嘘に共感し、嘘に怒り、嘘に感動する。
ニュースやSNSを見ていると、
客観的な「事実」よりも、
感情に訴える「嘘」が人々を動かす
「ポスト真実」という考え方が、
より広がってきているように思います。
そもそも、なぜ人は嘘をつき、
嘘にだまされてしまうのでしょうか? 
許される嘘と許されない嘘のちがいは、
どこにあるというのでしょうか? 
世界中のセレブを魅了するマジシャンとして、
「嘘をつくこと」「人をだますこと」に
人生をかけてきた前田知洋さんに、
嘘とマジックにまつわるお話を、
たっぷりと教えていただきました。
担当は「ほぼ日」の稲崎です。

原則2
受け手がその嘘を望んでいること

──
原則その2、
嘘をうまく作用させるには、
「受け手がその嘘を
望んでいなければならない」。

これはどういう意味なのでしょうか。
前田
原則2は「振り込め詐欺」を、
例にするとわかりやすいと思います。
いわゆる「オレオレ詐欺」ですね。

たくさんの人が、
あの詐欺にだまされる理由って、
どこにあると思いますか?
──
え、オレオレ詐欺に? 
うーん、なんだろう‥‥。
前田
じつは、オレオレ詐欺って、
世界中で4世紀以上もつづく
古典的な詐欺のひとつなんです。
──
えぇ、そんなに昔からあるんですか!
前田
歴史をたどっていくと、
スペインの無敵艦隊の時代
にまでさかのぼれます。
昔は「スパニッシュ・プリズナー」
と呼ばれていて、
手紙をつかった詐欺でした。
──
まだ電話もない時代ですね。
前田
手紙にはこう書かれています。

「わたしはスペインの牢獄に、
無実の罪で捕らわれている。
看守にいくらかワイロをわたせば、
無実を証明することができる。
だから、わたしにお金を
送ってくれませんか」と。
──
ほう。
前田
その手紙を
イギリスのお金持ちに出したところ、
「なんてひどい!オレがたすけてやる!」と、
みんながお金を送金してしまい、
あっという間に被害が広まったんです。

そのあと
「スパニッシュ・プリズナー」は
世界中で大ブームの詐欺になって、
イギリスやアメリカでは、
いまでも重罪に指定されています。
──
オレオレ詐欺に、
そんな歴史があったとは‥‥。
前田
じゃあ、この古典的な詐欺に、
なぜいまも人がだまされるのか。
タネあかしをすると、
それは人が潜在的にもつ
「だれかを助けたい」という欲求を
利用しているからなんです。
──
助けたい、という欲求‥‥。
前田
オレオレ詐欺に
だまされやすいお年寄りは、
ふだんから若い人や社会との
関わりがすくない人が多いそうです。

そういうお年寄りが
「だれかの役に立ちたい」
「孫のために何かしたい」
と思っているところに、
孫を名乗った人から
「大変なことが起きた、助けて」
と電話がくるわけです。
──
はい。
前田
日ごろから潜在的に
「だれかを助けたい」という欲求を
持っている人であればあるほど、
「あ、これは嘘だな」と疑う前に、
「よくぞ自分にいってくれた」と、
そう思ってしまいます。
──
そういう人の良心に
つけ込んだ詐欺だと思うと、
ますます許せないですね。
前田
はい、まったく許せません。
オレオレ詐欺というのは、
人として卑劣で、最低な行為なんです。
──
はい。
前田
ただ、きょうは嘘の話なので、
ひとまず道徳的なことは
別にして考えてみようと思います。

ぼくがここでいいたかったのは、
嘘というものは、
「相手がいて、はじめて成り立つもの」
だということです。
そして、相手に嘘を信じこませるには、
ちょっといい方は悪いですが、
受け手の「潜在意識」を、
利用する必要があるということです。
──
潜在意識を利用する‥‥。

でも、ときどきマジックを
「ぜったいにだまされない!」
と思いながら
見る人っていますよね。
前田
はい。
──
そういう人って他の人より、
だまされにくいということでしょうか?
前田
うーん、そこはあんまり関係ないですね。

ちょっと逆説的になりますが、
人は「だまされたくない」と思いながらも、
どこかで「だまされたい」という欲求を
持っているような気がするんです。
もちろん、ぼくの仮説ではありますが。

ときどき映画館に
「泣き」に行く人っていますよね。
失恋したあとなのに、
わざわざラブロマンスをみたりして。
──
あ、はい。ぼくもそうかも(笑)。
前田
テレビドラマをみるときも、
「これは嘘だ」とわかっていても、
人は登場人物やストーリーに、
かんたんに感情移入してしまいます。

フィクションと知りつつも、
あえて自分をだまして、
そして感動したりするわけです。
──
たしかに‥‥。
前田
ミステリーの女王、
アガサ・クリスティの言葉に
「人々はだまされたがっている。
だから、私がだましてあげましょう」
というのがあるんです。
──
かっこいい(笑)。
前田
さらに、19世紀初頭に活躍した
フランスの有名なマジシャン、
ロベール・ウーダンという人も
「人は、ただだまされたいのではなく、
紳士にだまされたいと思っている」
という言葉を残しています。
──
紳士にだまされたい‥‥。
うーん、なかなか深いですね。
前田
深いですよね。
そういう人たちの言葉からも、
「人はだまされたいと思っている」
というのは、
そんなにまちがっていない気がする。

ただ、そういう話をすると、
「それはおかしい」
という意見もあると思うんです。
そりゃそうですよね。
だれだって、
だまされてお金を失いたくないし、
嘘ニュースで損はしたくない。
──
そういう嘘に
「だまされたい」という人は、
どこにもいないと思います。
前田
人はマジックやドラマの嘘には
「だまされてもいい」と思うけど、
詐欺やデマという嘘には
「だまされたくない」と思っている。

つまり「いい嘘」と「悪い嘘」の
境界線のようなものが、
そのあたりにあるわけです。
──
なるほど‥‥。
前田
そこで知っておいてほしいのが、
嘘の原則その3なんです。

(つづきます)
2018-01-07-SUN