YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson387
 自己PRの視点2―向上心のゆくえ


就職活動などで「伝わる自己PRのポイント」は
なんだろう?

それは「タテ×ヨコ」ではないか。
すなわち、

「目標を達成する力 × 人とつながる力」

ということを先週ここに書いた。
これには企業の採用担当から
次のようなメールが寄せられた。

就活のみならず、
ひろく自己PRに悩む人にヒントになるので、
まず、読んでほしい。


<向上心×周囲への関心>

「Lesson386 自己PRの視点」に賛同したので
メールしました。

私は勤務先で採用を担当しています。
今年も多くの学生からエントリーシートをいただきました。
しかし、どうしても会ってみたい、と触発される文章を、
あまり見ることができませんでした。

常々、私は自己PRにおいて大事なことは、
木の成長のように、タテ方向とヨコ方向のバランス
だと考えています。

ここで言う「タテ」は向上心、
まさに上へと伸びようとする力です。
一方、「ヨコ」は自分がいる周囲、
環境への関心があることです。

木が背高く成長するには、
枝をある程度は出して葉を付けることや、
根をしっかりと生やすことが必要です。
背が高いだけで枝や葉が少ない木や根っこがひ弱な木は、
すぐに曲がったり折れたりするでしょう。

また枝ばかり伸びていて上へ伸びていない木や、
根っこが伸びすぎてしまった木は、
見た目のバランスも良くありません。

健康な木は、幹も枝も葉も根も、
どれもしっかり存在していて、
またすべてがあるからこそ
高く伸びることができるのだと思います。
(イメージはまさしく“この木何の木”の木です)

また花が咲くということは、
花が咲くまでの準備が滞りなくできていた
ことの証でもあるわけで、言い方を変えれば、
準備ができていないところに花は咲かないということです。
だから花が咲くのは必然で、偶然はありません。

最近の学生の自己PRを見たり聞いたりすると、
上へ伸びたいという気持ちが強い反面、
何のために上へ行くのかという部分が弱い
ものが多いように感じます。

また成果や経歴があるということは、
当然そこに至るまでの準備や努力があるはずなのに、
そういったことがほとんど語られることなく、
ただ花が咲いた、ほかのどれよりも大きく美しいです、
というようなことしか語ってくれていないように思います。

だからそういう自己PRに出会うと、
もったいない、と強く感じます。

私は採用担当として、成長したそうな苗木を選び、
水や栄養を過不足なく与えながら、
若い木自身が思い描いたように
成長していくための手助けをしているにすぎません。
だからバランスよく成長しそうかどうかを
基準にしています。
(はし)



現場の実感のこもった声で、とくに
「タテ×ヨコ=向上心×周囲への関心」という読み解きに
とても説得力を感じた。

きょうはこの「向上心」に焦点をあて、
伝わる自己PRのポイントを探ってみたい。

メールを読んでますます思ったのが、
学生の多くが、「自分には無い」と
落ち込んでいるポイントと、
読者のはしさんや私のような採用側から思うポイントには
ズレがある、ということだ。

学生の多くが目に見えた「花」をひねり出すことに苦心し、
「花がない」と落ち込んだり、人の花をうらやんだり
ライバルの花を見て脅威に感じたりしているけれど、
採用側は、そこはあんまり気にしていない。

「ちいさな苗木でもいい、タテヨコバランスがよくて、
 これから企業に来て育ちそうだ」と思えること。
これはきれいごとでなく、本音と思ったほうがいい。
つまり「可能性」重視だ。

大きな花を見せびらかせる人も、
「その花は、どうもウチの企業と方向性が違のではないか」
「花の栄光にとらわれて早くに辞めてしまうのではないか」
と思われるようなやり方ではかえってマイナスだ。

大事なのは、花があるかないかより、
「この人ならウチの企業に来て、5年後、10年後、
いい花を咲かせそうだ」という期待がもてること。

では、どんな苗木が
「いい花咲かせる」期待が持てるかというと、
まず「根」にあたる「動機」の部分が
しっかりしていること。
「なんとなくこの企業にきました」という人より、
動機がしっかりしている人のほうが、辞めないし、
意欲をもって取り組んでくれそうだと思わせる。

そして、タテ×ヨコ。

このうち、タテ、「向上心」、
が、きょうの焦点なのだが、はしさんの次の言葉、

>最近の学生の自己PRを見たり聞いたりすると、
>上へ伸びたいという気持ちが強い反面、
>何のために上へ行くのかという部分が弱い
>ものが多いように感じます。


これは、就活の文章を審査しながら
まさにいま、私も強く感じていたことだ。
成長したい、上へ伸びたいという「向上心」は、
若い人の文章からものすごく伝わってくる。

でも、この「向上心」にも、
爽やかで共感できるものと、
どうもひとりよがりに思えてならないものとがある。

この差はなんだろう?

