第4回 140文字ずつ論文を書いている。

糸井 話を当時のことに戻しますけど、
早野さんがデータに張りついていた時期というのは
どのくらいまで続くんですか。
早野 3月中はずっとそうでしたね。
で、3月の終わりに一度、ぼく自身は
「もう、だいたいいいかな」と思った時期があって。
ツイッターもやめようと思ったんです。
糸井 あ、そうだったんですか。
それは、どういう理由から?
早野 要するに、人々の関心が、
放射線量そのものよりも、
健康への影響に移っていったんです。
水道からヨウ素が出たりとか、
そういう時期ですけど。
糸井 はい、はい。
早野 そのあたりから、ぼくは専門家ではないので
健康影響については言わないようにしようと思った。
まぁ、震災直後はほかに言う人がいなかったので
少しはそういうことも言ってましたけど、
それについては本当はもっとしかるべき人、
専門家が言うべきだと思っていて。
ぼくの周りのことでいうと、
東京大学の医学部の中川(恵一)先生が、
3月17日くらいにツイッターを始められたんです。
糸井 たしか研究室名義で始めたんですよね。
早野 そうです、「チーム中川」というかたちで。
で、人々の関心がすごく高かったので、
中川さんのチームのフォロワー数が
すぐにぼくのフォロワー数を上回ったんです。
そのときにぼくの役目は一旦終わったなと。
4月になって、新学期もはじまるし、
ぼくは一度離れて本職に戻るぞと思ったんです。
実際、関係者に「もうやめるよ」って言いました。
そしたらですね、3月25日に、
東電がとっても変なデータを出したんです。
「塩素38が見つかった」というものなんですけど。
それで、これはきっと再臨界しているに違いない、
ということで、世の中が騒がしくなったんですね。
(※東電は4月20日にその測定値を撤回)
ところがぼくは、データを見た瞬間に、
これは東電の発表が間違ってると感じたので
そうツイートしちゃったんですよ。
これはあり得ないことで、
再臨界の証拠にはならないですよ、と。
そうにつぶやいたら、やっぱり反響が大きくて、
「新学期もはじまるし、ツイッターやめます」
とは言えない雰囲気になっちゃった。
それでけっきょくいままで続いているんですが、
ただ、ふり返ってみると、
その後にできたさまざまな人々との人脈が
いまの僕の福島での活動を支えているので、
結果的にはあのときやめなくてよかったと思ってます。
糸井 あの、いま、お話をうかがってて思ったんですが、
いま早野さんがトピックとして挙げられた
節目節目のツイートって、ぼく、ぜんぶ覚えてますね。
早野 あ、そうですか。
糸井 それほど染み入るように読んでたんだ
っていうことを、いま自覚しました。
早野 なんかね、そういうことを、
最近、いろんな方からうかがうんですよ。
あのころ、ツイートをぜんぶ読んでましたとか、
頼りにしてましたとか。
ぼくとしては、あんまり曖昧なことも言わず、
専門用語なんかもきちんとつかいながら
言うべきことを容赦なく、直球で言ってましたから、
そういう意味でいえば、
手加減せずにやっててよかったなとは思います。
糸井 本当に頼りにしてました。
懐中電灯の光で必死に地図を見てるみたいな、
そういう感じでした。
早野 いや、そんな(笑)。
糸井 本当に、いろんな人が見てたと思いますよ。
人数だけじゃなくて、いろんな立場の人が。
早野 ああ、そうですね。
役所の方も見ておられましたし。
最近は、マスコミの方から、
あのときは勉強させていただきました、
って言われたりします。
糸井 あんな事態でなければ、
新聞に書いてあることを読めば
だいたいのことは済んじゃってたんでしょうね。
あの時期って、新聞に書いてあっても
NHKが何か言っても、
それで「そうか」とみんなが
納得するような感じではなくて。
早野 そうでしたね。
糸井 あらゆることが、
「どっちもあるかもしれない」と思わせたし、
どんなテーマだったとしても、まずは
「わからない」から出発せざるを得なかった。
だからこそ、脅したり煽ったりするんじゃなくて、
わかってるに決まってることだけを
言ってくれるっていう人が、必要だったんです。
それで、早野さんのツイートを、
みんなが頼りにしたんですよ。
早野 ああ、なるほど。
糸井 また、早野さんは、
