ほぼ日の伊丹十三特集
hobonikkanitoishinbun


第3回 芋たこをどうぞ。
ほぼ日 伊丹十三さんという人は、
名店と呼ばれるおいしい店に
若い友人を誘い出して、
教えるでもないけれど、教える、
というような、矢吹さんにしたようなことを、
わりとみんなに?
矢吹 うーん、わからないです。
ほぼ日 ということは「伊丹組」みたいな
横のつながりは、ないんですね。
矢吹 そういうのはなかったけれど、
後から、本やなんかで、
だれそれさんをかわいがっていて、
というような話を知りました。
そんなふうに、ときどき、
自分の仕事がらみで知り合った若い人を、
育てたくなるのかもしれないね。
育てるっていうか、
かわいがるっていうか、
なんて言うのか、わからないけれど。
ほぼ日 「教える」とは違いますものね。
矢吹 うん、教えないよ、全然。
呼び出して、体験させてくれる。
そんなふうな中に、
何度か家に呼ばれたことがあって、
そこで食べたのがこの「芋たこ」なんです。
ほぼ日 はい。これがその「芋たこ」。
里芋と、たこの、煮物ですね。
矢吹 どうぞ、おめしあがりください。
ほぼ日 いただきます!
‥‥おいしいです。
矢吹 そう(笑)。
ほぼ日 とってもおいしいです。
これは、お酒がほしくなりますね‥‥。
矢吹 お酒も、どうぞ、どうぞ。
(家に)いらっしゃいって言われて、
わりと早めの明るいうちに行ったら、
伊丹さん、なんか仕事してるらしくて、
「これ」って。
目の前に料理を置いて、
いなくなっちゃったんだよ。
ほぼ日 呼んでくれたのに、仕事中なんですか。
矢吹 でも、仕事中だとは言わないんだよ。
ほぼ日 ただ、ぱっと‥‥。
矢吹 置いていなくなっちゃう。
ほぼ日 それが、芋たこ。
矢吹 「ちょっと失敗作だけど」って。
ほぼ日 ほんとに失敗作だったんですか。
矢吹 そうは言うけれど、
ちゃんと家庭惣菜風の芋たこだったよ。
「辻留」さんなんかがつくったら、
生たこから、たこはたこで煮て、
芋は芋で煮て、
最後に盛りつけるんだけれど、
伊丹さんは二つ合わせて煮るみたいな、
やや家庭惣菜風になっていた。
本来はどういうものをつくろうと
思ってたのかわからないんだけれど。
ほぼ日 ということは、作り方は‥‥。
矢吹 教えてもらっていないよ。
ほぼ日 ありゃ、やっぱり教えてはくれないんだ。
矢吹 こんな味だったな、という再現です。
ほんとうの伊丹式は、わからない。
ほぼ日 添えてある茗荷は、伊丹さんから?
矢吹 これはね、伊丹さんじゃないの。
どこかのお店で食べてね、
ちょっと普通の甘酢漬けとちがうから
訊いたら昆布で〆てあるんですよ、っていうの。
それ以上は教わっていないんだけれど、
甘酢に昆布の刻んだの入れても
いいんだろうけどさ、
ぜいたくに挟んでみたんだ。
ほぼ日 おいしい‥‥ますます、お酒が。
矢吹 どうぞ、どうぞ。
お椀も、いかがですか。
ほぼ日 ありがとうございます。
これはなんですか?
矢吹 はははは。
ありものです。
ほぼ日 お魚?
矢吹 鮭の塩びきをお酒でちょっと戻して、
生臭いですから、はりしょうが。
ほぼ日 ああ‥‥おいしいです。
矢吹さんは、伊丹さんから、
マナーみたいなことも、学ばれたんですか。
『ヨーロッパ退屈日記』に
書かれているようなこと。
矢吹 ふふふ、伊丹さんは、
マナー、すごくひどいよ。
ほぼ日 え、そうなんですか!
知らなかった。
矢吹 知らないでしょ。
ほぼ日 ぜんぜん知らないです。
矢吹 そりゃさ、タキシード着ているようなときは、
知らないよ。
でも家にいるときとか、
我が家に来たときもさ、
その辺の床に転がってさ、
足を家具へ乗っけるの。
ほぼ日 自分の家みたいに?
矢吹 でも自分の家じゃないんだよ。
本人はそんなふうだったけれど、
伊丹さんの本からは、
知らないことは、ずいぶん勉強しました。
アーティチョークの食べ方とかね。
ほぼ日 『ヨーロッパ退屈日記』に出ていますよね。
こうやってしごくんだ、って。
矢吹 食べるところ、ほとんどないんだけれどね(笑)。
ほぼ日 あと、あの本で、
アルデンテを教えてくれたのは、伊丹さん。
矢吹 そうそう、あれもそう。
それまで、うどんのような
スパゲティーしか知らなかった。
だいたい自分で茹でるものでは
ないと思ってたからね。
ほぼ日 食べ方も、載っていましたよね。
矢吹 そうそう。巻き方ね。
ほぼ日 お皿にスペースを空けて数本をとり、
フォークの先を皿に軽くおしつけて
皿から離さず時計回りに巻く、っていう。
矢吹 うん。
あとから、雑誌で
「文人ごはん」という連載をしたときに
そのことを書いたよ。
(スクラップをひろげて)
これがそうです。
ほぼ日 スパゲッティ・アル・ブーロ。
バターとパルメザンチーズ‥‥
あ、夜食にしたり、
おなかをこわしたときに食べる、
おかゆのような存在のパスタですね。
このイラストには見覚えがあります。
矢吹 イラストレーションは、
伊丹さんの模写です。
ほぼ日 伊丹さんはイラストレーションが
ほんとうに上手ですよね。
矢吹 上手だよ。
やんなるほどうまいよ(笑)。