ポイントになるのは「向き」だ。

まだ働いたことのない学生にとって、
タテ方向のピーアールをするといっても、
まだまだ苗木だから、
「太さ」や「長さ」を競っても、
その道何十年のベテランから見たら限界があるものだ。

主張すべきは、その人が何を目指して、
何のために、向上しようとしているか。

この「向きの差」つまり、
「向上心のゆくえ」がポイントだと私は思う。

最近、わたしが目にした
就活で「将来の抱負」を述べた文章で、
向上心のゆくえは、大きく次の4方向にわかれた。

1.自己実現
2.幸せ
3.ボランティア
4.仕事

自己実現というのは、
たとえば、
「将来は有名テレビから
 取材にこられるような立場にいたい」
「歴史に名を残す人物になる」
「仕事と家庭を両立し
 趣味でも輝くキャリアウーマンになりたい」
というようなもの、

そして、「個人の幸せ」というのは、
たとえば、「将来はマイホーム・パパ」とか、
「結婚をして、こどもをできれば3人は産み
 温かい家庭を築く」
「できれば早めに脱サラして、
 海の見える家で暮らすことです」
というような方向性のものだ。

これらの将来の抱負を持つことは
ちっとも悪いことではない。
でも、就活の場面で積極的にピーアールするかというと、
ちょっと違うと私は思う。

これらの向上心の目指すところは、
「自己満足」。
それはいいことだが、
採用する企業や担当者からみたら、
「あなた個人の満足と、
 ウチの企業やお客さんとなんの関係があるの?」
ということになってしまう。

うそをつくというのではなく、
人にはさまざまな向上意欲があると思う。
「自己実現したい」
「人から認められたい」
「人の役にたちたい」
どれもいいことで、
でも、そのさまざまな側面のうち、どの面を抜き出して
就活の場面ではピーアールするか、という問題だと思う。

そして、それが就活のピーアールである以上、
なんらかの「人や社会への貢献」というベクトルは
必要条件だと私は思う。

つまり、その人が向上すればするほどに、
その人も満足するのだけど、
それだけでなく、
人に役立つとか、会社が喜ぶとか、
社会がほんのちょっとでもよくなるとか、
出口にほんのちょっとでも、
「仕事につながる他者貢献」が
イメージできるということだ。

でもここで、気をつけなければいけないのが、
仕事とボランティアの境界だ。

「国家間の交流を活性化させたい」
「地球環境を救いたい」
「飢餓に悩む人を救いたい」
など、これらのベクトルもとても尊いことなのだが、
その内容によっては、採用担当が、
「この人の夢は、企業でできることなのだろうか?
 もしかしてボランティアの団体でやっていったほうが
 いいのではないか」
と悩むようなケースも出てくると思う。

領域として、ボランティアと重なる方向性で
将来のベクトルを持っている人は、
ボランティアとしてライフワークでやる部分、
就職してぜひ仕事としてやりたい部分の線引きをして、
そのうちの仕事の部分を
主にピーアールしていくといいと思う。

向上心のゆくえとして、
私がもっとも印象に残っている文章は、
就職氷河期に、出版社に採用され、
念願だった、週刊誌の編集者になった人のもので、
その人も、向上心の旺盛な人だった。

たしか「十年後の自分」という就職課題だった。
その人は、次のような趣旨のことを書いていた。

「自分は人間の表の顔だけでなく裏の顔にも興味がある。
 例えば、政治家であれば政治家の、
 昼の顔だけでなく夜の顔、
 本音とタテマエ、上半身と下半身、
 両方を追っていきたい。
 それには新聞記者でなく、
 社会・政治・文化・風俗を全方位から扱う
 週刊誌だと思った。
 10年後の自分は、
 週刊誌記者として人間の二つの顔を、
 一心に追い続けた結果、
 大スクープにつながり、世の中を動かしていく」

社会貢献といっても、
優等生的なものではなく、
「自分は人間の表裏両方の顔に興味があるのだ」という、
自分の切実な動機に根を持って、
この人が伸びていった先に、
読者や社会への役立ちが見える。
出版社にとっても共感できる出口だ。

向上心のゆくえとして、
こうした「就きたい仕事の方向性」で、
出口に、1ミリでも2ミリでも
人や社会への役立ちが見えるものが、
就活の自己PRではふさわしい。

就活で将来の抱負を語るときには、
初心者は、「なりたい自分」で語ると
独りよがりになりがちなので、
「やりたいこと」とか、
「実現したい仕事の世界観」で語るといいと思う。

これは自戒もこめて、おとなの人に、
もし、学生が就活ですっとんきょうな回答をしても、
それは、なれていないだけということが考えられる。

そういうときは、KYで片付けたり、
あとで語り草にして笑ったりせずに、
はしさんのように成長する苗木をみつけるような目で、
できれば、その場で、その学生本人に、
「この質問は、このような意図で
 このようなことを聞いている」
とわかるまで、説明してほしい。

意図がわかれば充分回答できる、潜在力の高い人が、
それ以前の関係性がつかめなくて苦しんでいる。
そういうケースがとても多いのではないかと私は思う。

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「山田ズーニーさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2008-02-27-WED
YAMADA
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