YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson385 おかんの戦場2


「おかんはどうしてそんなにがんばるのか?」

仕事人間として生きてきた私は、
「自己実現」とか、「やりたいこと」とかと、
およそベクトルのちがう、
家族のために、
弱い体をおしてまでがんばる母に
打たれるような想いがしてきた。

姉も家庭を持ち、家族のために半生を捧げている。
自分だけ東京に出て好きなことをやっていていいのか?
自分は人として、女としてまちがっているのではないか?

母や姉を前にすると身の置き所がない自分であったが、

ふと、「母にとっての家族のように、
自分が熱があっても、骨折しても、
愚痴も言わず、不満も漏らさず、
がんばれるものは何だろう?」と考えたときに、
間髪いれず「仕事」が浮かんだ。

自分にとって「仕事」が、人格が問われ、結果が求められ
抜き差しならぬ戦いの場であるように、
母にとっては、「家庭」こそが本番であり、
戦って生きる場だ。

そう思ったときに、引け目や負い目でない、
同志のように母とつながる感覚がした。

――そんな気づきをつづった
先週のコラム「おかんの戦場」に、
読者から理解のメールが多数寄せられた。

私自身、読みながら理解が深まったので
今週は、急遽このテーマにもう一週あて、
「読者メール」から理解を深めていきたい。


<戦場に二本足で踏ん張れる鍵>

「おかんの戦場」を拝読し、
衝動的に何かを伝えたい思いに駆られ、
このようにメールを送らせていただいている次第です。

なぜ人は真剣になれるのか?
そして、なぜ人は真剣になれないのか?

その答えが、この中に集約されている、と感じました。

私は今仕事を変えようとしています。
今の仕事が嫌いなわけではなく、
やっていてよかったとも思います。

ただ、精神的にも、肉体的にも、どうにも合わない。
結果、体を壊しかけました。

自分がどうして真剣になれないのか。

仕事と割り切れないから?
嫌なことがあるから?
思い入れがないから?

どれも腑に落ちませんでした。

そんなとき「おかんの戦場」を読み、
これか、と思いました。

私は、今の仕事を戦場と思えなかった。
自分のアイデンティティを、ほんの一部でも、
そこに置きたくなかった。

さんまさんはたびたびテレビでこう言います。

「ここは戦場や!」

言うまでもなく、そこは、テレビと言う名の舞台。
力強く叫ぶそのセリフは、
ギャグでもあり、真実でもある。
自分をさらけ出し、
自分を一番に売らなくてはならない場所。
たとえ一瞬でもそこに身をおくのであれば、
問答無用で自分をさらけ出さなくてはならない。

他の仕事ならわからない。
だが、テレビと言うメディアは、常に自分をさらけ出す。
自分をさらけ出す場所が戦場なら、
間違いなく、テレビは戦場。

私はメディアに身を置こうと考えています。

そして、そこにいる自分にこそ、
例え惨めに負けたとしても、誇りを持てる。
そう考えられます。

ハズレでさえも、勝ちなのだ。

自分は今、ハズレを楽しめない。
だから、ハズレを楽しめるようになろうと思います。

それが出来た時、戦場に二本足で、
踏ん張れるかもしれない。
(きのした@なぎさ)



就職すること=自分の戦場に二本足で立つことではない、
となぎささんは教えてくれます。

さらに、
「では、そこを自分の戦場と言える条件はなにか?」
と問題提起してくれています。

私自身、働きだしても10年経つまでは、
好きな編集の仕事であったにもかかわらず、
心身ともにキツイ仕事であったにもかかわらず、
どこか中腰で、「ここが自分の戦場」と
胸を張って言えませんでした。

仕事人間、家庭人間というように、
安易な線引きをしていた私でしたが、
「場に身を置ききっている人」と、
「まだ置ききれていない人」、
というような線引きで見ると、

家庭にいるから、仕事をしているから、
というような垣根をこえて、
通じ合える人、通じ合える領域が広がるのを感じます。


<その責任を背負った人間>

私は二人の子供がいる主婦で、
ずっと家庭が仕事場と思ってきました。
よく言われますが、主婦は24時間365日、
夜中だろうが病気だろうが仕事中なのです。

たまに一人で出かけても、
家族に待たれていると思えば気になるし、
一家で出かけて疲れている時も、
家に帰れば夕飯の支度があったりと、
自分のためだけに暮らしてはいられません。

また、子育て中は何年も、
一晩ぐっすり眠ることさえないのです。
子供のかすかな寝息の変化にも
飛び起きる母親は少なくないと思います。

もちろん個人差はあるでしょうが、会社が休みの日に、
パッと気持ちを切り替えてリフレッシュできた、
勤め人だった頃が遠く感じます。

主婦が病気などをして家庭がうまく回らなくなると、
有り難みが分かると言ってくれる家族もいるでしょうし、
その不便さを腹立たしく思う人もいるでしょう。

家庭というかけがえのない小さな世界の中で、
食事の支度が、家の片付けが、清潔な服の用意が、
できていて当たり前、と思われることの重さに、
おそらくこの先何十年と続くことの重さに、
たまに押し潰されそうになります。

支えとなるのは家族への愛情です。
家庭を守ろうという一種のプロ意識です。
そして残念ながら、このことを実感するのは、
自分がその責任を背負った人間だけなのです。
(トクメイキボー)



