第4回 体操ニッポン、栄光の行方
永田 具体的な競技についても
ぜひ、教えてください。
まずは、やっぱり、体操について!
刈屋 はい(笑)。
永田 アテネオリンピックでは見事
男子団体で金メダルをとり、
「伸身の新月面が描く放物線は
 栄光への架け橋だ!」という
刈屋さんの名ゼリフが生まれたわけですが、
さて、北京では、どうでしょう?
刈屋 団体戦についていうと、
メダルはとれると思います。
永田 おお。
刈屋 で、ルールが変わらなければ、
おそらく、日本が金だったでしょう。
永田 刈屋さんはこのあたりを
いつも軽々と断言するからおもしろい(笑)。
刈屋 (笑)
永田 ええと、逆にいうと、ルールの改定、
つまり「10点廃止」が、
どう影響するかよくわからないということ?
刈屋 そうなんです。
明らかに不利になるわけではありませんが、
これまでのルールであれば、
明らかに勝つ可能性が高かったでしょう。
10点満点のこれまでのルールであれば、
たぶん日本が金で、
冨田が個人総合のチャンピオンですよ。
永田 うわぁ(笑)。
刈屋 ただ、ルールは変わって、
10点以上の得点が出るようになった。
それがどう影響するのかっていうのが、
今回の体操の最大のポイントですよね。
永田 すいません、
いつもこんな質問で申し訳ないのですが、
新しい採点方式のことを
簡単に教えていただけませんでしょうか。
刈屋 わかりました(笑)。
これまでの採点方式というのは10点満点でした。
これは、8.8点までが「基礎点」で、
そこからの1.2点は、
難しい技を成功させたときに
加算される点数になります。
ですから、簡単に言いますと、
難度の高い技を組み込まない場合、
ミスがなくても「8.8点」ということが
ありうるような採点方式だったんです。
永田 ええと、つまり、これまでは、
「8.8+1.2=10」の「10点満点」で
そこから減点していくという方式だった。
刈屋 そうです。
今回もそういう構造なんですが、
まず、基礎点が「8.8点」ではなくて、
「10点」の幅を持つようになりました。
前の基礎点と同じように
そこから減点されていきます。
これは、正式には「演技実施点」といいますが、
おそらく放送中は「Bスコア」と呼ばれます。
そして、「Bスコア」があるからには
「Aスコア」もあります。
永田 ちょっと待ってくださいね。
ええと、新方式には、
「Aスコア」と「Bスコア」がある。
「Bスコア」は、演技の実施の点数。
全部で「10点満点」で、減点されていく。
刈屋 はい。で、「Aスコア」というのが、
難度の高い技を組み込み成功させることによって
加算されていく点数の部分です。
これは、以前は「1.2点」しかなかったんですが、
新採点方式からは、上限がなくなりました。
永田 上限がない?
