YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson667
   アートのチカラ


アートを語るたまじゃないのは、
自分自身、よーくわかっている。

でも将来、辛く、
身も心もボロボロに行き詰まることがあったら、
私は、アートに触れたいと思う。

暮れにアートに触れてから、
なんだか、とっても、おさえようなく、
自分がずっと、元気なのだ。

一緒に行った姉夫婦も、正月に会ったら
いつになく生き生きしてる。

命の芯みたいなところが、
すっきり! ウキウキなのだ。

なんだろうこの、アートのチカラは?

私も姉も昭和の田舎町で生まれ、
ちいさいころ唯一の娯楽といったら、
家族で、こたつでテレビを見るくらい、
美術館はおろか、絵一枚、見に行くこともなく育った。

お義兄さん(姉の夫)も、
アートとか言われても、さっぱりわからんようで、
行く前から「わからん、わからん」と。

そんなトホホな私たちだったからこそ、
暮れに「直島」に行ったとき、
無欲、かつ、無防備に
アートに身をさらせたのかもしれない。

「直島」は、
瀬戸内の海・空・島の自然と、
ホテル・美術館などの建造物、
いたるところに絶妙に置かれた芸術作品が
とけあってひとつのアートになっている。

たずねる人は、
アートの中を歩き、アートの中で食べ、
アートの中で泊まり、
日本の原風景のような自然とアートの中に、
時間ごと、心ごと、すっぽり身をゆだねる。

たいそうなことを言えば、
アートを見に行くんじゃなくて、
短い時間でもアートのなかで生かされる。

作品たちも、
美術館のガラス箱におとなしく収まるような物じゃなく、
とにかくデカイし、
あるものは野外にでーんと構えて陽光と海風をバックに
圧巻の生命力を放ち、
あるものは巨大な建築と一体になって、
圧倒的な別世界に、一瞬で、訪れる者を連れ去る。
謎をかける。

暮れに直島に行くことになったのも、
姉夫婦を誘ったのも、
ほぼ「衝動」、だけだった。

しかし、私たちは、
「わからん、わからん」と言いながら、
次々と、アートにやられ、挑み、
実際、「わからん」ままだし、
とりたてて泣くわけでもなく、
なにがどうなるわけでもないのに、

どうしてだろう、
どんどん心が洗われ、軽く、はずんでいく。

この感覚は正直でおさえようがない。

アートのチカラは、
戻ってきてからのほうが顕著だった。

明けて正月、
姉夫婦の家に新年会にいったとき、

姉も、兄も、すっきりと別人のように元気なのだ。

私は、と言えば、いつになく純粋に楽しい。

思えば多年、姉に向かう時、
自分の中に決して少なくない「罪悪感」があった。

今回の帰省で、
ふるさとの母と父は、また一段、二段と
老いの階段を降りているようだった。

階段を一段ずつ降りるように、
できていたことができなくなっていくという側面が
「老い」にあるとすれば、

母は、また、ぐっと、
自力で買い物をすることがつらくなったし、
父は脳梗塞が進み、
ひとり山のほうへ歩いていってたおれ、
通りすがりの人に助けられなければ
命にかかわる事態だった。

そうした父母の世話を、
地元に残った姉ばかりにさせている、
東京に出た私は自由にさせてもらっている。

優しい姉夫婦が親切にしてくれればくれるほど、
罪悪感というか、すまない気持ちが疼いてしまうのが
去年までの私で。

自分の気持ちをはっきりと言わず、
つねにこらえる立場の姉夫婦も、それだけに、
「たまる」ものがあるのだろう。
ふとしたしぐさに「影」を感じていたのが去年まで。

さらに昨年はお義兄さんのお父さんが亡くなり、
お母さんも体を崩しと、
姉夫婦にはきびしい一年だった。

にもかかわらず、今年の正月は、
姉も義兄も私も、影がにじまない。
それどころか、言動の端々に、
ウキウキが滲み出てしまうのだ。

それは、おさえても、おさえても、
甥っ子や姪っ子にも、ふるさとの母の目にも
顕著だった。

正直、アートは何一つ問題を
解決してくれたわけではない。

ふるさとの父母の介護をしてくれるわけでも、
この先の何か保障をしてくれるわけでもない。

ふるさとの父母、
そして私と姉には厳しい問題が依然とある。

にもかかわらず、なぜ私たちは、
今年は、無邪気に、
むしろ依然厳しい状況だからこそ、
今この瞬間を生き生きと楽しんじゃおうという
感じになれているんだろう?

「アートのチカラって何?」

人は生きている限り、
「その先」を目指す生き物だと思う。

ひとつ知識を知ったら、その先はどうなるのか、
その先を知ったら、そのまた先は、と知りたくなる。

旅で、見たこともない風景に触れたら、
次はまた違うものをこの目に映したいと思い、
次はさらに新しい全然見たことのないものを
見たいと思う。

「先へ」というのは人間の本能的希求だ。

もしも、いま見ている範囲、知っている範囲、
触れる範囲の、
その枠から1ミリも出るなと言われたら、
人間は閉塞感にやる気をなくす、
腐ってしまうかもしれない。

見たい・知りたい・聞きたい、先へ!
という本能的希求に従って、
人が自力で1ミリ、また、2ミリと先へ進めるように、
知的な体力をつけたり、考える筋肉を鍛えたり、
少し先を照らしていくのが、
「教育」の持ち場だとすれば、

「芸術」は、

(こんなざっくりした解釈じゃ、
 芸術そのものにも、関係者にも、
 がっかりされそうだけど、)

そんな1ミリとか2ミリとか、
じわじわと自分の狭い世界の輪郭の先へ
進むレベルじゃなくて、

カーン! ととてつもないはるか彼方の距離から、
そんな角度があるのかと予想さえしなかった方向から、
自分のいる狭い世界の壁をぶち抜く強さでパワーを放つ。

とんでもない「先」が、とつぜん眼前に現れて、
本能は満たされ、自分の壁の外に、
まだまだとてつもない「先」が
とんでもなく広がっているのを
実感するから、命は生き生きする。

「わかる」とか、「涙が出る」という域は、
まだまだ自分の経験した世界の中の感情を
代弁してくれたり、
なでたりしてくれるもので、

アートは、はるかその「外」、「先」からくる。

そんな感想を持った今回の私の「直島」の旅だった。

狭い小部屋に閉じ込められて
辛くなっている人がいるときに、

いっしょにその小部屋の中にはいって
解決する道はある。

解決できないと知ったとき、
辛くなっているその人に同調し、寄り添い、
ともに辛がるという存在も必要なのかもしれない。

だが、へたをすると2人とも小部屋の外に
出られなくなる可能性がある。

「教育」は自力で小部屋の外に出られるように、
あるいは1ミリ2ミリと部屋の枠組みを
広げていけるようにするもので、自分の持ち場ながら、
かなり地道な取り組みだと思う。

アートは、外から、
圏外のとてつもない先から、
小部屋に向けて光を射す、
風穴がぶちあけられる。

外は広いぞ、途方もないぞ、と。

小部屋の中の問題を解決してくれずとも、
自分のいる小部屋のあまりの小ささを知る。

先へ、外へ、という本能がふるい立たされ、
小部屋の憂鬱を凌駕する。

解き放たれる!

もしも将来、辛く、
身も心もボロボロに行き詰まることがあったら、
私は、アートに触れたいと思う。

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2014-01-08-WED
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