YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson533
    非常時に「わかりやすく」伝える



3月16日、夜、
べらぼうにわかりやすい文章が
目に飛び込んできた。

「ほぼ日・ダーリンコラム」
糸井さんが紹介した
「英国大使館による福島原発影響評価」
の文章だ。

それまで、
何を読んでも、何を聞いても、
私は、「原発事故と自分」が整理できなかった。
情報は錯綜するわ、
「なんて無知なんだ」と自分を責めてしまうわ、
疑心暗鬼と混乱が、
ふくらんでいたところへ、

この文章は、一読して意味がすっと入ってきた。

「わかりやすい!
 なんてわかりやすい文章なんだ!」

文章教育を生業にしている私は、
「文章がべらぼうにわかりやすい」、
まずそのことに感動し、勇気づけられた。

「なぜこの文章はわかりやすいんだろう!?」

きょうは、非常時にあっても、
「わかりやすく伝える」ヒントを
英国大使館の文章から学んでみたい。

わかりやすい理由は1つではなく複雑に絡んでいる。

「専門的な知識がある」とか、
「日本を客観的に観られる立場にある」とか、
それは、私自身でも、どうしようもない。
また「評価」という特殊な文章でもある。

それでもなお、自分たちが応用できるテクニックを
つかんでいきたい。


●非常時に状況をわかりやすく伝える


英国大使館の文章が出された3月16日、
日本では、福島原発の状況について
たとえば、どんなふうに伝えられていたのだろう?
新聞の「社説」を2紙抜粋してみる。


「東京電力の福島第一原子力発電所の状態が深刻の度を増している。
 1号機と3号機で水素爆発が起きたのに続き、2号機では爆発が、4号機では火災があった。2号機は、原子炉を覆う格納容器につながる圧力抑制室が壊れたようだ。強い放射能を帯びた物質が外に出るおそれがある。4号機は11日の地震のときには定期検査中だった。プールで保管中の使用済みの核燃料の冷却が不十分となり、燃料棒が壊れた疑いもある。
 ひとつの発電所内にある四つの原子炉がいずれもまだ安定せず、放射性物質が漏れているらしい。極めて厳しい状況といえる。」
(朝日新聞 3月16日付け「社説」から一部を引用)


「東京電力福島第一原子力発電所では、依然として深刻な事態が続いている。
 15日朝、2号機で大きな爆発が起き、4号機では火災が発生した。2号機は、原子炉の格納容器の下部が破損したとみられている。そこから放射性物質が外部に漏れ出した疑いが強い。4号機では、使用済み核燃料を水で冷却していた貯蔵プール付近で出火した。使用済み核燃料の熱でプールの水が蒸発し、冷却できなくなったことが原因らしい。自然鎮火するまでに、放射性物質が炎に乗って外部へ漏れ出たとみられている。
 1号機の建屋爆発以来、想定外の事態が次々に起きている。」
(読売新聞 3月16日付け「社説」から一部を引用)



これら、二つの文章は、
「問いの構造」がよく似ている。


<2つの文章の問いの構造>

1.福島原発の状況はどうか?

 →深刻

2.1・2・3・4号機それぞれの状況はどうか?
 →1号機は水素爆発
 →2号機は圧力抑制室壊れ
 →3号機は水素爆発
 →4号機は使用済み燃料冷却不十分
 →放射性物質は漏れたらしい

3.以上を総合して状況はどうか?
 →厳しい


まず「深刻だ」と言っておき、
次に細部の「事実」を順に細かく説明していき、
最後に「極めて厳しい状況」としめる。

これらは、「事実」を中心にした伝え方になっている。

しかし非常時には、
「事実」と「事実」を足し合わせて、
受け手が自分で「判断」していくことが難しいのだ。

非常時は、知識も経験もないことに遭遇している。
恐怖で判断力も落ちる。
原発のような専門的なことは、
素人には「事実の理解」すら難しい。

もっとわかりやすい伝え方はないものか?

「評価」という特殊な文章だけれど、
「英国大使館による福島原発影響評価」は、
桁違いにわかりやすい。
以下に一部を引用してみる。


●比較的悪い場合(1個の原子炉の完全メルトダウンとそれに基づく放射性爆発の場合)、避難エリアの30キロは人の健康の安全を守るために十分な距離でしょう。
もっと最悪な状況でも、(2個以上の原子炉がメルトダウンする場合)1つの原子炉のメルトダウンのときと比べ、被害にさほど変わりはないでしょう。

●現状の20キロ退避指示区は、現状の放射線の影響にたいして適切な範囲でしょう。
このまま炉心への海水注入を続けることができれば、大きな事件を防ぐことができるでしょう。これからさらなる地震と津波が起きた場合、海水注入ができなくなる可能があり、その場合上記のメルトダウンが起こる可能性があるでしょう。

●基本的に、専門家は「東京住人の健康への悪影響はありません」と予想している。
健康に悪影響を起こすためには、現状の放射線量の何百倍のレベルが必要。専門家はそのような状況にはならないと言う。(しかも、専門家は妊婦や子供へ影響するほどの放射線量を基準にしていた。健康な大人にとってはさらに放射線量の値が高くならないと影響はないという。)

●専門家は風向きは関係ないと言う。東京は現場から十分離れてるので、影響はないでしょう。

●海水注入を続けることができ、原子炉を冷えることができれば、状態は大きく上向くでしょう。

●日本政府からの情報は、複数の独立した団体によりモニタリングされつづけ、放射線のレベルに関しての情報は的確と判断されてる。

●チェルノブイリとは全く別な状況です。
チェルノブイリの場合、原子炉が完全メルトダウンし、手を付けられずに何週間も燃え続けた。チェルノブイリでさえ、30キロの距離に避難ゾーンができていたら、十分に人の健康を守ることはできたでしょう。チェルノブイリの場合、事件から何年も後まで、現地の食料や水に含まれた放射線量は一切モニタリングされなかった。危険性についての情報も全く知らせなかったせいで、汚された食品、麦、牛乳や水などを食べ続けた現地の人々が病気になった。事実が隠されたチェルノブイリの事件とくらべ、今回の非常に開かれた福島の事件は、その意味でも大きく異なるでしょう。


<問いの構造>

1.現実的に考えて「比較的悪い場合」
  どんな状況が想定されるか?
2.その場合どう安全を守るか?

