YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson777 表現するほうへ

「受かるか、落ちるか」、

そこに心が固くとらわれてしまうと、
私もふくめ人間は弱いので、

「ちょっとでも落ちる可能性のある
 全てのことを避けよう」
と短絡的になり恐れに支配される。

ほんとは逆、

「ちょっとでも受かる可能性があるのなら
 できる努力を全てしよう。」

結果を恐れぬ勇気もそこから湧いてくる。

先日、

私の文章を読んで、
「こういうことしたら試験に落ちるってよ」
と言っている人がいて、

びっくりした。

それは試験などに全く関係ない
ごくごく私個人の意見を書いていた文章で、
「落ちる」など一言も書いてないのはもちろんのこと、
試験の「し」の字も、どこにもない。

「いったい、この文章のどこをどう読めば
 そんな結論になるのか?」

もう1人そういう人が表れて、
調べてみたら2人とも、
ある採用試験の受験生だった。

説明して、誤解は解けて、
誤解を招く可能性のある文章も削除して、
一件落着だったのだが、

「なんかちがうよなあ、そうじゃないよなあ」

という気持ちが湧きおこっていた。

「これをしたら落ちる」
という物言いを、私は決してしない。

これは、
小論文教材を編集していたとき、
高校生の心に届くコミュニケーションを試行錯誤して、
自分と高校生の間につかみとったスタンスだ。

受験生にあることをさせないために、
「こうしたら落ちるよ」
と言えばカンタンなのに、
私は、どうしても言いたくない。

このスタンスは、
自分にとってかなり重要なものだと、
いまさらながら気がついた。

でも、なぜだろう?

「こうしたら落ちるよ」も、
「受かるためにこうしよう」も、

実質たいしてかわりないではないか、
と問いかけて、
ハッと気づいた。

いや、全然ちがう。

「表現に制限をかける言葉」と、
「表現させる言葉」と。

そして私は仕事柄、
「表現させるほう」を選らんでいたのだ。

人はつくづく表現したい生き物だ
と、表現教育の現場で
たびたび思い知らされる。

たとえば、恋愛の告白で、
相手に自分の想いを充分に表現できた人は、
成就しなくても、深い歓びがある。
そういう人は、男性にも女性にも、
若者にも年長者にも、多くいる。

「存分に表現できた、それだけで人は生き生きする。」

受験も、恋愛とは真逆のようでいて、
自己表現のひとつと思えるときがある。

それは、受験生が、
自分で立てた目標に向かって
コツコツ努力してチカラが伸びていっているときや、

受験生が、自分のアイデアで勉強法を編み出して、
それがうまくいっているときや、
友達に伝授しているとき。

想いがカタチになり、
自己が表現され、
生き生きしてるなあ!と思う。

でも、「こうしたら落ちる」は何か違う。

自由に制限をかける言葉だ。

落ちるのが恐い、
落ちたくないから、
何かをしないようにする。

自分の自由な表現の一角を閉ざすことで、
結果を得ようとする。

生き生き、のびのび、できない。

落ちる可能性のあることを
すべて排除していこうとすると、
閉ざすものが次々増え、
自由はどんどん制限され、
縮こまっていく。

ちょうどそのころ、
美容系のDMが来た。

読んで、一瞬でしぼむ感じがした。

その文章は、
みもふたもない要約をしてしまうと、

「来ないと汚くなるから、美容に来い。」

結局、そういうことを言っている文章だった。

それを見て私は、
「汚くなったらいけない早く行こう」とは
思えなかった。
「いやなことを言われたなあ」と、
ずーん、と暗くなった。

それだと、どっちに転んでも不本意だ。

汚くなったら困るから、
不本意だけど行くか、

汚くなるという不本意を引き受けてでも、
自由でいるために行かないか。

どっちもあんまり生き生きできない。

おせじでいいから、
「山田さん、磨けば光るから、
 春だし、きれいになろう!」
みたいな文章だったら、
気分が明るくなったと思う。

言葉のかけ方には、

無自覚に、人の自由を制限したり、
表現の一角を閉ざそうとするものがある。

一方、

その人の本意を引き出したり、
その人らしさをより表現させたりするものもある。

自分の理想に向けて、
表現したり、努力しているとき、
人は生き生きし、
結果を恐れぬ勇気も、そこからわいてくる。

「表現する方へ」

人に対しても、自分に対しても、
声をかけていきたいと、私は思う。


先週のコラムにいただいた
読者のおたよりを1通紹介して
きょうは終わろう。


<「ゼロから切り拓くチカラ」を読んで>

『つねに世間では多数派にいて
 ガッツリ守られて生きてきた人と、
 つねにアウェイで、
 そこを何とかコミュニケーションを通じさせ、
 自分で居場所を切り拓いて生きてきた人』

私は後者で、
学生の頃はみなに馴染めず苦労しました。
大人になり試行錯誤の末、
今は自分なりの方法を見つけ随分生きやすくなりました。

しかし、子どもが私にそっくり!

保育園はマイペースで許してもらえた息子も
4月から始まった小学校ではそうはいかず、
きっと苦労するに違いない!と、
まだ起きもしていないことを心配する毎日でした。

『ゼロから切り拓くチカラ』を読んで、

あぁこの子も生きていくチカラを鍛え始めたところなんだ
と思ったら、少し肩の力が抜けました。

苦労するだろう今ばかり見ていないで、
超えた先を考えながら、
子どもを見守っていきたいなと思います。
(PAO)



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超満員御礼!
大幅に増席し、4月24日(日)を追加しましたが、
おかげさまで満席。現在、両日キャンセル待ちのみ受け付けています。
(追加の24日分も下記の同じ入口から申し込めます。)
そう遠くないうちに福岡にまた行きます。次の機会もたのしみに!


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2016-04-20-WED
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