YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson488
   幸せを実感するチカラ 2



「いま幸せだ、
 と気づくことが大切。
 遠くを探し求めても幸せは見つからない。
 青い鳥はすぐ身近にある」

そんなことをよく言われるのだが、
頭ではわかっちゃいるけれど、
なかなか「青い鳥」をおがめない自分がいた。

だが、あるきっかけから
ちょくちょくおがめるようになったのだ、
その、「幸福の青い鳥」なるものが、‥‥。

ずいぶん間があいたけれど
2008年7月2日付け
「Lesson402 幸せを実感するチカラ」に続き、

どうすれば幸せに気づき、実感できるのか?

を考えてみたい。
先週までの「仕事」のテーマも、
今後も考え続け、
新しい観点が見つかり次第アップするので、
ひきつづき、ぜひ! おたよりを送ってほしい。

東京のひとり暮らしが16年目に突入する。

「自分はなんで、
 くる日も、くる日も、
 ひとりで暮らし、
 ひとりでごはんを食べてるのだろう?」

とくに日曜の夕飯どき、

ひとり暮らしの人はよく、
「寂しくて『サザエさん』とか観られない」と言うけれど、
私の場合、観ざるをえないのだ。
「リアル・サザエさん」というか、そんな光景を。

講演はよく土・日にあるので、
日曜の夕方ともなれば、
私はどこか、地方講演の帰りで、
駅中などのレストランで、
ささっと独り、夕食をしようとしている。

すると、小さい子どもを連れたご家族が、
あっちでも、こっちでも、
楽しくテーブルを囲んでいる。

なんとなーく、うしろめたい気分になるのは
そんなときだ。

子どものいない自分は、なんとなく
女として胸をはれないような、
ちょっと、その幸せなテーブルを囲んでいる人たちに
まけているような、なんか劣っているような‥‥。

東京に来て最初の5年は、
会社に勤めていてチームで仕事をしていたので、
ひとり暮らしでも、まだ連帯感があった。

6年目からフリーランスになったので、
仕事もたった一人でするようになった。

何百人、1000人の講演に行っても、
基本、たった一人で行って、たった一人で帰る。

フリーランスになってしばらくは、
社会とつながれない不自由な身から、
どう脱出するかに必死だった。

「なんとしても、もう一度教育の仕事をするんだ!」と

「自由」への欲求だけが強くあり、
「幸せ」になろうなどと思いもしなかった。

「自己表現」と、「自立」と、「幸せ」になること。

努力は実り、いまは、「やりたいこと」を仕事にでき、
それで食っていけるという、けっこうレアな、
ありがたい状況にある。
読者や、生徒、編集者さんや、クライアント、
仕事を通しての出逢いにも恵まれた。

努力して、克己して、「自由」は得た。

充実感がある。
仕事を通じで社会から愛のようなものを
いただく歓びも、時折、かみしめる。

でも、「幸せ」はどうか?

そんな想いに強くとらわれていたとき、
「春姉さん(はるねえさん)」に出会った。

春姉さんは、私が都心にひらいている
文章教室にこられた生徒さんで、
「Lesson484 働きたくないというあなたへ8」
にも登場する。

最も自分らしい時間はいつか? の質問に、

「自分らしくない時間など、まったく無い。
 24時間、365日、私は、私だ!
 なぜなら、私は、すべて自分で考え、
 自分の意志で決めて生きてきたから。」
と言い切った、かっこいいお姉さんだ。

春姉さんは、海外で初めての土地を旅しても、
早く土地勘ができ、自分の意志と直感で
自由に動き回ることができる。

それは、春姉さんが、パッケージツアーに乗らず、
「自由旅行」をしているからだ。

どこから出発するか? どんなルートを取るか?
どこに泊まるか? どの店にはいるか?
すべて自分で調べ、自分で考えて決め、意志と直感で
失敗を引き受けながら、実行してきたからだ。

パッケージツアーに乗っかって、
ガイドに車で送り迎えしてもらう旅もいい。
でも、人が考えたルートにのっかって、
ただついていっているだけだと、へたすれば、
しばらく滞在しても、土地勘どころか、
右も左もわからないままということになりかねない。

自分で調べて決めた道は、記憶にくっきり刻まれ、
失敗しながら自分の足で歩き回った街は、
右も左も、北も南も、
くっきり手でさわれるような実在感がある。
すでに「わが街」だ。

春姉さんの人生もまるでそのとおりだ。「わが人生」。

春姉さんには、ご両親がいない。

ずいぶん小さいときに、お父さんもお母さんも亡くされた。
それから妹さんと力を合わせて生きてきた。

これまで表現教育の現場で、
お父さん、あるいは、お母さんを亡くされた方に
たくさん出逢ってきた。

肉親とのつらい別れ、喪失感を克服して
生き抜いてこられた人の表現は、
胸に響き、揺さぶられる感動がある。
教室中が、涙になり、やがて、
生きるチカラを奮い立たされるようなチカラがある。