 →1個の原子炉完全メルトダウンと放射性爆発
 →30キロ離れれば充分

3.現実的に考えて「もっと最悪な場合」
  どんな状況が想定されるか?
4.その場合どう安全を守るか?

 →2個以上の原子炉メルトダウン
 →1個のときとさほど変わらない

5.20キロ退避は適切か?
 →適切。

6.今後どうなる?(良い場合・悪い場合)
 →海水注入できれば大きな事件は防げる
 →地震津波でできなくなれば上記メルトダウンが起こる

7.東京住人の健康への影響はあるか?
8.風向きによってはあるか?

 →ない。
 →風向きは関係ない。

9.近い将来の見通しは?
 →海水注入が続けられれば状況は大きく上向く。

10.日本政府の情報は的確か?
 →適確。

11.比較対象「チェルノブイリ」と何が、どう違うか?
 →全く違う。(以下、何がどう違うかの説明)


先にあげた「事実」中心の伝え方ではなく、
こちらの文章は、「判断」が中心になっている。

専門家が「1号機はこう、2号機はこう‥‥」という
事実を考察したうえで、判断し、
打ち出した「見解」を中心に伝えている。

私は、この文章が、
こんな問いではじまっているのに、
少なからず驚いた。

1.現実的に考えて「比較的悪い場合」
  どんな状況が想定されるか?
2.その場合どう安全を守るか?


専門家でも見解が分かれるような状況では、
判断を避けて曖昧にしておくか、
「最善」から「最悪」までふり幅のある「両方」を伝える、
ということをしがちだ。
だが、この文章は、

「比較的悪い場合」

から始まって、「もっと最悪の場合」のみ示す。
「比較的良い場合」も「最善の場合」も、
ましてや「希望的観測」もあえて示さない。
ふり幅が小さいので受け手は右往左往しない。

さらに、想定される「比較的悪いケース」でも、
「もっと最悪のケース」でも、
「どう安全を守るか=30キロ退避」という
行動指示とセットで示されている。

さらに、比較対象「チェルノブイリ」の登場。

これで格段にわかりやすくなった。
だれもが知っている原発事故を
比較対象として取り上げ、
それと今回の事故は、全く違うこと、
何が、どう違うのかを説明している。

私たちは、非常時に状況を伝えるときに、
習慣的に、「事実」→「考察」→「意見」で伝えがちだ。

例えば、近所でガス漏れがあって、
プロの人が、地域住民の素人に、
状況を伝えるとき、
まず、「事実」からはいる。


「1丁目から5丁目までのみなさんには、
 誠に申し訳ございませんが、
 このたびガス管になんらかの損傷が起こったようで
 ただいま鋭意確認中です。(事実)

 住民のみなさんの中には、
 昨年のガス爆発を思い出され
 不安になっている方もいらっしゃるかもしれません。
 状況にもよりますが、ガスの復旧は
 最短で1日から最悪で14日かかると思われます。(考察)

 なお、ガスの供給は一時的にストップしていますので、
 ガス漏れや爆発などの心配はありません。
 住民のみなさんは落ち着いて行動してください。
 (意見)」



という手続きで話がちだ。
しかし、非常時には、「事実」からとうとうと説明され、
肝心なことが最後に出てくるのでは、
住民は聞き終わるまで安心できない。
「意見」を中心にこのように伝えてみる。


「ガス漏れやガス爆発は絶対におきません。
 ガスの供給は止めています。
 住民のみなさんは落ち着いて行動してください。
 (行動指示)

 ガスの復旧ですが、
 比較的悪い場合で10日間、
 もっと最悪の場合でも14日間で復旧します。
 その場合は、代用の電熱器具を貸し出します。(意見)

 なお今回の事故は、
 昨年の爆発事故とは全く違います。(比較対象の登場)
 昨年はテロリストにより機械の心臓部が破壊されました。
 そのため1ヶ月に渡り、ガスの供給が止まりました。
 今回は機械そのものには全く支障はありません。
 あくまで供給するパイプのトラブルと思われます。
 (比較)

 1丁目から5丁目までで、ガス管になんらかの
 損傷が起こったようで今点検しています。(事実)

 住民のみなさんにはご迷惑をおかけし、
 誠に申し訳ございませんが、
 ご協力をお願いします。(お詫びやお願い)」



以上、ガスの知識がまったく無い私が書いたため、
非現実的なくだりも多々ある、ごめんなさい。
あくまで伝える手続きのみ、
参考にしてほしい。

なお、ここで、取り上げた「比較対象」だが、
前者は出しっぱなし。
ただ住民に、昨年の大事故の恐怖を
思い出させただけ、になっている。

「比較対象を持ち出したら、
 きちんと比較しなければ意味がない」

これも、肝に命じておこう。

非常時には、プロであるあなたの、
判断が求められている!

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2011-03-23-WED
YAMADA
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