YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson408
   いきやすい関係3―顔見知りのブラックゾーン


自分のまわりの人間環境を、
いまよりもっと心地よいものにするために、
親密な人たち(白)でもなく、
全く知らない他人たち(黒)でもなく、

「その間=グレーゾーン」にいる人たち

が意外に重要なんではないだろうか?
しかし、人間関係に「グレーゾーンがない」
というような現象も起こっている。

その現象について読者たちはこんなふうに考える。


<顔見知りのブラックゾーン>

私は現在、美術系の大学三年生です。

前々回のコラムに、
最近学校に来ていない同じゼミの学生のことを
誰一人「知らなかった」という話がありましたが、
私はその話を、驚きを持って受け止めるどころか、
「わかって」しまっている自分に気がつきました。

「知っているのにブラック ゾーン」という関係です。

その人のことを全く知らないというのも怖い話ですが、
「知っているのにブラックゾーン」という関係も
今の学生にはあり得るのだと思います。

例えば少人数制のゼミ形式のような授業で、
席も隣り合うことが多く、学部も同じ。
その人の学年も名前も学科も、
描いている絵すら知っているのに、一言も話した事がなく、
廊下ですれ違っても挨拶すらしない。
そのような関係にある顔見知り(?)の人が
たくさんいるように思います。

一言、話しかければ楽になると、
「本当は分かっていながら気がつかない」
というような感じです。

一歩踏み込んで話しかけることがあっても、
次回会ったときには、なぜか挨拶すらしないという
不思議な関係の「顔見知り」に
なってしまう事も多くあります。

お互い相手の出方を見てしまうのか、
そもそも相手に対して関心がないのか分かりませんが‥‥。

厳密な意味でのブラックゾーンでは
ないかもしれないですが、
グレーゾーンの関係でもないように思います。

自分の周囲が、
全く知らない人で埋め尽くされているというのも
怖いけれど、
知っているのに知らないふりをしている
という関係にも息が詰まりそうです。
(美術系大学生・女子・3年生)



<他者への感度>

グレーゾーンがないというのは、
想像力で関連をもてることを
放棄しているんじゃないかなあ。

顔を上げれば他人がいる、息苦しい、
だから見えないことにする。

都会に住むと、周りに情報が多くて、
ある程度情報をシャットダウンしないと
つらいことがあります。

情報をシャットダウンする方法として、
音楽を聴いて両耳をふさいだり、
携帯をいじって目と手をふさいだりしながら
歩く人が増えているように感じています。

でも、私は感度を下げすぎると危険だと思っています。

実は、今の時代って
感度を下げすぎても生きていけるんでしょうか。
そんなことをどこかで覚えるんでしょうか。

世の中は白か黒か、ではなくて、
グラデーションでできている、ということと、
そのグラデーションを、
デジタル3階調なんての粗いものではなく、
高解像度に感じられる感覚を
大事に育てていきたいと思いました。
(成田)



<透明マントをかぶる若者>

私は病院に勤務していて、
医療関係の学校に通う実習生を指導することが
しばしばあります。

最近の子を見ていて思うのは、
『自分のことを知られたくない』
という態度を取る子が多いな、
ということです。

自分のことは明かさないで
(つまり自分は安全なところにいて)、
相手からの情報だけをほしがっている。
ネット世代の特徴かな、とも思います。

教育を受ける側(生徒)でいる限りは、
おそらくそういうやり方でも特に問題はないのでしょう。
けれど、病に苦しみ、
今後の生き方に悩む患者さんたちの
そばに寄り添う仕事というのは、
そういうわけにはいかないのです。

受身でいる立場から卒業すれば、
病院での仕事に限らず多かれ少なかれ
『自分だけ安全なところにいる』ということは
できないと思います。

新しいコラム『いきやすい関係』などを読んで思うのは
今の世の中で生きづらさを感じている層の中に、
透明な存在になりたがっている人が増えているんじゃないか
ということです。
透明な存在になりたがっているように見える人、というか。

関心を持たれることで、自分が評価されるのを恐れている。

そういう姿を見ていると、
なんか彼らは透明マントをかぶっているんじゃないか?
という気になります。
透明マントをかぶって、
自分は安全なところにいて、周りを見ている。

けれど、その状態が続くと、
だんだん面白くなくなってくる。
自分は“特別な”透明マントをかぶっているのだ。
それなのに、誰も気付いてくれない。
それって不当な扱いなんじゃないか。そう思えてくる。

