YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson360 「対価」という発想


関心が内向きなあまり、
自分への関心でイッパイ・イッパイの若者が、
将来の夢と言われて語るのは、
「なりたい自分になる」という自己実現願望で。

悪くはないんだけれども、
それって行き着くところ、つまりは「自分」。

もうちょっと視野を広げられないものかしら、
というようなことを先週書いたら、

研修の講師として企業の社員を育成したり、
「若手社員向け研修プログラム」を開発している人から
こんな現場の声が届いた。


<得ていくというキャリア・プラン>

「Lesson359 なりたい自分か? やりたいことか?」
研修でよく話題になるテーマで、
とても興味深かったです。

研修を受けにくる若手社員と話していて感じるのは、

なりたい自分も、やりたいことも、
<自分が獲得する>という視点で考えている
ということです。

「なりたい自分」は、
「獲得したい自分の地位、評判、報酬を得た状態」ですし、
「やりたいこと」は、
「その手段として獲得したい仕事」
と捉えていることが多いです。

<自己実現とは獲得することで成される>と思っています。

人生全般についてはわかりませんが、
仕事における自己実現は、
それでは成し得ないと思います。

ビジネスは交換であり、相手がいないと成立しません。

他者に貢献することがあらゆる仕事の前提ですし、
他者への価値提供がない限り、
「やりたいこと」と「他者への貢献」が矛盾しない状態
(それが本来の自己実現の意味合いだと思います)
は創られないのだろうと思います。

そのため、受講者への問いをあれこれ考えた結果、
自分目線・獲得目線から
もう一歩広げて考えてもらうために、
次のような言い方をするようになりました。

「矛盾のない仕事をしたいなら、
 『与えたいことは何か』を考えよう」

難しい問いだと思います。
私自身、自分が与えたいものが何かは
よくわかっていません。
ですが、この問いに答えられたときに、
仕事における『自己実現』は成し得ると思っています。

Lesson359にて挙げられています「やりたいこと」
(世の中の女性たちをもっときれいにしたい。など)は、
上記の「与えたいこと」ととても近いと思います。
ですが、私の研修現場では
「やりたいこと=獲得したい仕事」と
捉えている若手社員と多く出会います。

このことについてはあまり悲観していません。
あと一歩だと思います。

与えたいこと、
という視線で考えることができるようになれば、
具体的な仕事や職種は目的ではなく手段になります。
そのように仕事を捉えられるようになれば、
もっと仕事や成長が楽しくなると信じています。

貢献との両立ができる、
言い方を換えると自分の価値観のようなものと
実際の仕事との折り合いがつけやすくなるとも思います。

半年程前に知った、
ダニエル・ピンクの言葉が強烈に心に残っています。
「今の若者が将来従事する仕事のほとんどは、
 まだ発明されていない。」

ですから、
「自己実現できる仕事、どこに売っていますか?」
という空気を辺りに発散させている若手社員と出会う度に、
そうではない、ということを伝えたくなります。
もったいない働き方はしてほしくないと思います。
(読者 Tさん)



なるほどなあ、
「得る」ことばかりに傾く若者を、
「交換」という本来の位置にゆりもどすための質問が、
「何を与えたいか?」。

私も、企業に研修の講師で行ったり、
就職中の若者のサポートをしているので、
Tさんの「交換」という言葉にピンとくるものがあった。

社会は人・モノ・金・サービスが
激しく循環しているところだ。

社会にエントリーするためには、
自分から何かを提供して、
その対価であるお金を得なければならない。

「だれに」「なにを」提供して対価を得るか?

この「対価」という発想が、
あまり鍛えられていないのかなあと、
学生や社会人の受講者を見ていて思う。

そもそも何を与えるかの前に、「だれに=他者」が
出てこない人がいる。

受講者で、この「他者」を、
「友だち」と答えていた人がいた。
「医者にとっての患者、教師にとっての生徒、
 店員にとってのお客さん、のように、
 将来、自分の活動を通じて働きかける他者を想像して」
といっても、やはり、その人は「友だち」しか
出てこなかった。

