YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson576  仕事の選択 2


私は、16年近く、
会社に勤めたのだが、

毎年2月が、人事異動の内示だった。

その習性か、
フリーランスになって12年になるというのに、
この時期になると、
なんとも言えない気分になる。

「ほとんど選択の余地がない、
 自分の意志ではない何かによって、
 自分の仕事、住む場所、関わる人々、
 ガラリ!と変わってしまうかもしれない。」

という、98%の不安。
でも、2%のはかない期待、
自分の意志に関係なく、
ガラリ!と素敵な世界に飛べるんじゃないかという。

そして、そこでギリギリの選択を迫られている人の、
恐怖に近い孤独、
胃が締め上げられるような緊張を、
いまだに、とても他人事とは思えない自分がいる。

だからこそ!
今週もひきつづき、
「仕事の選択」について考えたい。

まずは、先週分にいただいた、
このメールを読んでほしい。


<人が欲しいものと自分が描きたいこと>

先週のコラムの寓話に、
「なまじ、歌が好きなだけに、
 嫌いなものを唄うのは、ものすごく苦痛だ。
 自分が好きなものを仕事にすることにこだわったゆえに、
 好きなことができないことに苦しむことになった」

とあり、メールをしないではいられませんでした。

私は現在、大学でマンガを専攻として勉強しており
マンガ家になることが小さいころからの夢で、
絶対になれると疑うことなくこの道を突き進んできました。

いわゆる王道の少年マンガというものが大好きな子供で
もちろん自分も最初はそういう王道と言われる
正義が悪を倒すものばかりを描いたのですが
いつのころからか、そういった単純明快で快活な主人公を
活躍させることに何か違和感を感じるようになりました。

強くてどんな時でもあきらめないヒーローが
悪者をやっつけてハッピーエンドになる。

あまりにもじぶんとかけ離れた主人公は、
少しだけ年をとっただけのはずの今の私には
憧れるべきヒーローには見えませんでした。
私の描きたいことはこれじゃない、
もっと描きたいことは、心の奥深くの方にある。

そう思った私は今までさらけだしてこなかった自分を
表現しようと、人に分かってもらえないかもしれない感情を
一生懸命織り交ぜ一本のマンガを描き、
それを以前その王道マンガを投稿したとき
評価してもらえた、
とある超有名出版社の編集者に見てもらいました。

結果は惨敗。
手の施しようもないほどぞんざいに突き返されて、
言われてしまいました。

「前の方が良かった。子供の頃の気持ちを思い出して。」

子供の頃の気持ちなんかわからないよ!
と、心のなかで叫んで、
しばらくの間食べ物が喉を通らなくなりました。
どうしたらいいかわからないまま、
ひたすら自分の感情を吐露したものを描き続け、
とにかく自分を表現することだけを目標に描きました。

伝わらなくてもいい、描きたくないものを
描くくらいなら
マンガ家になんてならなくていい。

そう思いながらもどこかやっぱり、
認められたい、褒められたいと思う自分もいて、
描くことで安心しながら描くことで不安になる、
という矛盾した気持ちで
1年近くを過ごしたように思います。

自分の好きなもの、描きたいもの、わかってほしいこと、
伝えたいこと、それを描くこと。
それが、必ずしも人が読みたい=お金になる
ということではないといい加減わかってしまった私は、
やっぱり褒められたい気持ちで
最近は全く描いていなかった王道よりで、
でも心をこめたものを描き、
結果それが賞に入ることになりましたが
まだ違和感は消えません。

認められるものと認められないもの。
人が欲しいものと自分が描きたいもの。

自分にとっては本来同じのはずのこの二つのものの、
あまりの隔たりの広さに今は茫然と迷うばかりですが

ズーニーさんの言う「選択」とそれを導き出す「尊厳」
つまり、私にとっては
自分を曲げて他人にとって面白いマンガを提供するのか
それを決して曲げずとにかく自分にこだわるのか。
きっとマンガ家に限らず、多くの表現者が
このジレンマと戦い、
折り合いをつけながら向き合っているこの問題と
私もしばらくは格闘しながら「選択」したいと思います。
(Dr.イム)



メールのラストのところで、
「ジレンマと向き合いつづけ、
 格闘しながらも、自分の選択を、自分でしていきたい!」
という意志がはっきり見え、
そこに頼もしさを感じた。

ほんとにそうだ!

