YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson309
電子メール取り扱い説明書

「この機械で、ものを送ることはできません。
 姿を見ることはできません。
 匂いを送ることはできません。
 遠くにいるからといって、
 大きな声を出す必要はありません…」

人の生活に初めて「電話」がはいったとき、
つくり手は、どんな説明をしたのだろう?

相手に送ろうとして、
電話線にお弁当をくくりつけた人がいると
語りぐさにされるけれど、

なぜ、別の土地にいる人の声が聞こえるのか。
なぜ声だけで、他のものは、やって来ないのか。

みんな不思議でならなかったろう。


「この機械で、やりとりするときは、
 視覚情報がない分、
 <声>の占めるパーセンテージが大きくなります。

 相手は、あなたと会って話しているときよりずっと、
 あなたの<声>に敏感になっています。
 そこでは、声の大小、つや、ハリ、高さ低さが、
 いつもより、ずっとものを言います。

 表情・手振り・身振り・服装などの
 身体表現は使えません。
 その分、コミュニケーションにおける
 <言葉>の占める割合が大きくなります。

 <言葉>の世界は、<意味>の世界です。

 電話でのコミュニケーションは、
 会って話すよりずっと、
 <意味>に重点があるコミュニケーションです。

 そこで、表情・手振り・身振り・服装になりかわって
 あなたの<雰囲気>を伝えるものは、
 声の色・抑揚・間です…」

人の生活に初めて「電話」がはいるとき、
私なら、たとえばそんな注意書きを、
取り扱い説明書に添えたかもしれない。

電子メールを私が本格的に使いだして12年目になる。

6年前からインターネットにコラムを書くようになって、
メール×ネットで
電子メールの良さも、悪さも
数倍増になって、跳ね返ってくるのを実感している。

電話で弁当を送るような、
過剰な期待をこの道具に込めてしまい、
失敗したこともあり、

それで、いつごろからか、
自分のためだけの電子メール取り扱い説明書を
持つようになった。

「電子メールでできることは次の3つです。

 1. 相手への理解・共感を伝える。
 2. 有益な情報をシェアする。
 3. アポイントをとるなど用件を進める。

 電子メールでできないことは次の3つです。

 1. 相手への否定・批判をする。
 2. 人により解釈がブレやすい、
    こみいったことを伝える。
 3. 人に知られてはまずいことを書く。」

電子メールでできる、できない、とは大げさだが、
要は、自分のコミュニケーション力の限界として、
この道具を使ってできること、
そして、できないとあきらめたことがある。

できないとあきらめたことは、
相手に直接会って顔を合わせて話すか、
どーしても会えない状況なら電話で話すようにしている。

電子メールは、つくづく善意の道具だと私は思う。

相手の言ったことに、
「そうそう!」
「いいね、それ!」を伝えるのは大得意だけれど、
「そりゃちがう!」を言うのに向かない。

役立つ知らせ、耳寄り情報など、
人に「与えよう、与えよう」とすることは得意だけれど、
こっちむいてくれ、聞いてくれ、かまってくれと、
「くれ、くれ」、愛を乞うには向かない。

シンパシー・シェア・ギブ、
善用するにはこの道具は、いくらでも答えてくれる。

しかし、相手の発言に、
否定的な意味あいのことを伝える、
批判する、攻撃する、チクッと皮肉を射すなど、
ちょっとでも悪意がまざりこんでくると、
とたんに自分の意図を裏切って、
この道具は不具合になる。

どす黒い、ただただ嫌な思いを、
相手にも、ひるがえって、自分にも、させるだけで、
電子メールの衝突は、衝突が実りを生む前に、
感情的に疲れ、消耗してしまう。

どうしてか、というと、この道具の宿命として、
「増幅」するからだと思う。

「増幅」というのは、
今日、自分が誰かに送ったメールが、
明日は、一斉メールで、何十、何百人に転送される、
あるいはネットに載って世界に流れる可能性がある、
なんていう、文字通りの増幅の意味もある。