刈屋 ありません。
現状での「Aスコア」でいうと、
「6〜7点」くらいを加点するように
演技を組んでいる選手が多いようです。
永田 ということは、「17点満点」くらいで、
そこから減点されていくという感じですか。
刈屋 そうですね。
そういうふうに言うと、
「10点満点」が「17点満点」に
なっただけかなと思われるかもしれませんが、
問題は、選手の力量によって、
演技自体が「17点満点」だったり
「16点満点」だったりするということです。
永田 そこだけで演技の上限が1点違うわけですね。
刈屋 そうです。
そこでの点差が「1点」以上あると、
「ミスなく演技する」というだけでは
勝てなくなってきますから、
少なくとも「0.5点」以内に収める、
というのが現時点での世界の流れです。
いずれにせよ、「Aスコア」がどこまで伸びるか。
そこが、このオリンピックの見どころであり、
ある意味、未知数なところです。
永田 なるほど、なるほど。
で、話は戻りますが、
従来の「10点満点」の方式であれば、
冨田選手がおそらく勝つだろうと。
刈屋 はい。というのは、
アテネの後のメルボルンの世界選手権で、
世界体操連盟が談話として残しているんです。
「冨田という選手は、10点満点の
 採点方法が生んだ最大のスターである」
というふうにそこで総括してるんですよね。
永田 へーーー。
刈屋 つまり、彼は10点満点の中で最高の美しさで
それを表現できるチャンピオンだ、と。
ひいては、このルールが続く限り、
彼はチャンピオンであり続けるだろう、と。
だから、冨田の前の時代にスターだった
ポール・ハムやネモフといった選手は、
派手で、観客にアピールする技でスターになった。
でも、10点満点方式における本当のスターとは、
冨田のように、より美しく、より正確な演技を
こなす選手のことなんだと、
世界体操連盟が総括したわけなんです。
ひらたく言ってしまうと、
「もうこのルールでは冨田にはかなわない」
っていうのが、世界の雰囲気だったんです。
永田 で、ルールが変わっちゃうんだ。
うーん、「なぜ変わる?」っていうのは、
長くスポーツを観てきたファンとして、
もう、言わないというか、さておくとして。
刈屋 そうですね(笑)。
永田 どうなるんですか、
その「Aスコア」が重要になってくると。
日本と、冨田選手は?
刈屋 わかりません。
永田 うわぁ(笑)。
刈屋 実際、どうなるかというのは、
団体の予選を見てもらうのがいちばんですよ。
団体の予選を見て、
「Aスコア」を高くした選手のほうが
ほんとに点が出るのか?
それとも、「Aスコア」を高くしたいがために
難度の高い技を一所懸命組み込んで、
6つぐらいでやめときゃいいのに、
7つくらいの技をやったことによって、
ガクッと減点されちゃうのか、
その傾向が予選でまず表れると思います。
あとは、その流れを、
各チームがどう読むか、ですね。
だから、テレビを観ている方も、
まず、予選でそのあたりを把握すると、
とってもおもしろいと思いますよ。
永田 じゃあ、フィギュアのショートの
「プログラムコンポーネンツ」の
「スケート技術」の点数で、
審査員の傾向を探るみたいに。
刈屋 そうそうそう。
今回の審査の流れはどうなのか、
っていうことがわかりますから。
そして、ミスなく演技するより、
無理してでも難度の高い技を
入れたほうが点数が出る、ってわかったら、
決勝では、みんなそうしてきます。
永田 あああ、それに合わせて。なるほど。
刈屋 そうなってくると、
大きく失敗する選手も出てくる。
永田 じゃあ、もしも、予選で、
新方式のほうに審査が傾くとしたら、
それこそアテネのときのネモフ選手みたいに
派手な技をどんどん成功させて
めちゃめちゃ観客に受ける選手のほうが
点数も高くなるというふうに‥‥。
刈屋 なってくる可能性は大いにあります。
観客が「うわーっ」と叫ぶような技を
どんどん成功させていったら、
たぶんものすごい点がでます。
永田 そうですよね。
刈屋 そして、中国はまちがいなくその方法できます。
永田 ああー、そうですね。地の利もあるし。
日本はどうするんでしょう?
刈屋 日本は団体予選で、今回のライバルである
中国と同じ組に入りましたので、
おそらく、中国と同じ方法をとると思います。
つまり「Aスコア」を多く組み込みながら、
どこまで点が出るかというのを試す。
それによって中国との点差をはかり、
決勝でどういう作戦に出るかというのを
決めるんじゃないですかね。
戦いは、そこからはじまってると
思ったほうがいいです。
永田 うわー。
刈屋 でもね、これ、中国と同じ組だったから
まだよかったんですよ。
違う国になってたら、きっといまより
困ったことになってたと思います。
永田 というと?
