演出家と観客を、ここちよく騙す。 堀尾幸男さんの 舞台美術という仕事
 
アトリエ訪問編 第6回 「足跡」を、段ボールで表現。
堀尾 ええと、次は‥‥。
というか「次も」なんですけど、
同じく野田秀樹さんの
『透明人間の蒸気(ゆげ)』という作品です。

── これは‥‥
どこが舞台の正面になるんでしょう?
堀尾 こっちですね。
こちらからこうやって、お客さんは観るわけです。

── ああ、こうでしたか。
すごい奥行きですね。
こんなことができる劇場は‥‥。
堀尾 新国立劇場です。
きょうお見せする模型はぜんぶ、
そこでやった公演のものになります。
わかりやすいし、細かくつくってもいますので。
── そうですか。
これはオペラではなくて?
堀尾 野田さんの、演劇の公演です。
── しかし‥‥
ほんとにすごい奥行きですね。

堀尾 新国立劇場の中ホールで、
前舞台と後ろ舞台があるんですが、
オペラハウスと同じように20m×40mの舞台です。
── ふつう、こういう使い方は‥‥。
堀尾 多くはないでしょうね。
これ、実際はもっと奥行きを感じるんです。
奥のほうをもうすこし狭めて、
遠近法を使ったので。
あと、模型ではクリアに見えてますが、
ここに照明が入って、スモークがたかれると
もっともっと深く見えるんです。

── なるほど‥‥。
はるか奥のほうから人が走ってくるんですね。
堀尾 ええ。
役者が疲れますけどね。
── すごい(笑)。
この人形も走ってる形です。

堀尾 それは阿部サダヲさんですね。
── あ、そうでしたか。
堀尾 こっちが宮沢りえさん。

── わあ、そうですか‥‥。
舞台の正面にいろんなものがぶらさがってますが、
これは?

堀尾 二十世紀で消滅してしまうものを集めたんです。
── ああ、なるほど、
公衆電話、オート三輪、ヤカンなどがあります。
で、やぶれた日の丸の旗も。
堀尾 日の丸は風呂敷で、消滅してしまうものを
包んでタイムマシーンに乗せて、逃げようとする。
あの世に。そういう物語です。
── はあ〜。
堀尾 古いものをまとめて、つまり、天皇制までも
含めて包んで持ち逃げして隠そうという。
皮肉にもタイムマシンは壊れ、日の丸はやぶれて、
集めたものは落ちてきてしまう。
つまり、天皇制の話も戦争のことも
あの世にぜんぶ持ち逃げしようとしたのに、
それらが隠せなくなってしまった。
やぶれた日の丸を星条旗で補修、繕うとかね、
そんなくだりもあるんです(笑)。
そういう、隠そうとしても隠せないよ、という
野田さんの一流のアイロニーがある舞台でした。
── そういうお話だったんですか‥‥。
堀尾 いやでも、例によって野田さんの脚本ですから
説明が難しいんですが、
天皇制の話かと思っていたら、
物語は透明人間の話だったりして、
いろいろこんがらがってるんです(笑)。
変な話ですけど、
ラストは拍手をしたくなる程、
うまい具合にまとまっていくんですよ。
‥‥いや、ほんとに説明が難しい。
── わかります(笑)。
野田さんの舞台は観て感じるしかないんですよね。
堀尾 そうですね(笑)。
── この模型の素材は、段ボールのようですが、
実際にはどういう素材で?

堀尾 実際にも、段ボールを使ったんですよ。
── え? あ、そうなんですか、へええ〜。
堀尾 野田さんが欲しかったのはね、
「足跡」なんです。
── あしあと。
堀尾 鳥取砂丘での話だから。
── ああー。
堀尾 「砂地に足跡をつけたい」って言うんです。
「透明人間が足跡を残す」というあれです。
じゃあ、ほんとうの砂を入れるか
という話も出たんですが、
いろんな問題が出るからぼくは嫌なんですよ。
のどを痛めたり目に入ったりで、
役者は芝居どころじゃなくなるし。
だいいち、
砂丘だから本物の砂っていうのがおもしろくない。
── なるほど。
堀尾 それで、じゃあダンボールはどうだろう
っていうことになったんです。
最初は思うようにいかなかったんですけど、
梱包用で、片面のデコボコがむき出しになってる
タイプの段ボールなら足跡がつくんです。
これ、サンプルが残ってました。

── 「舞台床使用物」って書いてあります。
堀尾 指で押してみてください。
── は、はい。



ああ、たしかにへこみます。
これは、足跡がはっきりできるんでしょうね。
堀尾 野田さんも「おもしろい」というし、
これでいくことになったわけです。
── ‥‥あの、でも段ボールっていうのは、
へこんだら戻りませんよね?
堀尾 ええ。
芝居が終われば足跡だらけです。

── ということは‥‥。
堀尾 張り替えです、上演ごとに。
1カ月くらいの公演だったので
たしか30ステージ以上ありました。
毎回、全面張り替えました。
── ‥‥すごい、すごいです。
  (つづきます)
2008-06-23-MON
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