でも、「増幅」には、もうひとつある。
さきほどの電話の取り扱い説明書になぞらえると、

「電子メールで、やりとりするときは、
 服装・表情・身振り・手振りなど
 <身体表現>は使えません。
 <言葉>の占めるパーセンテージが大きくなります。

 この点、電話や手紙と同じですが、

 電子メールは、
 電話のように、<声>の色・抑揚・間などで
 言葉意外のニュアンスを込めることができません。

 手紙のように、手書きで、
 感情の動きや、その人の持ち味などの
 微妙なニュアンスをまぜることができません。

 メールは、<言葉>100%の世界です。

 他のいっさいのニュアンスを
 込めることができません。
 もしも、微妙なニュアンスを込めたいなら、
 その微妙なニュアンスまでを言葉にして、
 相手に伝えなければ伝わりません。
 これは、プロでも難しいことです。

 これを補うのが、絵文字ですが、
 ビジュアルは、文字よりも
 コミュニケーションスピードが速く、
 文字よりもずっと強く、その場を支配します。

 つまり、こどもっぽいイラストが入っていると
 そこに書いてあることがどうであっても、
 メール全体の印象がこどもっぽくなってしまいます。

 絵文字はメールの世界観を規定します。
 この点で、手軽には使えますが、難しいです。」

そんな言葉が、
私の取扱説明書には入るかもしれない。
たとえば、メールに一行、
「あなたには、もう、うんざりだ」とあったとして、
これを、相手が明るく笑って、
アメリカの映画のように、お茶目に
肩をすくめて言っていると想像して読んでみる。

「あなたには、もう、うんざりだ」

これを相手が、はらわたを煮えくり返らせながら、
怒りにうちふるえて、言っているのを想像してみる。

「あなたには、もう、うんざりだ」

これを相手が、あなたを見透かしたように、冷ややかに、
さげすみ、見下したように言っているのを想像してみる。

「あなたには、もう、うんざりだ」

どのニュアンスを込めるかで、
ほんとうはまったくちがうのに、
メールに書くとどれも同じになってしまう。
読み手が、
どのニュアンスで読んでしまうか予想もつかない。

ほんのちょっとだけ込めたつもりの皮肉も、
何倍にも増幅して相手に受けとめられ、
まったく意図しないダメージを
相手に与えてしまうこともある。

この点、「ありがとう」などの善意の言葉は、
相手によって、
解釈がどうブレても、増幅して受け取られても、
どこまでいっても感謝、
相手をへこませてしまうことはない。
だから、メールは、善意の言葉をのっけるのに向く。

そして、メールの「増幅」の三つ目は、
反応した部分が増幅する、ということだ。

たとえば、メールボックスに、
善意のメール9通と、悪意のメールが1通くるとする。
あなたは、まず、どれにリアクションするだろうか?

メールは、ピンポンのように頻繁にやりとりされ、
「こんなメールが来た」
と転送も手軽で、人を巻き込みやすい、
ブログに話題が採り上げられれば、
また他の人を巻き込む。
面白い話題も、悪意も、
反応した部分が増幅する。

善意のメール9通と、
悪意のメール1通、この時点では、9対1。
ところが、悪意に腹が立ち、
相手に「それはちがう」とやりかえせば、
自分の中の憎悪も増幅するし、
相手の怒りも増幅し、さらに大きくなって返ってくる。
さらに、自分の憎悪も増幅し、さらに返し……、
そうしているうちに悪意が増幅し、
まわりにも連鎖していく。

一方、善意のメール9通の、
自分が「ここ面白い!」と思う部分に反応すれば、
相手が喜んで、
さらに面白い情報が返ってくるかもしれないし、
それをみて、
自分の面白い発想が引き出されるかもしれない。
そうして、面白い世界が増幅していけば、
9対1の悪意の割合は知らぬ間にちいさくなっている。

これは、1通のメールにも言えることで、
相手からもらった1通のメールに、
もらってうれしい部分と、むっとした部分がある場合、
反応した部分に、相手の意識も集中するし、
自分の意識も集中するし、
反応した部分が増幅して、育っていく。

「電子メールには、
 増幅という特徴があります。
 反応した部分が増幅していきます。
 ですから、育てたい、増やしたい、という部分から
 反応していくとよいでしょう。」

あくまで、自分のためのものだけど、
電子メール取り扱い説明書に、
これからは、そう書き加えようと思う。

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内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2006-07-26-WED

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