刈屋 これまでの採点競技の鉄則からいくと、
だいたい開催国のグループに
点が高く出るんですよ。
永田 あああ、なんとなく、わかる気がします。
刈屋 もし日本が別のグループで予選をやってたら、
たぶんすごく差がついた状態で
決勝をやらなくちゃいけなかったんじゃないかな。
そういう意味では、まだよかった。
永田 なるほど‥‥。
いきなり、予選が楽しみになってきました(笑)。
刈屋 (笑)
永田 今回、体操団体の日本チームというのは
どんなふうにご覧になっていますか。
アテネのメンバーは冨田選手と鹿島選手の
ふたりしか残っていませんけど。
刈屋 そうですね‥‥。
ふたりのベテランがチームを
引っ張っていくことになると思いますが、
個人的には、もうひとり誰か、
経験豊かな選手が入ってくれた方が
よかったんじゃないかな。
永田 若いですよね、今回のチームは。
刈屋 そうなんですよ。
永田 アテネのメンバーでいうと、
水鳥選手は直前にケガをして、
米田選手はわずかの差で落選して引退されました。
塚原選手はどうだったんでしょう?
刈屋 塚原直也くんの場合は、
実力を発揮できなかったというよりも、
作戦ミスというか、
狙ったとおりの点数配分にならなかった、
という感じではないでしょうか。
永田 ああ、じゃあ、選手としての
力が落ちたというわけではなく。
刈屋 そういうわけじゃないと思いますね。
十分にいける力はあったと思います。
結果的には、ベテランがふたり、
若い選手が4人というバランスになりましたが、
もちろんそれは悲観的なことではありません。
エースの冨田にかかる負担が大きくなったのが
ちょっと気になりますが、内村選手をはじめ、
爆発力のある選手がそろってますので、
「Aスコア」の伸びということを考えると、
悪くないメンバーになってると思います。
永田 なるほど。
で、また興味本位の質問になってしまいますが、
中国が優勝候補で、日本がそのライバル、
というふうに考えていいんでしょうか?
刈屋 いまの段階だと「Aスコア」だけでなく
中国がすべてにおいて勝っていると思います。
純粋に現段階の力を比べれば、
中国が1番、日本が2番、3番がロシア、
4番争いがドイツ、ルーマニア、アメリカ。
そういう戦力図になると思います。
永田 わかりやすく断言してくださって
ありがとうございます(笑)。
刈屋 ただ、何度も言いますけど、
あてになりませんよ?
純粋に現在の力を比べただけですから。
アテネのときも、
いちばん強いと言われていたのは
中国でしたからね。
永田 あああ、そうですね。
でも、序盤で脱落しちゃったんですよね。
刈屋 そうです。金メダルどころか、
メダルすら中国は取れなかったですよ。
ただ、同じ轍は踏まないでしょう。
中国は北京を見越したメンバーを
アテネで使ってきて、それで失敗しました。
そこから、ベテランひとりを落として、
メンバーの何人かを入れ変えました。
なんと言っても、冨田の最大のライバルの
ヨウイっていう選手が絶好調ですから、
戦力だけを考えれば、強いですよ。
永田 で、2位が日本。
刈屋 というよりも、事実上は、
日本対中国の一騎打ちと考えたほうが
わかりやすいかもしれませんね。
両者をくらべると、中国の方が分がいい。
ただ、一発勝負なんて、わかりません。
十分に逆転の可能性はあります。
けれども、可能性ということでいえば、
ロシアに逆転される可能性もあります。
というよりも、逆転されるとしたら、
ロシアぐらいしかないという感じですかね。
永田 なるほど、なるほど。
刈屋さんの説明はわかりやすすぎて、
安心なんだか心配なんだか
よくわからなくなります(笑)。
刈屋 ふつうに力が発揮できれば、
日本はメダルがとれると思います。
ただ、金メダルの行方はわかりません。
個人的に思っていることとしては、
今回、北京が舞台で、中国がそれに合わせて
国をあげて取り組んできたことを考えると、
もしも中国についで日本が銀なら、
「体操日本の栄光をちゃんと引き継いだ」と
評価していいんじゃないかと思います。
永田 なるほど。

(続きます!)


2008-08-05-TUE

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN