BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。


男は“歴史の垢”を愛でる
(全4回)


値段がわからない。
本物か贋物かわからない。
誰が使ったかわからない。
わからないだらけの“骨董道”
--古いモノたちはあなたに何をささやくか?

構成:福永妙子
写真:橘蓮二
(婦人公論1999年12月22日号から転載)


仲畑貴志
コピーライター。
1947年京都府生まれ。
サン・アド勤務
などを経て81年に
仲畑広告制作所を設立。
サントリー・トリス
「雨と小犬」により
81年カンヌ
国際広告映画祭で
金賞を受ける。
著書に
『コピーライターの
仕事』他

出久根達郎
作家。古書店主。
1944年茨城県生まれ。
73年高円寺に
古書店を開業する。
85年珍本奇本に
まつわる話をまとめた
『古本綺譚』を上梓、
『本の
お口よごしですが』
で講談社エッセイ賞、
『佃島ふたり書房』
で直木賞受賞
糸井重里
コピーライター。
1948年、群馬県生まれ。
「おいしい生活」など
時代を牽引したコピーは
衆人の知るところ。
テレビや雑誌、
小説やゲームソフトなど、
その表現の場は
多岐にわたる。
当座談会の司会を担当。



婦人公論井戸端会議担当編集者
打田いづみさんのコメント

「マンション売って、仏像と交換したい!」
−−仲畑さんの叫びは、その後どうなったか。
「宇宙人のコスチューム着て、
 UFOの本を探しに来るお客サンがいて……」
−−出久根さんの顧客は、今も健在か。
「僕、石器は持ってます」
−−糸井さんも、遥かかなたに思いを馳せる。

“物も人間もオモロイ”古物世界に魅せられた
お二方を迎えた、今回の座談会。
まるでそこに逸品の壷があるかのように、
まるで漱石の手沢本があるかのように、
手つきも目つきもうっとり、の座談風景が印象的でした。

第1回 お宝はどこに?

出久根 仲畑さんが雑誌に連載していた骨董の話、
いやぁ、面白かった。
仲畑 出久根さんにそう言うてもらうと、嬉しいな。
骨董の話というと、
たいていテメエの持ってるものを自慢するんだ。
「つまらないモノですが、
 あそこの美術館にあるアレとほぼ相似のモノです」
とかさ。
そういうの、つまんないよね。
骨董の世界はもちろんモノ自体も面白いけど、
人間もオモロイんです。
出久根 そうです。人が面白い。
仲畑 モノについてだけだったら、
博物館のオッサンが書きゃいいんでね。
やっぱり人が右往左往するところが……。
糸井 あのね、お二人で勝手に話を始めないように。
僕が笛吹いてからにして。
仲畑 そうか。フライングしました。
糸井 僕は骨董に手は出してないんだけど、
一度だけ、仲畑さんちで見せてもらったとき、
「なんか、コイツから離れられない」
という茶碗があったんです。
他の器は何も感じないのに、それだけは気になって、
ずーっと触ってた覚えがある。
仲畑 ありゃ、いいやつだもん。
糸井 自分に縁がなければ
骨董ってわからないものだと思ってたのに、
あの茶碗は、見て触っただけで、何かを感じた。
ああいうことがモノと人間の間にあると知っただけで、
驚きだったんです。
仲畑 あのとき、僕もへぇーと思ってね。
あれは唐津の中でも
“一等賞”と言われるほどの逸品なんです。
そういう素性をぜんぜん知らなくても、
いいものは心に届くんだなぁと思ったのよ。
糸井 仲畑さんは、骨董の中でも、
「このジャンル」と決めて集めてるの?
仲畑 それが骨董って、なかなかそうさせてくれないのよ。
「いいな」っていうのがどんどん出てくるから。
ただ、中国モノには手を出さないようにしてる。
あれはキリがないし、好みということでも、
精緻に過ぎてあまりピンとこないしね。
出久根 骨董に興味をもつようになったきっかけは
何だったんですか?
仲畑 一回、蕩尽してやろうと思ったんです。
というのも、僕、一時期、ノイローゼになって、
そのときにお金はなにも助けてくれなかったのね。
それで、自分が持ってるささやかな金を、
全部ゼロにしてやれっていうのがあって。
出久根 骨董は金使いますからね。
仲畑 いくところまでいくには、やっぱり金がいる。
糸井 でも骨董にいったのは、
金を使えるってことだけじゃないでしょう。
仲畑 女だって、金使えるもんな。
糸井 たしか以前に、
「俺、お経買うたねん」とか、言ってたよね。
仲畑 そうそう。もともとは書が好きだったんだ。
それで古写経にちょっと興味をもって、
神田の古書店をウロウロと。
糸井 ああ、骨董の前にそれがある。
仲畑 あったんだね。
それで古書店に行くうち、
骨董屋にもあるって言われて。
糸井 そうか、古写経はどっちにもあるんだ。
同じ古いモノでも、骨董と古書では分野は違いますよね。
その境は?
出久根 古本屋の場合は、基本的に紙と文字
−−まあ絵もありますが−−
それ以外はあまり扱わないです。
それから古本屋は
現物そのもので勝負するところがあって、
どんなものでも骨董とは言わず、
古書という形での売買になりますね。
仲畑 だから古写経はそのままだと
古書とも骨董とも言えるけど、
バラして軸にしたら骨董に入る。
糸井 そういうことか。
出久根 額に入れると骨董になるとかね。
そういうふうに売り方の形態も違うし、
棲み分けはどこかでやってます。
糸井 それで仲畑さんは、写経探しに、
骨董屋に行くようになったわけね。
仲畑 最初、骨董屋で壷なんかが
いっぱい並んでるのを見たときは、
「なに? これ」
「きったねぇなぁ」
と思ったんだよ。
糸井 嫌悪感があった?
仲畑 あったね。
ぜんぜん興味なかった。
でも何度か行ってると、
写経ってしょっちゅうあるもんじゃないから、
しょうがなく店の人が壷の話なんかするのを聞いてて、
そのうちにだんだんと……。
出久根 仲畑さんをひきつけた骨董の魅力ってなんですかね。
歴史……?
仲畑 うーん、歴史といっても、
古けりゃマルってことじゃないんですよね。
鏃を見ててもしょうがないし。
糸井 俺、石器は持ってるよ。
仲畑 恐竜の卵も持ってたよね。(笑)
糸井 うん。
あのくらい遥かかなたになると、急に興味がわくの。
仲畑 骨董となると、まず、
人による伝播ということがあるでしょう。
それと器形そのものの美というのが
やっぱり介在してる。
美って、実に難解な妖怪みたいなもので、
だから愛しいんだけど。
出久根 でも最初から、
そういう理屈で入ったわけじゃないでしょう。
仲畑 一つには、悔しがりだったんだね。
出久根 悔しがり?
仲畑 骨董屋に行き始めた頃、
よくわからないのに知ったかぶりしてね。
ちょっとサイズがいいかげんな
伊万里のぐい呑みを見たとき、
とりあえず、「これいいな」と言ってみたんです。
「いくら」って聞くと、
店のオヤジは人差し指を1本立てる。
でも、1万か10万か100万なのか、わかんないんだ。
自転車でも冷蔵庫でも、指1本だと、
「これ、10万だ」ってわかる。
だけど、1万から100万円まで
100倍の価値の揺れのところで、
俺、うーむ、汗タラって。
これ、ショックだったんです。
それが悔しくて、グラグラっとさせられちゃったのね。
糸井 別の価値観の世界があったんだ。
知ったかぶりも通用しなかった。
仲畑 僕ら、つい背伸びしちゃうから。
僕らというより「僕が」だね。
糸井 その「僕が」というのをバラすと、
この人、俺がジャージのトレパンはいてたりすると、
「それ、ええなあ」って、すぐに買いに行くんですよ。
値段とか、どういいのかも考えないで、
ともかくデパートに行って、
「いっちゃんええの、くれ!」って。
トレパン買うのに「いっちゃんええの」ですよ。(笑)
仲畑 いっちゃんええのは、いっちゃんええでしょ、
やっぱり。(笑)
出久根 金のことを考えたら、骨董にはハマれませんね。
いいと思えば欲しい。
糸井 じゃ、仲畑くん、偶然、骨董の世界に向いてたのね。
それで、さっきの指1本の答えは?
仲畑 1万円。なぜわかったかというと、
「ちょっとまけてよ」と言ってみたら、
「じゃあ、このくらい」って、今度は指2本。
これまた2万だか20万だかわからないんだけど(笑)、
最終的に「2千円まけときましょう」
っていうのを聞いて、
そうか1万円なんだって思ったのよ。
出久根 100万円で2千円まけるなんて、
商売上あり得ないことですもんね。
仲畑 距離が合わないでしょう?
出久根 古本屋は符牒なんて使わないですよ。
そりゃもう、1万円なら1万円ってちゃんと言います。
そのへんは、骨董って実に不可思議な世界だと思う。
仲畑 骨董屋ってイヤラシイとこあるよ。(笑)

第2回 “価値”を決めるもの

第3回 漱石の手アカ

第4回  幻想を求めて

2000-11-05-SUN

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