(おしまい)

2009-07-29-WED


24. 『フランス料理を私と』。
 
料理を趣味とし、フランスについてのエッセイもある
伊丹さんが、初めて本格的な料理の本として出したのが、
1987年12月に出版された『フランス料理を私と』です。
 
これは雑誌『文藝春秋』での連載をまとめたもので、
全編オールカラー。料理の工程から出来上がりまで
写真もたっぷりで、香ってくるようです。
 
しかし伊丹さんですから、ただの料理本ではありません。
冒頭で
 
「エー、今日は。今月から私、
 諸先生方のお宅へ押しかけては
 フランス料理教室を実演するという役を
 仰せつかりまして、第一回の今日は
 玉村豊男さんのお宅に
 こうして大勢で押しかけました。」

 
という文章から始めているとおり、
料理の先生(辻調理専門学校の水野邦昭さん)たちと
ゲストである著名人や学者の家へ行き、台所を借りて
作って、食べて、ゲストと語り合うという、
とても贅沢なつくりになっています。
 
伊丹さんにとってはたいへん興味のある料理を
習うことができ、ゲストはおいしい料理を食べられ、
よき聞き手である伊丹さんと専門分野について
おしゃべりできるという、みんなが楽しそうな本です。
 
そして、冒頭の文のとおり、
その語り口は、料理の手順のところでも
伊丹さんお得意の、しゃべりことば。
先生とのやり取りで、食材や料理の理解が
どんどん深まるという、実用の部分も優れています。
 
メニューの一例を挙げると
・イトヨリのソテー、ブール・ブラン・ソース、
 ズッキーニ添え
・卵のココット、フォアグラとキノコ風味
・海の幸のクネル、ブーダン風 キャビア・ソース
・ブイヤベース
・牛フィレ肉のグリエ、赤ワイン・バター
などなど。
食材はなかなか手に入りにくいもの、
高価なものも使われているので、
すべての料理を家庭で作るのは難しそうですが
(手軽に作れるメニューもあります)、
読んでいればこれから、
フランス料理店でのメニュー選びが
楽しめるようになるかも。
 
さて、ゲストにはそうそうたるメンバーが並んでいます。
対談のテーマであるタイトルとともに並べると、
「フランス料理」玉村豊男さん、「育児論」岸田秀さん、
「神話学」北沢方邦さん、「日本人論」佐々木孝次さん、
「言語学」西江雅之さん、「進化論」日高敏隆さん、
「契約」山本七平さん、「精神療法」福島章さん・
岸田秀さん・佐々木孝次さん、「都市論」槇文彦さん
「男と女」山本哲士さん、「小津安二郎」蓮實重彦さん・
岸恵子さん、「錬金術」種村季弘さん、辻静雄さん。
 
一見高尚な感じですが、
伊丹さんという案内人がいるので、
岸田秀さんとの対談の本
『哺育器の中の大人―精神分析講義』や
雑誌『mon oncle』で見せた手腕のとおり、
どのお話もするすると読んでいけます。
伊丹さんのダイエット法は、
母親との関係が影響していた、
といった、深い話も語られています。
(ほぼ日・りか)
 

『フランス料理を私と』(文藝春秋)表紙。
Amazonではこちら
 
前へ
このコンテンツのトップへ