BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

第1回 お宝はどこに?

第2回 “価値”を決めるもの

第3回 漱石の手アカ

糸井 古書の場合だと、
価値というのはどこで発生するんですか。
出久根 内容が勝負ですね。
うんと古いもので
外装に価値があるというモノもありますが、
そのへんになると古書というより、もう骨董の世界。
僕が骨董と違うなと思うのは、
古書だとある程度、値段の相場があるんです。
そして本の価値は、
業者よりお客のほうがよく知っています。
骨董は値段がないわけじゃないけど、
普通の人にはわからない世界でしょう。
仲畑 骨董にも公定価格に近いものは一応あるんです。
だけど利休の頃の茶碗は全部、見立てです。
だから井戸茶碗にしろ伊羅保にしろ、
もとは朝鮮からきた
李朝時代の飯か汁茶碗、雑器じゃないですか。
それを当時の茶人が使い、
いちばんの親分である千利休が
「これはええぜ」
って言ったら、
いきなり立派な箱に入れられちゃったりね。
城と交換したなんてこともあるし、切腹した人もいる。
骨董ではそういうふうに価値が上がることを
「出世した」と言うけど、
不確かという前提は歴史的にずーっとあるんだよね。
出久根 怪しいといえば怪しい。
糸井 仲畑さん一人が「いい」と言っても、
仲畑さんという人の価値がすごく高くない限り、
値段も上がらないよね。
仲畑 だから千利休の「いい」という言葉は、
何千人分くらいの「いい」って価値があったんだな。
出久根 古書は、ある一人だけが「いい」と言っても、
そこで値段はつかないです。
何百人か何十人かの買い手があって、
はじめて値段がつく。
だから値段に限度もあるし、
そういう意味ではわかりやすい。
仲畑 それ聞いて面白いと思ったのは、
古写経は骨董と古書の両方で扱うでしょ。
あれ、骨董屋でも値段はあまり上がってないの。
天平の『大般若経』の一紙が俺にも買えるんだもん。
千年以上前の肉筆だぜ。
古書店も扱うから、
骨董業界だけで上げ切れないんだね。
出久根 つまり、古書業界は一つの重しの役もしてる。
糸井 近代人がいるんだ。
古書で贋物ってあるんですか?
出久根 本は内容が勝負ですから、そんなにはないです。
仲畑 でも古写経にはありますね、大聖武や中聖武に。
6年前に良寛の古写経を650万円で買ったけど、
それが、このあいだ骨董屋に持っていくと100万円よ。
業者間の値に基づくと、
この金額だと彼らは言うんだけど。
糸井 本物ではある。
だけど650万円の本物ではない。
仲畑 本物か贋作か、そこがまた難しくてさぁ。
俺が買った理由も卑しいのよ。
良寛には、ひらひら書きと細書楷書と
二つの字があるでしょ。
その古写経にはなんと、両方が入ってたの。
で、俺は考えた。
贋作者の立場にたつと、
見せ場が二つあるものに挑むのは大変じゃないか。
糸井 まさに推理ドラマだ。
仲畑 俺なら、こんな苦労の絶えないことはやらん。
バレそうなところは、少なくするだろう。
だから、これは「真」だ。
ならば650万円で買う価値はあると。
出久根 でもね、贋物づくりって、
贋物くさく見えるところを一点つくる。
それがコツだって。
完璧はかえって疑われる。
仲畑 そうなんだよねぇ。
俺が買ったやつ、
たしかに弱くてきれいすぎるんだ。
出久根 贋作者って心理に長けた人間ですよね。
人の心を逆手にとって。
糸井 推理作家ですよ。
仲畑 たしかに茶碗なんかも割れてたりキズがあると、
逆に安心するもんね。
完品だと値段は高くなる。
そのかわり売りにくいだろうね。
見る側が「これが本物なら大変だ」って、
距離感もっちゃうから。
人との関係もそうだけど、
キズがあるって、相手をラクにしてあげるよね。
糸井 ラクにしてあげる−−いいな。
出久根 キズを愛でてるんでしょうね。
仲畑 普遍的な骨董の美ってことで言うと、
わびさびだ、景色だって言うのは日本だけですね。
割れたものを金で接いで、
「ああ、いい金接ぎだ」。
シミを景色と言ったり、雨漏りがいいとか。
向こうの人なら、さっきの李朝の壷みたいに
全部そういうのを抜いちゃう。
出久根 日本人は不完全なものをよしとし、
歴史の垢を尊ぶってことですかね。
古本では“手沢本”というのがありましてね。
夏目漱石とか将軍だとか、
有名人の遺愛の書のことで、
その人が何度も触れるうちにツヤが出てきたモノ、
それを尊ぶんです。
ただ、旧蔵者が本当にその人だったかどうかは
ツヤだけじゃ判断しづらい。
漱石もわれわれも手のツヤは同じですから。
そのとき、ものをいうのが書き込み。
漱石の筆跡の書き込みがあると、
漱石の手沢本として評価されるわけです。
糸井 それ、ちょっと欲しいなぁ。
漱石がどこに何を書き込んだかというのは、
興味ありますもんね。
出久根 あと判断材料となるのが蔵書印。
仲畑 骨董だと、箱書きの極めというのもあって、
「この箱書きは間違いない」
ってナニガシが書いてる。
それも、疑い始めたらキリないけどね。
出久根 このあいだ、
「漱石の手紙がある」
という電話があったんです。
写真を見た段階で贋物とわかったけど、
面白いのは、
「出どころは?」
と聞くと、
「昔、ひいおばあちゃんが夏目家の女中に行ってた」
と言うんです。
ああ、やっぱりと思いました。
というのは、古書業界では、
女中=贋物伝説というのがありまして。
糸井 伝説になってるんだ!
出久根 出どころが名家の女中というのは、
まず贋物と思って間違いない。
女中のことについては誰も知らないもの。
書かれたものの中にも名前なんて出てこないしね。
だから、よく使われるんです。
糸井 そうなんだぁ。

第4回  幻想を求めて

2000-11-10-FRI

BACK
戻る