むしろ小学生とか、
大学生でも、まだ就職が遠い先である1年生のほうが、
ワークをすると、
仮説づくりとして、意外にすらすらこの問いに答える。

就職が間近になった人や、すでに働いている人の中に、
この問いに答えられない人が目立つのはなぜか、
と思っていたけれど、

Tさんの言う、「得るもの」目線を考えると納得できる。

いざ、就職活動がはじまり、
たくさんの会社からどれを選ぼうか?
内定をもらったA社とB社どっちにするか?
というときに、

「どちらのほうが面白い仕事につけそうか?」
「どっちに行ったほうが働きやすいか?」
「どちらのほうが吸収できるものが多いか?」

と、「得るもの」目線で比べていくのは無理もないことで、
「ちょっとでも得るところが多いほうを」と比べるうちに、
やっきになって、

「どちらのほうが自分から持ち出せるものが多いか?」
「どちらのほうが自ら提供する意欲がわくか?」
「どちらのほうが人や社会に歓んでもらえるか?」

と、「与える目線」は、なかなか出てこないのだろう。

福祉系の学生や、福祉系の仕事に進む人は、
早くから「与える」意識が強いので、「他者」は明快だ。
お年寄りだったり、障碍をもつ人だったり。

しかし、やはり「対価」という発想が弱く、
まだまだボランティアと区別がつかないところで
仕事をとらえている人も多い。

ボランティアなら「与える」と迷いなくいえる行為も、
「対価」をいただくとなると、
相手は顧客になるのだから、
厳しい目で見られるようになる。
競合する他社と提供内容を比べられたり、
提供するものがお金に見合うかどうかチェックされたり。
それでも、お金をいただくにたる
何を与えることができるか、と考えていく必要がある。

「得る」で考えるか、「与える」か、「交換」か?

100%「与える」に傾くとボランティアになり、
「得る」に傾くとパラサイトになる。
そのどちらを欠いても仕事ではなくなる。

以前、仕事仲間で
「自分にとって“他者”とはだれか?」
に悩んでいたKさんという人がいた。

当時私は、企業で、小論文の編集をやって
10年すぎたころで、やっと
「得る」と「与える」がガッシリかみあいはじめ、
仕事に迷いがなかったころだ。

「自分にとって“他者”とはだれか?」
と聞かれれば、
「読者の高校生だ」と答えて迷いはなかった。

でも、会社の中には、
「自分にとってのお客さんとはだれなのか?」
迷う人もたくさんいた。

みな、ダイレクトに社会と
へその緒を結んでいるわけではない。
「就社」というカタチで、
いったん「会社」とへその緒を結んで、
間接的に社会に出ている。
だから、「だれに」何を提供して、
どこから対価を得ているのか?
わからなくなることもある。

会社なのか? 会社のトップなのか?
お客さんなのか?
そこに、株主さんもいたりして。

そういう状況で、Kさんは、さらに、
「子会社」という難しい立場にいた。
編集プロダクションとして、
私のいる親会社の編集業務を担っていた。

Kさんは、ある日、私にこういった。

「自分にとっての顧客はだれか
 ずっと考えていたんですけど、
 読者の高校生だと考えると、
 どうも矛盾にゆきあたるんですよ。
 それで、考えて、考えて、やっとわかったんです。
 自分にとっての顧客は、親会社の社員だと。
 だから、私は、親会社の社員、
 たとえば、山田さんに歓んでもらうのが仕事だな」と。

営業の人ならこのような発想は持てるのかもしれないが、
編集者なら、顧客は「読者」と言いたい人が
ほとんどではないか。

ましてや、Kさんは、
編集者として私がかなわないものをいっぱいもっており、
恐ろしいほど、仕事ができる編集者だった。
子会社といっても、独自に企画から立てたり、
親会社に提案したり、
とても自立した関係だったので、
私は、そのとき、ほんとうに驚いた。

例えば、編集会議などで、
新しい企画がもちあがり、
だれが担当するのか、みんな仕事がいっぱいで、
なんとか担当になるまいと必死で、
水面下で、逃げあい、押し付けあうようなシーンがある。

そういうとき、Kさんが決まって、
「それ、おもしろそう! 私にやらせてください」
と声をあげた。

これには、みんな、自分を恥じずにはいられなかった。

Kさんがだれよりも多く仕事をもっており、
高い具現度でそれをやりきっていることを
知っていたからだ。
Kさんの発言で、いつも会議の流れが変わり、
逃げ腰の社員までも、意欲をみせずにはいられなかった。

Kさんの仕事は歩合制ではない。
いくら親会社から仕事を多く採ってきても、
Kさんのもとには1円もはいらない。

自立した優れた編集者であるのに、あえて読者ではなく、
「私にとっての顧客は親会社の社員である」と
考えた末に受け入れたKさんの覚悟を、
いまでもよく思い出す。

何かを得るには、何かを与えなければならない。

なにか特別良いものを得たいのなら、
対価として非常に多くのものを、
まず自分から差し出さねばならないということを、
Kさんが教えてくれたと思う。

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2007-08-08-WED
YAMADA
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