2017 新春対談 家庭料理のおおきな世界2017 新春対談 家庭料理のおおきな世界

糸井重里

土井善(料理研究家)

料理屋の料理と、
   家庭の料理。

土井
若いころのわたしは
「吉兆」で修行していたんです。
30歳の手前で卒業して、そのあとしばらくは
父の仕事の手伝いをしていました。
だけど料理屋で働いていると、
ほんとうの旬がわからなくなるんです。
常に走り物(時季のはじめにとれたもの)で
いきますでしょう?
5月にかぼちゃを出してとか、
旬が3か月ぐらい前倒しで。
糸井
お金を出してもらいやすいのは、
そっちですからね。
土井
ですが、これではいけないと思いまして、
わたしは吉兆を出たあと、あらためて
素材について学びなおしたんです。
本当の食材を知らないことを知ったのです。
休みが来るたびに篤農家の方の畑で
収穫のお手伝いをしたり、
目利きの魚屋さんと市場に出かけ、
プロのカメラマンにお願いして、
野菜も魚も姿のままと解体写真を
撮ってもらったり。
そういうことをずいぶんやりました。
食べものの、いちばん最初を知りたくて。
糸井
原理のところに行きたかったんですね。
土井
そうなんです。
そこで畑に入って初めて、わたしは
「なんと野菜って美しい」
と感動するわけです。
そういったことに気づける機会って
意外とないでしょう?
そこからだんだんと、
素材に目が向くようになったんです。
糸井
なるほど。
土井
それで、建前として、
「日本料理は素材を活かす」なんて
言い方がありますよね?
糸井
ありますけど‥‥建前ですか。
土井
ええ。ほんとうのところ、日本で
素材を活かしてシンプルに食べているのは
家庭なんですよ。
糸井
はい。
土井
プロはほうれん草をただ茹でて、
おひたしにしただけでは叱られますから。
ですから昔の料理屋というのは、
たとえばほうれん草ならそのアクをぜんぶ抜いて、
だしの味と入れ替えるような仕立てをして、
提供してたんです。
糸井
つまり、輸血のように
味の総入れ替えをするみたいな。
土井
まさにそうなんです。
かつてはそこまですることによって、
「やっぱりプロはおいしいね」と
みんなが家庭との違いをたのしんでいました。
ですから料理屋の料理というのは、
素材の見た目は活かしてますけど、味は総替え。
それが料理屋の仕事だったんです。
昔はいまより家庭で
明らかにうまいもんを食べてましたから、
料理屋はそれ以上のことをしないと
ダメだったんです。
糸井
そのふたつはまったく違ったんですね。
土井
はい、ぜんぜん違ったんです。
たとえばタケノコは、家庭では
1時間茹でたあと、茹で汁のまま冷まして、
すぐ使いますでしょう?
まぁ、すこし水にさらしますけど。
でも料理屋の場合は、3時間も4時間も茹でて、
そのあとも使うまで
1日でも2日でも水にさらして、
まったくアクをなくしてしまうんです。
よりやわらかく、より白く、よりクセをなくして、
ダシの味にして売るわけですね。
糸井
そっか。
土井
まぁ、とはいえ、いまは家庭料理が
思いきり地盤沈下してますから、
料理屋のほうで家庭料理を
やってるようなところがありますけども。
糸井
それ、うすうす感じてました。
土井
でしょう?
いまは「こんなん簡単すぎるやないか」
というのがウケるんですよ。
糸井
いまの味覚の最高峰って
「ものすごいお金持ちが
たくさんの料理人を雇って、
家のごはんを作ったら」
というものになってますよね。
土井
そうなんです。
非常に高い技術を持ったプロの料理人が、
お惣菜を作ったりとかしてるんです。
そのとき家庭と何が違うかといえば、
下ごしらえの技術ですね。
糸井
なるほどなあ。
土井
だけど家庭では、やろうと思えば
とにかく新鮮な材料を使えるんです。
自分で野菜を作る人もいるくらいですし。
そして、マーケットで買ってきた新鮮なものを、
冷蔵庫にも入れずにトントンと切って
サッと湯がくぐらいなら、
不味くなる暇がないんですよ。
お腹痛くなったりも少ないですし。
糸井
新鮮な材料をシンプルに調理すれば、
それだけでおいしいものが食べられる。
土井
だけど料理屋の場合は
「こんなにいい材料がある」と思っても、
100人分、200人分を仕入れられなければ、
メニューに載せられないんですね。
また、量があって実際に使えるというときでも、
自分とは別に腕のあるシェフや料理長、
ご主人などがいますから、
下の者はそういう人たちから
「今日はこないしいや」とか指示されないと、
出すものを変えられないんです。
上の者にはそこで変える器量も
サービス精神もないし。
糸井
はぁー。
土井
だからやっぱり、ちいさなお店で
「今日は誰きはんねんな。
そしたらこないしてあげようか」
みたいな感じでないと、おいしいものって
なかなか食べられないですね。
糸井
つまり100人入る店は、
料理屋のやり方になるしかない。
土井
そういうことですね。
そして仕込みも、ほんとは昼と夜に
50人ずつ仕込んだほうがいいものを、
一気に100人分作るほうが楽でいいと
考えがちなんです。
実はあまり変わらないんですけど‥‥。
その考えはどうすれば変わるだろう、
と思いますけど。
糸井
まずはそこの事実を認識する必要が
あるんでしょうね。
土井
だからいまは
フランス料理みたいな仕組みのほうが、
いいかもしれないと思うんです。
フランス料理ってわたしらも
「どないなってんのかな」と思いますけど、
お客さんが20人でも
調理場に20人くらいいたり‥‥
それは言いすぎか。
とはいえ、とにかく1皿オーダーが通ったら、
魚をおろしはじめる人間、付け合わせを作る人間、
火を入れる人間、ソースを作る人間と、
1皿に4、5人がパッといっしょに動いて
一気に完成させる仕組みなんですよ。
糸井
日本料理は違うんですか。
土井
日本料理はわりと昔式のやり方が
残ってるんです。
事前に仕込んだものを盛り付けるだけとか、
あるいは盛り付けてあるものを
蒸し器に入れて熱々にして出す、とか。
糸井
ああ。
土井
だから和食もほんとうは、
たとえばほうれん草のおひたしが、
いまオーダー通ったと。
すると蕎麦屋みたいにいつもお湯が沸いていて、
そこでほうれん草を太い軸ばっかり
パンっと長さ揃えて、さっと茹でたてで出す
‥‥みたいなことができたら、
いちばんおいしいけれども。
糸井
それはおいしいでしょうね。
土井
だけど、そういう発想にはならないというか。
そういった部分に
あまり価値を見出してない気がするんです。
なかなか難しいところなんですけどね。

(つづきます)

2017-01-03-TUE