「自分で決める。」

これが進路選択で、
いちばん大事なことだから。

また、大きく共感したところが2点、
自分が表現したものに対して、
マイナスの反応を浴びる辛さは、
もう、体の感覚として、痛いほどわかる。

そして私は、
数字が厳しく問われる会社で、
編集長をしていたので、
数字が問われるものづくりの葛藤というのも
いやというほど味わってきた。

でも、選択は、この読者の意志にまかせるとして、

私が発想したのは、別のことだ。
つまり、

「面倒な仕事を入り口にした人は、出口が広い。」

劇作家の平田オリザさんから、
こんな意味のことを聞いた。

「戯曲家・脚本家が小説に転向して受賞
 というケースはあるが、
 逆は、難しい。
 それは別に、戯曲が上級だとか、
 そういうことではなく、
 戯曲はつくる工程が複雑だからだ。
 戯曲は言ってみれば、
 オーケストラのスコアを書くようなものだ。」

たしかに!

編集の世界でもこれは言えて、
編集者をずっとやってきた人が、
ライターなり、作家なりに転向というのは、
成立するが、

その逆、
もの書きだけをずっと長くやってきて、
それから編集者に転向、
というのは難しい。

それは、編集者のほうが、
やることが多種類におよび、作業工程も複雑だからだ。

雑誌の場合、
「台割り」といって、64ページのものをつくるのなら、
巻頭の16ページはカラーで特集、
次から2色ページにして、
4ページの連載、8ページの情報コーナー‥‥
というように、

つくりたいものを言葉ではなくて、
一冊の冊子のカタチで編み上げるための
構成をつくらなくてはならない。

サービス業ではないけれども、
著者とのやりとりでは、
相手の心をつかむような人間力も問われる。

製本、印刷、紙の知識から始まって、
印刷や製本の工場と、
納期や料金の交渉も要る。

雑誌では、デザインとか、写真、イラストのことも
知っていて、指示を出さなきゃならない。

編集長は、
チームのリーダーとしてのお仕事、
チームをふるいたたせたり、
メンバーを育成したり、スタッフを採用したり。

自分で原稿や、コピーを書くこともあれば、
営業チームと協力して、売り方を考えることもある。

誤字・脱字から、印刷のムラや汚れ、
という細かいチェックから、
人権にかかわる表現の校閲など、

人を動かしたり、モノをつくったり、
お金や数字を勘定したり。

なんといっても、編集者は出版社を必要とする。

ライターは、フリーでもできるけれど、
編集には出版社が必要なので、
そもそも入社試験を受けてパスする必要がある。
そして、会社員としてのお仕事、
タイムカードを打ったり、
上司に話を通したり、社内認知をとったり、
ボーナスの査定のための面接を受けることもある。

このように、複雑多岐にわたる仕事を、
ずっとずっとやってきた人が、
シンプルなほうへいくことはできるが、

たとえば、ずっとオーケストラでスコアを書いていた人が、
ギター1本のシンプルな歌をつくる、
という転向はありだが、

逆は、成立しづらいということだ。
つまり、

「面倒な仕事を入り口にした人は、出口が広い。」

出口が広いからって、
それがどうしたのさ、と言われてしまえば
それまでだ。

出口がひろかろうが、せまかろうが、
そんなのどうでもいい。私はライターをやりたい、
とハッキリした人には、まったく無意味なことだ。

それに、晩年になって、
はじめて複雑な仕事を始めて、
強靭な意志と努力で成功する、という例外だって、
当然あるだろう。

ただ、仕事にはやはり、
その道を選んでしまったら、あともどりはできず、
ほかに転身もむずかしく、
一生それをやり続けるしかない仕事、

ターミナルのような仕事と、

あっちから、こっちから、いろいろ言われ、
そこを調和をとって、考えてやっていかねばならず、
自分の意のままになる部分はすくなく、
多様なことを複雑にやっていかねばならず、
それゆえ多様な基礎が鍛えられて、
その先に

多様な選択肢が見えてくる仕事があると思う。

そして、同じ「文章を書く仕事」、
同じ「まんがを描く仕事」と言っても、
やっていることは、ものすごくちがっていている。

たとえば、ここに人からは同じ
「ものかき」と呼ばれる4人
Aさん、Bさん、Cさん、Dさんがいる。

Aさんは、
売り上げ部数とか、お金のことがとにかく
厳しく問われるところでものを書いている。
毎年、若い世代の読者からの人気投票、
AKBでいう総選挙のようなものもあり、
ほかの書き手と比べられ、
きびしくランキング順位が発表される。
順位があがれば、売り上げもあがり、ちやほやされる。
下がれば、急にまわりは冷たくなるどころか、
仕事を失う可能性もある。
厳しい競争のなかでものを書く。

Bさんは、
医療の分野で、
専門性が厳しく問われるという縛りがあるところで
ものを書いている。
でも、自分自身が医者でもないし、科学者でもないので、
いくら勉強しても、おいつかない。
ミスがあれば、めぐりめぐって人の命に関わると
きびしく責任を追及される。