だから、春姉さんが「私には両親がいない」と言ったとき、
次何を言うのか、身を乗り出した。

春姉さんのスピーチは、いい意味で予想を裏切った。
春姉さんはこう言った。

「今の私には、親の介護の心配はまったくない。
 つまり、私には、これからの人生、
 より自由になる時間がある」

私は、椅子から転がり落ちそうになるくらい衝撃を受けた。
きっと私は先入観から、
春姉さんが、こどものとき、ご両親がいないせいで、
どんな苦労をされたかとか、
こんなとき親がいてくれたらと思ったシーンとか、
その苦労をいかに克服して今日があるかとか、
そんな話をされるのだろうと思い込んでいた。

だが、考えてみれば、確かに、ご両親がいなければ、
ご両親の介護をすることはない。
進学、結婚、就職などの進路を親に反対されることもない。
自分で行き方を考え、決定する幅はグンと大きくなる。

ご両親がいないことで寂しかったり、大変だったことは、
春姉さんは一切口にしなかった、その代わりに、

「親がいないことで得た自由」

を正々堂々と、高らかに、表現した。
こうしたことは何かの本やメディアで聞いたことがある人も
いるかもしれない。だが、目の前で、いま生まれたての、
「生の言葉」で、ライブで聞いた説得力は別格だった。
私は、衝撃を受けて、KO寸前だった。

そこにとどめの一撃が心を射抜いた。

「両親がいないことで可哀想と言われることがある。
 でも、これは可哀想なのだろうか?
 家族ってなんだ?」

春姉さんは、世の中の、家族の概念を、
もっと多様化させたいという志がある。
そうすれば、マジョリティーにはいらない人たちが、
もっと自由に、生き生きとできるのでは、と。

とどめの一撃をくらって、破壊されたのは、
自分がとらわれていた「ステレオタイプ」だった。

自己表現と、自立と、幸せになること。

でもこの「幸せ」ってなんだ?

お父さんがいて、お母さんがいて、
男の子と、女の子が一人ずついて、
家族4人、愛に満ちて、
夏はバーベキュー、冬は鍋、
そろって温かい食べ物をかこんでいる。

しかし、この3年、
大学で接した約500人の学生だけを考えても
離婚家庭、母子家庭、父子家庭、仮面夫婦、
ステレオタイプに属さない家族のなんと多いことだろう。
カタチこそ典型であっても、確執のある家族もあり、
幸も、不幸も、現実には、
典型から大きくはみ出すカタチでそこにある。

自分が長いこと、ステレオタイプの呪縛から
逃れられなかったことに、ようやく芯から気がついて、
春姉さんの渾身の一撃で、それはこっぱみじんに砕けた。

私が言いたいのは、
ステレオタイプに属するから幸か不幸かとか、
両親がそろっているから幸か不幸かとか、
そういうことではない。

親がいない人が、親がいる幸福のほうばかりむいていたり、
逆に親がいるために思うようにできない人が、
「この親さえどっか行ってくれれば」ばかりに
とらわれていては、
いつまでたっても、「青い鳥」はおがめないままだ。

「幸せ」について、とくに何も考えない状態は、
決して白紙ではない。どっかなにかで刷り込まれた
先入観が支配している。

無意識の先入観にやられないためには、
自分にとっての「幸せ」がどういうものか、
定義することだ。

いまは、ひとり暮らしが苦にならなくなった。
自分でも驚くほどだ。むしろ考えると、わくわく
心弾んでくる日さえあるから、ほんとうに不思議だ。

いつも、ひとりごはんを食べている自分だからこそ、
いつでも、好きな人と、好きなところに出かけていって、
好きなものを食べる自由がある。

日曜の夕飯どき、

私は、地方講演を終え、
ひとりで食事をしている。

わきには、小さい子どもをつれ、旦那さんと幸せそうに
テーブルを囲んでいる女性がいる。

もう、羨まない。その女性は、もう一人の私、

「愛する夫にも、こどもにも恵まれ、
 なに不自由ないけれど、たった一日でもいい、
 育児からも家事からも解き放たれて、
 自分の好きにしたい。
 昔のように、社会に出て働きたい」

もし将来、子どもにも恵まれ、
典型的な家族を持ったとしても、
春姉さんに会わなかった自分だったら、
「ないものねだり」の自分だったら、
きっとそう思っただろう。

もう一人の私の、
「一日でいいから自分の好き勝手にしたい。
 社会に出て思う存分働きたい。」
という願いの先に自分がいる。いま、選んでここにいる。

自由だ、幸せだ、ありがたい、と想って、思う存分、
できる・やりたい・やるべきことをやって生きなければ、
もう一人の私に申し訳ない。

自分の青い鳥はどういうカタチをしているか?
知らなければ、見ることはできない。

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2010-04-21-WED
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