関関係を見ると
絶対音感のような音楽的特殊技能が
子供時代の訓練の結果であって
遺伝的な性質ではないことを示している
‥‥とこのグループは言っています。

うーむ、上で紹介した二つの研究結果
ほとんど反対のことを言っているようです。
ちょっと困りました。

こういうときは、一息おいてみましょう。
ここまで読んで下さった方は
「そもそも絶対音感ってなんなの?」
ってことが気になり始めているかもしれません。
次回、その絶対音感そのものについて
科学的に迫ってみることにしましょう。



参考文献
絶対音感 最相葉月著 小学館文庫
ファインマン物理学(2)
  R.P.ファインマン著 岩波書店
才人をつくる脳、変人をつくる脳
 A.D.ブラグドン他著 廣済堂

参考リンク
BBC News "Genetic clues to musical ability"
Nature BioNews 「脳 :絶対音感は遺伝ではない?」
Perfect Pitch: A Gift of Note for Just a Few
新潟大学人文学部 行動科学講座 (心理学研究室)
絶対音感保有者の音楽的音高認知過程

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2005-04-08
-FRI


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