第8回 脳の気持ちになって考えてみてください。
池谷 ペンを横に噛む習慣の話って
まえにしましたっけ?
糸井 ‥‥それは?
池谷 これ、80年代に発表された実験で、
3年ぐらい前に、再び話題になったんですけど、
ペンを、こうして横にして、「イイー」って
歯で噛んでいる状態で、マンガを読むんです。
つぎに、こう、ペンを縦にして、
ストローをくわえるように唇を
「ううー」っていう形にして、マンガを読む。
その2種類の状態でマンガを読んで、
マンガのおもしろさに10点満点で点数をつけます。
すると、同じマンガを読んだとしても、
くわえ方によって点数が違うんです。
具体的には、ストローみたいにして
「ううー」ってくわえたときは平均4.7点。
ところがペンを横にして
「イイー」ってくわえたときは6.6点でした。

「ううー」ってくわえたときは平均4.7点。


「イイー」ってくわえたときは6.6点。
糸井 そんなに。
池谷 横にして噛んだほうが
2点も上がるんですよ。
どういう理由かというと、
顔の表情が笑顔に似るからなんです。
糸井 はーー。
池谷 べつに笑ってるわけじゃないですよ。
でも、笑顔に似た状況をつくると
感じ方がちゃんと変わってくる。
糸井 つくり笑顔だけでいいんだ。
池谷 そういうことになりますよね。
でもね、これは、考えてみると、
当たり前といえば当たり前の話なんです。
ちょっと脳の気持ちになると
よくわかるんですよ。
糸井 「脳の気持ちになる」(笑)。
池谷 糸井さん、
「私は脳である」って考えてみてください。
すると、
脳は頭蓋骨の中に閉じ込められていて、
いわば幽閉された、
孤立した存在だっていうことに気づきませんか。
そこは、真っ暗闇なんですよね。
牢屋に入ってるみたいで、なんにも見えなくて、
外界から完全に隔離されてる
ひとりぼっちの世界なんです。
だから、脳それ自体では、
外の世界のことはわからない。
糸井 ‥‥うん。
池谷 どうやったらわかるかっていうと、
ひとつしか方法がなくって、
身体を通じてわかるんですよね。
糸井 うん。
池谷 手で触ってみるとか、目で見るとか。
だから、自分の体がどうなってるかって
脳にとって、とても重要、っていうか、
「それしかない」んですよね。
糸井 うん。そうだ。
池谷 となると、
こうやって「イイー」って噛んで
マンガを読んでるときの
その瞬間の、脳の気持ちになって考えてみると、
いま、脳に入っていく情報が2つありますよね。
「笑顔をつくっているようだ」ということ、
それから「マンガを読んでいる」っていうこと。
「笑顔」と「マンガ」という、この2つの事実を
もっとも納得できる形に結びつける説明って、
「マンガがおもしろい」しかないんですよね。
糸井 はーーーー。そうか。
いや、そうですね。
まいった。拍手だよ。
池谷 だから、糸井さんがさっきおっしゃった、
「明るくしているというだけでも大事」
っていうのは、まさに正しいと思うんです。
糸井 いやー、なるほどなぁ。
池谷 さらにいうと、さきほど糸井さんは
「ポジティブでいこう」っていうと、
なんだかあやしい印象があるとも
おっしゃってましたけど、
たしかに、こういう実験っていうのは、
サイエンティストから微妙な扱いを受けるんです。
脳科学というよりは、
心理学や宗教として扱われるというか、
正確には実験心理学っていわれるんですけど。
糸井 なるほど。
池谷 でもですね、この実験については
昨年の6月に脳研究としてのメスが入ったんです。
つまり、「イイー」って噛んだときの
脳の活動を調べた人がいるんです。
そうすると、ドーパミン神経っていう、
快感とか、心地よさとか、幸せとか、たのしさとか、
そういうものを司る神経に
動きがあるらしいことがわかったんですよ。
だから、つくり笑顔をつくると、
ほんとにたのしくなるんだっていうのが、
明らかな事実として浮かび上がってきました。
糸井 もう、全員で、ペンを横にして噛んだまま、
会議をやりたいね(笑)。
池谷 あはは、そうですね(笑)。
だから、私、ほんとうに、やるんです。
なんか今日は気分落ち込んでるなぁ
っていうときには、
指でもペンでも、イイーっと噛んでみます。
これまた短い時間でいいんですよ。
30秒ぐらいで。
糸井 ああ、言われて思い出したけど、
昔、こういうことも思ったんです。
外を歩いているときにね、
まぁ、自分が少しは人に
知られているということもあって、
あんまり誰かと目が合ったりしないように
っていう気持ちでいるんです。
で、たまたま誰かと目が合ったときに、
笑ってる人だと恥ずかしいなという
気持ちもちょっとあって、
結果的に、こう、さえない感じで
うつむきながら歩いてることが多いんです。
で、あるとき、ふっと思ったのは、
なんでオレはそんなに
機嫌悪く歩いてなきゃいけないのかと。
池谷 (笑)
糸井 それは、機嫌悪くいる状態に対して、
脳が怒ったのかもしれないけど、
笑ってる人として見られたら
恥ずかしい、みたいな気持ちが
どれほど重要なんだって思ったんですよ。
で、これからはちょっとだけ、
ほんと、わかんない程度に笑おうと思ったんです。
具体的には、それまでよりも、
2パーセント笑おうと思ったんですよ。
池谷 2パーセント(笑)。
消費税以下ですね。
糸井 うん(笑)。
まぁ、その2パーセントが
実際には、どのくらいのものか知らないけど、
おんなじに見えてもいいから、
あいかわらず不機嫌だと思われてもいいから、
自分としては、ちょっと笑おうと。
2パーセントくらいは笑顔でいよう、
っていうのを意識しながら歩いてみたら、
ほんとにたのしくなったんですよ。
池谷 おおーーー。そこだ。
糸井 そこなんですよ、ほんとうに。
だって、歩いてるときに、
むすっとしている必要なんてないからね。
それがわかっただけでもたのしくなった。
池谷 理由のない抑制から解放されて。
糸井 そうなんです。
で、たぶん、池谷さんでも、
大学を歩いているときなんかは、
やっぱり学生に見られている可能性があって、
立場上、意識はしてると思うんです。
池谷 キリッとしてないといけないっていう、
変な義務感が。
糸井 そうそうそう。
でも、ほんとは必要ないですよね。
ぼくも、話しかけられないようにって
これまで生きてきたけど、
それがそんなにイヤなのかっていうと
ただ「はい」って言えばいいだけだったりするし。
池谷 ああ、そうですね。
あらためて考えて見れば、
こだわる根拠なんて、そもそもないわけですよね。
糸井 っていうようなことが、さっきの、
「真っ暗闇のなかでひとりぼっちの
 脳の気持ちになって考える」っていうことばで
すごくよくわかった。
池谷 脳には、自分の身体のことしか
わからないんですよ。
だから、私、最近、
思い出し笑いを隠さないようにしてます。
電車のなかとかでも。
糸井 ああ(笑)。
池谷 ま、はっきり言って、
ひとりでにやにやしてる人って、
気持ち悪いかもしれないんですけどね。
でも、たとえばスマートフォンとか見ながら
笑っちゃったりしたときも、
もう、隠さずに、ニコって笑うようにしてます。
だって、もったいないじゃないですか。
糸井 そうですよね。
 
(つづきます)
2010-10-06-WED