「プロフェッショナル」、
と、思わず口をついて出たメールです。
社会であろうと、家庭であろうと、そこにプロはいる。

プロの孤独を思います。

家庭という場の多くは、
このように、「たった一人のプロ」と「その他」で
構成されている。

同じ場に身をおいていても、緊張感がまるで違う。

しかし、その温度差に気づけるのは、
「自分がその責任を背負った人間だけ」です。

私はフリーランスになってから、
とくにその孤独を感じるようになりました。

たった独りで、全国をあちこちまわり、
ときに何百人という人のまえで講演をします。
独りでテーマを決め、構成を決め、段取りを決め、
独り新幹線や飛行機を乗り継いで、
現場に行っては独りで帰る。

その、ときに押しつぶされそうな緊張と責任は、
場にいるだれともシェアすることができません。

講演先の協力者や、参加者の方々、
私にとってなくてはならない愛すべき人々です。
でも、緊張感が自分とはまるでちがいます。

同じ場で学びあい、響きあう人たちだからこそ、
自分のおしつぶされそうな緊張が
だれとも共有できないことに孤独がつのっていました。

でも、トクメイキボーさんのように、
きょうも、「その責任を背負いきって」、
ときに押しつぶされそうになりながら、
独り、現場で、戦っている人がいる。
そのことに、同志を得たような心強さを感じます。

そして、自分が会社に勤めて10年すぎて、
「ここが自分の居場所」と言えるまで仕事を極めたり、
独立して独り、全国あちこちを講演で回ったり、
自分の名で、ものを書いたり。

どこにも逃げられない最後の責任を背負うものとして
鍛えられ、経験を積んだ果てに、やっと、
おかんの緊張を垣間見れる立ち位置に来れた、
と気づきます。

私は、外に出て、東京に出て、
社会の中であがいて、あがいて、大切なものがみつかって、
ようやく、うちの中にあった、母の孤独を
理解できるようになってきたのだと思います。


<お母さんの成果>

子供達は、母の背中を見ながら
知らず知らずに、その姿勢を受けついでいたのですね。
それがお母さんの丹念な仕事の、成果なのでしょうね。
(Sarah)



個人的にとても嬉しい、理解のメールでした。
わたしも嬉しいし、母も嬉しい。
でも、それだけではない。
このメールを載せたことには理由があります。

働いていないお母さんも、
家庭生活を通して、立派な社会人を育み、
世に送り出すことはできるのだと、
このメールは伝えてくれます。

そこが家庭であろうと、会社であろうと、
プロフェッショナルのいる現場で、プロは育つのです。


<玉砕したくなる程の役割>

こんにちは。
「おかんの戦場」を読ませて頂きました。
まず思ったことが、私もそういうシチュエーションだったら
絶対に務めを果たすだろうな
ということでした。ズーニーさんのお母様の
お気持ちがよく分かりました。

もし、務めを果たさず休ませてもらったとしても
周りのことが気がかりで、ゆっくり休めない。
そして、後になってなんであの時無理をしてでも
動かなかったのか、動けたはずだ・・・と、
自分を責めて後悔すると思った。

わたしは、7年程前に腸閉塞で2週間程
入院したことがある。退院当日も体の力が
抜けたようになっていて、家に帰っても家事なんて
とてもじゃないけど出来ないと思っていた。

しかし、いざ家に帰るとリビングは散らかっていて
落ち着いて寝てなんかいられない状態だった。

そんな時どこからか力が湧いてくる。
リビングを片付け、玄関の掃除をし、
夕方には家族の為に夕食の準備をした。
自分は、全く食欲がないのに、
いつもと同じように準備が出来た。

私も、考えてみた。
「どうして、こんな時でもテキパキ動けてしまうのか?」

これって、私だけの力ではないような気がした。
私を必要とし、待っていてくれる人がいるからこそ
動けるのだと。周りの人達から私はいっぱい力を
もらっているのだ。

勿論、自分の中の責任感もある。
でも、人から必要とされていると思えた時、
この責任感を遥かに超える力を発揮することが出来る。
これが、私を動かす原動力となる。

人は、必要とされることで、生かされる。
そして、活かされる。

玉砕したくなる程の役割を、誰でも一つは
与えられているのかもしれない。
(N.T)



「玉砕したくなる程の役割を、
 誰でも一つは与えられている」
という言葉の重さをおもいます。

私は、今後も、からだの弱い母に
体調が悪いときはどうか休んでほしいということを
言うだろうと思います。

しかし、そのときに、
「こんなこと(家事)ぐらい
 休んだっていいじゃないか‥‥」
というような言い方を決してしてはいけない。

母にとっては、ごはんをたくこと、お風呂をすることの
ひとつひとつが、私にとっての原稿であり、講演であり、
「丹念な仕事」をまっとうするための
欠かせないプロセスなのだ、
ということを心に刻んでおこうと思います。

「玉砕したくなる程の役割を、
 誰でも一つは与えられて」おり、
はたから見て、その仕事が軽いとか、重いとか、
安易に決められるものではないし。
「こんなことぐらい休め‥‥」というもの言いは、
ときに人をラクにもしますが、
アイデンティティにかかわり、
ときに傷つけてしまうのです。

体調が悪いときはどうか休んでほしいという物言いは、
場に身を置ききった人の目線で見て、
その重さを受けとめて、
はじめて通じる力が出るものだと思う。

「こんなことぐらい‥‥」でなく、今度はこう伝えたい。

「あなたのやっていることはかけがえがなく、
 あなたのかわりはどこにもいない、
 だから、休んでほしい」と。

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「山田ズーニーさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2008-02-13-WED
YAMADA
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