水野仁輔さんって、どんな人?~糸井重里、水野さんに新しい肩書きをつける。~
3.サイエンス・カルチャー・ノスタルジー。
水野
だけど「謎がおいしい」というのは
カレーには確実にありますよね。
糸井
あるんですよ。
そして、それもまた魅力なんです。
水野
そこについてはぼくも、
カレーの活動をしながら、よく考えるんです。
イベントなどをするときに、
ボヤッと、フワッとさせておいたほうが
盛り上がりやすいんです。
みんなが盛り上がると、ぼくもたのしくて。
糸井
それはそうですよね。
水野
ただ、ぼくには同時に、
「でも謎のままじゃ嫌だ。ちゃんと知りたい」
という気持ちもあるんですけど。
糸井
はい(笑)。
水野
だけどとにかく、そのあたりの話は
すごくおもしろいと思ってて。
さっき黒豆の話で糸井さんが
「作れるようになって、つまんなくなった」
と言ったじゃないですか。
それ、変なんですよ。
「おいしくなってるのにつまんなくなる」って。
糸井
そうなんです。
なのにそれ、あるんですよね。
正直言うと「カレーの恩返し」でぼくは、
家でのカレー作りが
ちょっとつまんなくなったんです。
なんというか‥‥良すぎて(笑)。
水野
そう、答えがわからないときや
苦労してるときのほうがたのしくて、
そのほうがおいしく思える場合も
あるんですよ。
糸井
それは「結婚」と「恋愛」みたいなことですかね。
水野
うーん‥‥ぼくにはその問いは、
ちょっと難しすぎますけど(笑)。
糸井
(笑)
水野
だけどいま「恋愛」と聞いて思ったのは、
たとえば、つきあってる2人がいて、
彼が彼女のためにカレーを作るわけです。
そして彼が
「4時間かけてタマネギをアメ色にしたんだよ」
とか伝えて、食べた彼女が
「おいしい!」とか言うわけじゃないですか。
そのおいしさのなかには、
「わたしのために4時間やってくれた」が、
すごく重要なエッセンスとして
入っているわけじゃないですか。
糸井
入ってますね。
水野
それで「なんか、ありがとう」とか言って、
「ねえ、おいしいね」とか言い合って。
それで、どういう状況かわかりませんけど、
そのカレーを食べている2人のところに
ささっとぼくが行って、
「いやいやいや、タマネギ炒めに
4時間とか要らないから」
‥‥とか言ったら。
「15分で大丈夫だから」って。
一同
(笑)
水野
そんなことを言い出したら、
ぼくはもう、この2人を冷めさせる
最悪の人間ですよ。
糸井
そこに行ったらね。
水野
だけど、カレーのタマネギをどうしたいか
だけを考えたら、4時間は要らないわけです。
とはいえ、2人の「おいしいカレー」のためには、
その4時間がすごく大事なんですよ。
糸井
それは、既製品で売ってるセーターを
手編みで編むみたいなことですね。
水野
そうそう。
「性能」と「そこに込められた思い」は
また別なわけです。
糸井
そこは「思いの話」なんですよね。
水野
結局カレーって、さまざまな要素が、
おいしさに影響を与えるんです。
まず「サイエンス」と「カルチャー」の
側面があって。
糸井
「サイエンス」と「カルチャー」。
水野
たとえばインドの料理人たちが
チキンカレーを作るときには、
鍋にバーンと生肉をぶち込んで、
強火でグツグツ煮るんです。
インド料理はそうやって、何百年も安全に作られてきた。
これはインドの食文化であり、
「カルチャー」側の作り方です。
糸井
ええ。
水野
だけど調理科学の「サイエンス」の視点からすれば、
鶏肉は、下味をつけて、
表面を焼いて余計な脂を落として、
弱火で優しく煮たほうが、絶対おいしくなる。
この2つは相容れないわけじゃないですか。
糸井
そうですね。
水野
そこを混同しはじめると、おかしくなるんです。
たとえばインド料理研究家が、
「本場はこうだから、これがおいしいんだ」と
インドでの作り方を絶対視するとします。
たしかに本場の作り方はそうなんだけど、
いっぽうでサイエンスの
「インド人もこうやって煮込んだほうが
きっとおいしいと思うでしょ」
という視点も、別にある。
どこに軸を置くかで、
「おいしい」の正解は変わってくるんです。
糸井
そのときに水野君が助かるのは
自分が作り手でもあるからですね。
いまの話をしたあとで、
「じゃあ、どういうカレー作るんですか?」
って言われたときに
「ぼくはこう作ります」が言えるわけだから。
水野
それはありますね。
まさに来週末、ぼくはある料理家さんの
料理教室に呼んでもらって、カレーを作るんですよ。
「おいしいインドカレーを教えてほしい」と
誘っていただいたんですけど、
それもやっぱり「カルチャーカレー」でいくか、
「サイエンスカレー」でいくか、
スタンスを決めなきゃなと思っているんです。
インドの食文化について話しながら、
「インドの料理はこうです」と作るやり方もできるし、
「インドはこうですが、調理科学的には、
やっぱりこのほうがおいしいから、今日はこうします」
というやり方もできる。
糸井
さらに言えば、2つとも作っちゃって、
食べ比べてもらうことだってできるし。
水野
それもできますね。
そして、さらにカレーのおいしさには
いまの「サイエンス」と「カルチャー」
に加えて、さっきの
「わたしのために4時間
がんばってくれたからおいしい」
といった「思い」の部分も絡むじゃないですか。
糸井
あるねえ。
「お袋のカレー」とかもそうだよね。
水野
そうなんです。
そういうときのおいしさってもう
「サイエンス」とも「カルチャー」とも
まったく違うところにある。
特にカレーの場合は、この「思い」の部分が
すごくおもしろいんですよ。
「サイエンスカレー」と「カルチャーカレー」と‥‥
糸井
「ノスタルジックカレー」?
水野
そうそう、ノスタルジックカレー。
「で、おいしいカレーにも
これだけありますけど、どれにしますか?」
みたいな考え方ができるわけです。
糸井
そしてカレーの話はものすごく
「ノスタルジックカレー」の影響力が
大きいんですよね。
やっぱりお母さんカレーとか、
足腰がしっかりしてるんですよ。
水野
そう。みんな、思っている以上に、
「思い」の部分が大切だったりするんです。

(つづきます)
2016-05-01-SUN