YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson654  生きてるほうが面白い
     ー2.読者が見た「まきかえし」


人は、一直線には老い衰えない。

人は、生きてる限り、
いつからでも、何度でも、まきかえし、
螺旋を描いて上昇する。

という前回のコラムに、

「歳を重ねた人の素敵な“まきかえし”
 私も見たぞ!」
と読者から、おたよりをいただいた。

読む人によって、
いろんな感じ方をしてほしいので、
あえて今回は、
私のコメントはそえずに紹介する。


<取り消された生活保護>

先週の『巻き返し』
とてもいい話ですね。
きっと老いることにも生きることにも
力が湧きあがって来た人が沢山いそうです。

私の周りで最近起こった話を送ります。

私が働くデイサービスに通う誠さん(仮名)は
生活保護受給者でした。

築50年以上は経ってそうな
古い小さなアパートに一人暮らしで
持病を持ちながらも家事は一人で
がんばっておられました。

楽しみといえば週に一回、娘さんのお家に遊びにいくことと
週に一回デイサービスに通うこと。

地味で実直に過ごされている印象でした。

お家はいつも片付いているし
服装も靴もお金はかかっていないけど
きちんとしたものでした。
髭もきっちりと剃ってあって
男性の一人暮らしで80代半ばの人とは思えない程
清潔感がありました。

大工さんをされていた誠さんは
奥さんを数年前に失くされていて
それまでは家事もなにもやらなかったと
若い時から酒ばかり飲んで奥さんに迷惑をかけたと
そんな話は聞いたことがありました。

不器用だけど優しい人です。

認知症の人が困っていると、
すぐにスタッフに教えてくれたり
トイレを失敗した人を励ましてくれたり。

普段の生活でも
隣の老夫婦が住む部屋から
「助けて」と声が聞こえたので行ってみると
お婆さんがベットから落ち
それを助けようとしたお爺さんが
尻餅をついていたそうです。
お婆さんをベットに抱き上げ
お爺さんを椅子に座らせ
自分も腰が悪いので更に腰が痛くて
数日は寝込んだと
笑っておられることもありました。

アパートの廊下で倒れている人がいて救急車を呼び
自分が家族に間違われて救急車に乗せられ
話したこともない同じアパートの人に付き添い
何時間も病院にいたこともあるそうです。

8月のお盆を過ぎた頃
デイサービスに役所から突然、通知が来ました。

内容は“誠さんの生活保護受給を取り消します”
というもの。

生活保護を受けている人の
暮らしぶりがとても派手で目に余ると
通報されるようなことはあるかも知れませんが
誠さんの住まいも生活もそんな心配はなさそうでした。
若い時ならともかく、80代の半ばになって
新しい仕事に就いたとは思えないし
宝くじに当たったわけでもないだろうし。
「もらえるものは何でももらっとく」という人もいる中で
高齢になってから『取り消し』という利用者さんは
勤続年数が長い人に聞いても
誰も聞いたことがありませんでした。

「何があったんだろう?」

「これからどうやって生活していくのかな?」

皆で心配しました。

その数日後、誠さんはデイサービスの送迎の車中で
今回の経緯を話してくれました。

ばあさん(奥さん)が病気で死んでしまった当時
もうどうしていいかわからなかった。

家事も何もしたことがない。
お金のやりくりもしたことがない。
全部ばあさんにまかせていた。

ばあさんは税金の支払いを溜められるだけ溜めていた。
「えらいもんを残してくれた」
一人になって呆然としている所へ
税金の督促が次々にくるが、それが払えない。
持病もあり、一人では何も出来ず
そもそもこれからどうやって
生きていったらいいのかもわからない。

とりあえず税金の納付書を溜っているだけ
かき集めて役所に駆け込んだ。
すると係の人がテキパキと手続し
生活保護を受けることになった。

ずーっと働いてきたことを思うと抵抗があった。

娘に話すと嫌がられたが
目の前の生活を考えると
しばらくの間は(生活保護を受けることも)
これでいいのだと思った。

ここからが誠さんの奮闘です。

80を過ぎて、初めてご飯を炊いた。

初めて魚を焼き、野菜を煮た。

もともと丁寧な仕事が自慢の大工だったから
やりだしたら凝るほどではないが
自炊が一番お金がかからないので
質素なおかずだけどがんばっているうちに
食べられるものが作れるようになって
すっかり自炊に慣れてきた。

部屋も散らからないように片付けて
髭もきちんと剃った。

ばあさんのお墓参りの前には
毎回、散髪に行くのも習慣になった。

そしてこの8月の初めに
ばあさんの3回目の命日を迎えた。
もういいだろう、何とかやっていけそうだと
役所に自ら出向き

「生活保護の申請を取り下げたい」と係の人に伝えた。

係の人はびっくりされ
「えっ、本当に大丈夫なんですね?」と
何度も聞かれた。
「お世話になりました。ありがとう」
そう言って区役所を出てきた。

「ばあさんに報告もしてきたし
 3年を目途にしようと思ってたから」

清々しい笑顔で話す誠さんの横顔には
達成感と自信がありました。

私が誠さんの奥さんだったら
あの世でヤキモキしながら見ていたかも知れません。
そして今の誠さんを誇りに思うかも知れません。

奥さんの“置き土産”
最初は絶望だけだったとしても
そのおかげで
誠さんは人生を『巻き返し』たのだと思います。

いくつになっても人は
目標を持てるし、希望も持てる。
生きる力も勇気も
溢れてくるんだなと思いました。
(れん)

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2013-09-25-WED
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