「どうなってほしい」ということ、
自分の希望や立ち位置みたいなことを
ひとつも書かずに、ただ事実を書いてらっしゃった。
そこがやっぱり、
みんなが信頼した理由だと思うんです。
「できたら、こうあってほしい」という気持ちは、
たぶん、ひとりの人間としてはあったと思うんです。
だけど、その色メガネをかけたまま
データを見てると、やっぱり伝え方が変わってくる。
早野さんはそれをしてなかったから、
いろんな人が頼りにしていたわけで。
早野 ああ、それをわかってくださっているのは、
さすがというか、ありがたいです。
やっぱり、ふだん科学者として
研究したり論文を書いたりしてる、
その「素の自分」がそういうスタンスなんですね。
糸井 ああ、なるほど。
早野 もちろん、研究しているうえで、
「このデータ、思い通りにこう出たらいいよな」
とか、思うことはあって。
糸井 でしょうね。
早野 「大発見!」みたいな論文書きたいんだけど、
当然、そうは書かないわけで。
それとまったく同じことを、
あのときはツイッターを通じてやっていたんです。
また、我々が論文を書くときは、
たとえ煩雑だと感じても、
必ず参考文献って書くわけですよね。
それと同様に、ツイッターでなにか発信するときも、
自分が発言している内容の元の情報は
どこにあるのかっていうことを
必ず添えるようにしていました。
だから、あれって、本当に
140文字ずつ論文を書いているような、
科学者として論文を書くのと、
ほぼ同じつもりでやっていましたね。
糸井 ああ、だから、頼りにしていたのは、
早野さんが発信するデータだけじゃなくて、
そういう「姿勢」も含んでいたと思います。
そこも含めて、自分も身につけたいなぁと
思っていましたね。
やっぱり、自分の発言というのは、
自分という生身の人間と地続きですから、
「自分が生きやすいように」
発言してしまうんですよ。
それはそれで自然だと思うんですが、
大切なことがそれで曇ってしまうとしたら、
やっぱりよくないと思うんです。
かといって、生身の自分の発言を
禁じすぎてしまうのもよくない。
ということで、あのころは、
うまくしゃべれないことだらけだったんですね。
そのときに、早野さんを見て、
こういう距離感みたいなものを
学べるんだったら学びたいなと思ってました。
早野 学生として私の研究室においでになりますか。
冗談です(笑)。
糸井 たぶんぼくは、その研究室には
不適格な人間だと思うんですが(笑)。
あの、恋愛の期間中に
「あばたもえくぼ」っていう言い方がありますよね。
反対の言い方をすると、
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」。
早野 はい。
糸井 気持ちの持ちようで、なんでも素敵に見えたり、
逆に腹立たしく思えたりする。
たまたまポストにハガキを出しに行ったら
好きな人に出会って「運命だ」って思う。
その思い込みというかロマンチシズムというのは、
それはそれでみんな大好きなんです。
ただ、「運命じゃないよ、そういうことはあるよ」
っていう、もうひとりの自分がちゃんといないと、
そのロマンを味わうにしたって
やっぱりおもしくないんですよ。
早野 ああー、なるほど。
糸井 とくに、震災のあと、
あれだけの大きな渦が社会にできてしまうと、
両方をきちんと持ってないといけない。
そうじゃないと、「こういう運命だ」って
言いたい人はその発想で事実をとらえてしまう。
早野 はい。
糸井 なんというか、運命を予告しておいて、
「ほら、言ったとおりだ」って言いたい、
みたいな人が出てきてしまうんですね。
そうじゃなくて、事実は事実として
見分けのつく人間でありたい。
数字やデータの完全な読み方はわからないにしても、
それはちょっと言い過ぎじゃないかとか、
好きだからそう言ってるんじゃないかとか、
そういうことがきちんとわかるというのが
ぼくの理想のひとつなんですよ。
そういう、ひとりひとりの集まりでありたい。
早野 なるほど。
糸井 その意味で、ようやく言える時期が来たというか、
当たり前のことを確認し合える時期が
きたんじゃないかなぁと思っています。
早野 そうですね、そういう時期ですね。

マンガ・鈴木みそ

鈴木みそさんのプロフィール」
2013-06-20-THU