透明マントの中の自分の“すごさ”に気付いてくれる人が、
どこかにいるはずだ。
そういう人と出会いたい。

そんな途方もないことを考え出す。
そんな人、いるわけないのに。

見られたくないけど、見つけてほしい。

彼らの『分かってくれない』(逆恨み)には、
こんな矛盾を感じます。
もっとも憂うべきことは、
彼らが透明マントを着ていることに無自覚なことです。

だからこそ、グレーな関係を持つことが出来ず、
その逆恨みを(昨今の事件のような)
とんでもない形で晴らしてしまう。
そんな気がしてならないのです。

私も同じようなことを考えていた頃がありました。
14歳くらいの頃です。
その思春期の課題とでもいうべきものを
20歳を過ぎ、恋愛経験もアルバイト経験も
そこそこありながら、
そのまま持ち続けている人が増えていますよね。

透明マントをかぶっていながら、
患者さんを助けることができると思っている若者と、
どう付き合っていけばいいのか、考え込む日々です。
(上田)



読者から続々届くメールの中でも、
「顔見知りなのにブラックゾーン」という現象には、
衝撃を受けた。

顔も知っているし、名前も、作品も、
いやヘタすると一度は話したことさえある、
それでも、
「ほどよい距離のある隣人=グレーゾーン」にはならず、
「まったくのアカの他人=ブラックゾーン」のふりを
しつづける。

なんでそんなことになるのか、と最初おもったが、
無意識に「他人への感度」を下げすぎてしまう若者と、
無意識に「透明マント」をかぶろうとする若者を、
重ね合わせると、グレーゾーンがすっぽりなくなる。

アイルランド・ダブリン在住の読者のMさんは、
さらにこう言う。


<価値判断を加えない温かな関心>

前回の読者の方の、
「それぞれにおいてふさわしい密度での
 人間関係を作る必要がある」
という部分にグレーゾーンの意味を見出した気がしました。

職場や日常の買い物をする場面で日々接する人々との
お付き合いのスタート地点として、
最もふさわしいのがグレーゾーンなのかもしれません。

グレーゾーンの極意は相手に温かい関心を持っているが、
踏み込まない、
相手の行動を判断しないということにある気がします。

日本について否定的なことをいうのは
悲しいことなのですが、
この、相手に踏み込まない、行動に価値判断を加えないが
相手に関心を持つというグレーゾーンが
日本では極端に狭いか、ほぼ存在しないように思います。
(ダブリン在住 M)



ほどよい距離のある隣人との関係を築くには、
それなりの自立や訓練が必要だとわかる。

しかし、現実には、
グレーゾーンのよき関係を築くレッスンは、
まっていてもしてもらえそうにないし、
透明マントを着て何もしないが見つけてほしい、
見えているが関心は払わない、という、
「顔見知りのブラックゾーン」はまだまだ増えそうだ。

この息詰まりからどう一歩を踏み出せばいいのか?

読者のこのメールを紹介して、
きょうは終わりにしたい。


<生きやすい環境>

33歳(女)の会社員です。
「生きづらさ」は他人との距離の取り方の問題から
来ているのではというご指摘ですよね。

関係が親密すぎてこじれてしまった時、
救ってくれたのは、確かにグレーゾーンの住人でした。

学校に通っていた頃は、
なんの苦労をしなくてもグレーゾーンの人が居ました。
同級生、先輩や後輩、直接教えてもらっていない先生、
保健室の先生、友達のお母さんやお父さん‥‥。
社会に出てからは、会社と自宅を往復する毎日で、
自ら働きかけないと仕事以外の人間関係は
広がって行きません。
私のグレーゾーンの住人がどんどん減る原因は
そんなところにあるような気がします。

私は、数年前に体調を壊したのをきっかけに、
自分の性格や考え方の癖について
振り返って考えたことがあります。その時思い至ったのが、
「白か黒かはっきりさせたがる」
「未知のものや人を必要以上に怖がる」という点でした。

凝り固まった思考パターンを脱して、のびのびと生きるには
どうしたらいいのかな?と考えて、
今、意識してやっているのが「挨拶」です。

職場で、コンビニやスーパーのレジで、タクシーで、
できるだけ笑顔で挨拶をします。
挨拶なんて当たり前のことだし、
意識して挨拶するのは単なる私の自己満足でもあります。

ですが、こちらから挨拶してみると、
不思議と他人に対する「怖い」という感情が
中和されてきます。
相手が返してくれなくても、特段、会話に発展しなくても、
“私から挨拶した”ということが
効果をもたらしてくれている気がします。

挨拶程度の相手、
というのは一番薄いトーンのグレーですが、
薄くてもグレーゾーンが広がれば、
だんだんと自分のまわりを
「生きやすい」環境にしていけるのかなと思っています。
(今野)

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2008-08-20-WED
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