Cさんは、
日本人だけど、外国で、ものを書いている。
その国では、作家よりも、編集者のほうが権威がある。
カリスマ編集者、スター編集者といわれる人が多数存在し、
それらの編集者が書評を書く。
スター編集者に褒められるかどうかが、
作家の評価を大きく左右する。
素人に数多く受けようと、
そんな作家はこの国では意味がなく、
玄人=編集者に受けてこそ花なのである。
ミシュランに星を増やされたり、
減らされたりするシェフのように、
Cさんは、編集者の評価を一番重視してものを書く。

Dさんは、
いわゆる天才作家として、十代で鮮烈なデビューを飾った。
それは、デビュー当時の尾崎豊をほうふつとさせるように、
自分自身の魂の叫びでありながら、
非常に多くの読者を獲得している。
人気も力もあるので、編集者もまわりの人も、
Dさんにまかせ、本人の自由に書かせている。
大学進学もやめ、Dさんは私小説一本で
やっていく決心をした。

しばらくして、4様の悩みが出てくる。

Aさんは、
「数字の競争の中で書くのはうんざりだ!
 一度でいいから、部数にもランキングにも縛られないで
 好きにものを書いてみたい。」

Bさんは、
「小難しいことを四六時中考えて、
 ちょっとでも間違うと病気の人たちに大きく影響するので
 失敗は許されない。
 一度でいいから、専門知識に縛られず、
 もっと楽しんでものを書いてみたい。」

Cさんは、
「さいきん編集者たちの評価がおもわしくなく、
 そのことに、こんなに動揺している自分が疎ましい。
 もっと自分の軸からブレない人間ではなかったか。」

Dさんは、
「十代から作家以外にやったことがないので、
 普通の生活がわからない。
 自分の身を削って書くのも限度がある。
 しばらく休業して、一般の生活をしたほうが
 いいのではないか」

そして、それぞれの歓びもある。

Aさんは、読者感覚、時代感覚が磨かれ、
とくに、いまの若い世代の感覚を肌で感じ取れる
ようになっていった。
予め読者の反応がわかるので、
そことバランスをとって、伝えたいものを伝えたり、
読者の期待を良い意味で裏切って、
メッセージ性のある作品が書けるようになっていった。
若者を対象としたカルチャーサイトの
顧問にならないかという声もかかっている。

Bさんは、医療に関する専門性が広く身についた。
さいきんでは、病院のプロデュースなどにも
かかわっている。
また大学の医療系の学部から講演依頼が殺到している。
専門家の講演よりも、Bさんの講演のほうが、
医療全般に対しての視野が広く、わかりやすいと評判だ。

Cさんは、ノーベル賞も、
一生かかってもありえない話ではなくなった。

Dさんは、自分の、一般的な社会経験のなさを
心配しつつも、
才能があるので、やっぱり、この道一本で、
第一線を走り続けている。

どれを選ぶかに正解はなく、
どの道を選んでも、必ず、その道にふさわしい
痛みと歓びがある。

しかし、縛りが多く、多面的に気を使ってものを
書かなければならない人は、
やはり多面的な能力が引き出されたり、
鍛えられている分、出口が広い。

そして、
売れることも、人の評価もまったく気にせず、
仕事にはならなくても、
自分の好きに書く、ということは、

選びさえすれば、
書く習慣のある4人ともに、いつでもできる選択肢
として与えられていると思う。

最後にこの読者のメールを紹介して
今日は終わりたい。


<新しい環境が順風満帆だとは思っていません>

いつも興味深く拝読しています。
今回のテーマ、とてもタイムリーでした。
6年間全力で勤めた職場を離れることになり、
昨日がまさにその最終日だったのです。

私は私自身の尊厳を守るために、
変わらないことで生まれるリスクより
変わるリスクの方を選びました。
寂しい思いはありますが、後悔はしていません。
納得ずくです。

新しい環境が順風満帆だとも思っていませんし、
想像していなかったようなことが起こるだろうと
予測できます。
でも、自分自身を大事にできない環境だけは変えたかった。
未だに「自分にとって大事なもの」を
言語化できていないので
結局はっきりと辞める理由はこれとは言えないのだけれど、
それでもこれで日々削られていた自分自身を
救ったという実感はあるのです。

これから今の自分に背かない生き方をしたいと思います。
不安は抱えつつも、このすがすがしい思いを
知ってもらいたくてメールしてしまいました。
読んでくださってありがとうございました。
(マンゴスティン)

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「山田ズーニーさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2012-02-22-WED
YAMADA
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